第一章 交通事故
黒魔術
第一章 交通事故
西暦202○年9月14日、日本の青少年犯罪も遂にここまできたのか!と、全国民を愕然とさせた、猟奇的殺人事件が起きた。
石川県金沢市内の高級マンションの一室で、その事件は引き起こされたのである。
ちなみに、これから記す話自体は、この事件の猟奇性や残虐性を述べる事を目的として記したものでは無い。
如何にして、その残虐な事件が勃発するに至ったのかと言う、むしろその犯罪心理学的過程の解明に全力を注いだ、と思ってもらえれば、この私の思いとすれば、もう、それで充分過ぎる程なのだ。
まずは、これからの話をじっくり読んで頂きたい。本当の事情ははその後でゆっくり話していきたい。
【さて、話は変わるが、交通事故にあった方なら、必ず、理解できる筈であろうと思う。
それは、事故に遭ったその瞬間のわずか1~2秒の瞬間が、それこそ1時間~2時間にも匹敵するようにスローモーな時間に感じられる、と言う事を、だ…。】
富山県西部の市に住む金田誠二は、中学3年の夏休み前に、不慮の交通事故に巻き込まれた。そして、自分の体が宙を舞う瞬間を確かに実感したのだ。
金田自身は、その交通事故に対し、いかなる落ち度も無かった。真面目に青信号を見て交通量の多い道の横断歩道を渡ろうとしていただけなのだ。その時、赤い色の車体の低いスポーツカーが、信号無視で自分めがけて突っ込んできたのだ。
その間、約1、2秒。逃げる暇も何も無かった。しかし、彼の中では、その瞬間が1~2時間にも思えた。異常に長い時間に思えたのだ。
結局、地面に叩きつけられた。左大腿部の骨にヒビが入り、左肩の鎖骨は骨折。左肩も脱臼していた。頭は地面に直撃はしなかったものの、一時、脳震盪を起こし、意識不明となった。
新聞記事やテレビのニュースでは、当初、この交通事故の被害者は意識不明の重体と報道された程である。
だが、CTやMRI検査、脳波検査の結果、大脳への異常は全く認められず、鎖骨の骨折が一番大きな怪我の部類であり、その後、医者も驚くほどの驚異的な回復を見せた。
約、3週間で退院、通院治療は続いたものの、結局、リハビリも含めて、ほぼ1箇月半で治癒した。
確かに、体の怪我は治癒した。
しかし、級友達も不思議がった事が起きた。金田誠二の性格や能力の全てが激変したからであった。
事故に遭ったその瞬間、金田は、自分の人生のブレーカーが、全て完全に落ちたと感じたと思ったと言う。
病院のベッドで目覚めた時、ブレーカーが再び入れられた様に感じたのだが、しかし、ブレーカー云々程度の問題ではなかったのだ!
敢えて例えるなら、金田誠二型コンピューターの旧式のCPUやOS等の全てが、最新型のそれに新たに入れ替わったのだ。再起動なのだ!!!
……入院中は、まだ、ハッキリしていなかったこの事実を、金田誠二は、徐々に感じていく事になるのだった。
事故に遭う前の金田は、クラスの人気者であって、流行のお笑い芸人を真似て、いつも面白いジョークを飛ばしていた。
ところで、また、いつもの冗談かと軽く受け流す田中江美に、金田は少し照れ笑いながら次のように言ったのだ。
「江美ちゃんのあそこへ、僕のチン○○の先っちょだけでいいから、ちょっとだけ、入れさせて!お願い」と。
さて、こんな冗談の言い合える、田中江美と言う子は、中学2年生時に、女の子でありながら生徒会長に立候補して当選。そのまま生徒会長も勤めたほどの秀才で、成績も学年で常時、3番以内であった。
金田誠二のほうは、代々医者の家系でもあり猛勉強もするのだが、どうしても400人中20番以内に入る事ができなかった。いわゆる秀才ではなかったのである。
ただ、金田は身長も高く性格が明るくて、それに隠れた空手の使い手(有段者)でもあった。
田中江美は、そんな男らしく快活でしかもイケメンの金田に勝手に恋をして、中学2年生の三学期時に校長先生に直談判して、金田誠二と同じクラスにしてもらった程だった。
中学3年になって、2人とも同じクラスになった時、田中江美は人目も気にせず、金田誠二に近づいてきて、
「良かったぁ!同じクラスになれて、これからも、ずっとよろしくね…」と、クラス全員の前で大きな声で(金田への恋愛感情を)告白したのだ。
彼女のこの宣言により、この2人はクラス公認の、いや学校内全体の公認の仲になったのである。
ちなみに先程の金田の超過激なギャグについての田中江美の反応なのであるが、顔を真っ赤にして下を向いたものの、肯定も否定もしなかった事は、ここに記しておかねばならない。
さて、病院から退院して復学してきた金田は、今まで、周囲がうらやむ程仲の良かった田中江美と、その関係は、ほんの少しだが少しぎこちないものとなっていた。
田中江美は、敏感に金田誠二の変化を感じていた。……だが、それは、交通事故に遭った後遺症のせいだろうと好意的に考えてくれていた。そのために、2人の関係はそれ程悪化はしなかったものの、実にこのあたりから、あの地獄の事件の発端の前兆があったのであろう……。
本当の現実は、そんな甘いものでは、決してなかったのだ。
金田は、あの交通事故に遭って以後、急激に、その頭脳が進化を遂げ始めていたのだ。それととともに、異様な光景を何度も見る事となっていたのだ。
まだ交通事故で入院中の時の事である。金田は、病室から外を見やると、自分が入っていた病院の個室の窓ガラスの片隅からニュウーと顔を出した緑色の軟体生物らしきものを目撃して、再度、目を凝らした。……あれは、一体何なんだ!
また、七色に染まったゴキブリが天井や壁を走り廻るのを目撃した。……だが、この世に七色のゴキブリなど存在し無いのは頭では充分に理解している。しかし、幻覚か幻想かどうかは定かではないが、確かに見えたのは間違いがない。
だが、これらの奇妙な体験と裏腹に、金田は自分の頭脳が、また飛躍的に進化を遂げていくのを徐々に実感していた。
病院の退院後、自分の心と頭脳の飛躍的な変化について、金田自身も怖くなって、丁度担任でもあったスクール・カウンセラーに相談してみた事があった。
何故なら、幻覚や幻想を見ると言うのは、精神疾患の顕著な症例の一つでもあったからだと、医学事典にそう書いてあったからだ。金田は医者の息子なので尚更そう感じたのだ。
しかし、担任でスクールカウンセラーの先生は、発明王のエジソン等の例を引用し、
「金田君の症例は、いわば、選ばれた人間のみに与えられたもので、それは、今まで隠されていた能力が、交通事故に遭った事により、いよいよ真に発揮されてきたものだろう。だからあまり心配しなくてもいいんじゃないのか。
また、自分自身が、幻覚を幻覚としてハッキリ認識している以上、それ程、重篤なものでは無いと思うよ……。
むしろ、あまりの頭脳の急激な進歩に、心のほうがついてこれないのだろう…」という楽観的な回答を与えてくれたので、とりあえずは、このままの状態を「あるがままに」素直に受け入れていく事とした。




