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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

金曜日のあなたへ

作者: 赤魂緋鯉

 特に必要があるわけでは無いんだけど、金曜日は駅前の花屋でいつも1本だけ花を買う事にしている。

 私の目的は、バイトの女の子とお近づきに、みたいなそういう不純なやつだ。


「いらっしゃいませー。あっ! お姉さん、いつもありがとうございます!」


 私が気持ちコソコソ店に入ると、彼女が真正面で作業をしていて、にこやかな挨拶を私にしてくれた。


「ど、どうも……」


 私より圧倒的に明るいその空気というか雰囲気に圧倒されて、私は下の方を見たまま聞こえるか聞こえないかの声で返すしか出来ない。


 ここで気の利いた言葉の1つでもかけるべきなんだろうけど、口が小さく開いたり閉まったりしただけで何も出てこなかった。


 まあでも、ただの客に言われるとキモいよね……。


 いつもそんな風に考えて、結局、その笑顔に癒やされて家に帰るだけで終わるんだけど。


 例によって私は、特に好んでというわけでも無いんだけど、なんか白くて小さい花がわーっと咲いてるヤツを1本だけ持って、彼女が待ち構えているレジに向かった。


「カスミソウ、お好きなんですね」

「……へっ?」

「あ、この前も買われてたのでもしかして、と思ったんですけど」


 違ってたならすいません、と恥ずかしそうに苦笑いをして彼女は小さく頭を下げる。


「いやまあっ、そう言うわけでも、というか何となくというか……」


 彼女に嫌な思いをさせてしまわないように、素早くそう言って私は笑みを作った。


「つまりピンと来たものを買われている、と」


 別に全然そんなことはないけど、そう言う彼女の楽しそうな様子を見ていると、とても違うとは言えずに話を合わせた。


「せっかくですし、アレンジメントやってみませんか? そういうの、やっぱりセンスが大事なのでお勉強させていただきたいんですっ」


 もちろんお時間があればですが、と言った後、ついでにお花代も持つので、と彼女は結構ぐいぐい誘ってくる。


 まあどうせ、ウチに帰っても寝るだけだしいいか。……お近づきになれそうだし。


「ぜ、ぜひ……。あの、お金は自分で……」


 自分ではこういうこと言えないし、これ幸いとばかりに私は下心を隠して飛びついた。


 でも、アレンジメントなんてやったこともないし、それ以前にその存在を聞いたのも初めてで、どうやって慣れてる感だそうか、と私は内心で焦っていたけど、


「じゃあ、まずはやり方からですねっ」


 それを察したみたいに、彼女はペラ紙1枚ぐらいの手引書を渡してくれた。


 私はそれを受け取ると、彼女に導かれるまま店舗奥の方にある、ステンレス製の作業台の前に移動した。


「……あ、普段から教室やってられるんですね」


 手引書の上の方に、店舗2階で毎週日曜日の午後1時からアレンジメント教室やってます、という風な感じに書いてあった。


「はい。まあ、私が教えてる訳じゃないんですけど」

「なるほど……。……」


 なんとか会話を続けなきゃ、と不審者にならない程度に視線を彷徨わせながら考えていると、彼女のエプロンの胸ポケットに付いた「鈴木」と書いてある名札が目に入った


 へえ、鈴木さんっていうのか……。……ん?


 この花屋さんの名前は「フラワースズキ」だったはず。ってことは、ここがご実家なのかな? と思って恐る恐る訊ねてみた。


「ですー。まあ最近都会から帰ってきたんで、建て直されてて実家感薄いんですよね」

「な、なるほど」


 そうしたら大当たりで、図らずも彼女の事を少し知ることが出来た。


 この調子でもう少し――いやいやいや。それじゃ完全に不審者だから。


 もっと知りたい欲が出てきて、もう少し突っこもうとしたところで、私の常識がブレーキをかけてくれた。


 私と彼女はただのお客さんと店員さんなのに、何を勘違いしてるんだろ私……。


 このままだと変な事を言っちゃうかもしれないから、深呼吸して落ち着こうと静かに鼻から大きく息を吸って口から吐いた。


「ああ。そんなに緊張されなくても良いですよー」

「そうなんですかっ。いやあ、身構えちゃいましたよ……」


 そう言ってから、手引書には単純な花束の作り方しか書いてない事を思い出した。


 ただまとめて縛るだけの花束で身構えるって、バカみたいだと思われたかも……。


 恥ずかしくなって冷や汗だっくだくになった私は、冗談を言ったことにしてごまかそうとして、なんちゃって、と言って笑みを作った。


 だけど、作業台の横にあったガラスケースに映っていたのは、完全に引きつった顔になっている私の顔があった。


 うわー……。


 表情を作ることに慣れなくなるレベルのコミュ障っぷりが炸裂して、私は頭の中がグチャグチャになってフリーズした。


「まあ初めてはそんなものですよねっ。私もそうでしたから」


 彼女はそんな私の不審な部分には触れずに、少し恥ずかしげな顔で優しくそう言ってくれた。


 い、良い人だなぁ……。


 それでパニックが沈静化した私は、仕事の愚痴とかを聞いてもらいながら、さっき買おうとしたカスミソウと葉っぱの丸っこいブーケを完成させた。


「おお……」

「出来ましたねー」

「なんて言うかこう、……雪が積もってるみたいというか」

「雪が積もっている、ですかっ。なるほど、勉強になります……」


 特に深く考えずに言っただけなのに、やたらと目をキラつかせてメモを取るのでちょっっと照れる。


「あ、それじゃお代を……」

「はいはーい、千8百円です。あ、お包みしましょうか? 常連さんなんで手間賃はサービスしますよ」

「お、お願いします」


 常連さん……。なんか特別感のある響きだなあ……。


 なんか綺麗な感じの紙で包む彼女の背中を見ながら、そんな憧れの言葉にちょっとウキウキしながら、財布から2千円をお金受けに出して待つ。


「はい。どうぞ」

「どうも」


 ブーケを受け取って、返ってくるお釣りを貰おうとしたとき、


「そうそう。カスミソウって英語の花言葉で『永遠の愛』って意味もあるんですよ」


 彼女は渡すのと同時に、満面の笑みで私にそう言ってきた。


「へ、へえ……。べ、勉強になりました……」


 ちょっとまって、今のはどんな意味が……!?


 それじゃまた来ます、と言って、私は彼女に見送られて店から出たけど、家についてからも悶々《もんもん》とそう教えてくれた意味を考える事になった。

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