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神聖王国ヴァルコローゼ  作者:


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神聖王国ヴァルコローゼ

******


 二週間のあいだ、俺はこの一年間で変わった神聖王国を見せてもらった。


 わかってきた歴史のことは勿論、城の内部も大きく動いていたんだ。


 つい昨日までは閉ざされていた場所やそこにいなかった人が、当たり前のように開かれ存在していることが……すごく不思議で。なんだか眩しくて、誇らしくて……幸せだった。


 地下の部屋に封じられていた呪いは封印具に収め終わり、浄化を待つあいだは第二王弟ラントヴィーが管理するそうだ。


 俺はといえば、目覚めさせてもらったとはいえこの左腕……なんとかして神世の王そのものをやっつけてしまいたかった。


 それにアルが王になったんだ。そのときにどうするのかは――言うまでもない。


 俺のやることは決まっている。そうだよな?


 ――洗面所で旅の衣装に着替えた俺を、リリティアがソファに座って優雅に紅茶を飲みながら迎え入れる。


 まあ、ここ俺の部屋なんだけどな。彼女は俺が眠っていた一年間、ここを使っていたらしい。


 勝手知ったる振る舞いが少し嬉しくもあって、俺は思わず「ふふ」と忍び笑いをこぼした。


「……準備はできたようだな」


 彼女は俺にそう言って、静かにカップを置くとゆっくり立ち上がる。


 大きな蒼い瞳が俺を真っ直ぐに見詰めるので、俺は名残惜しくなるのが嫌で窓に向き直った。


 ――彼女はもう自由だ。自分のために咲いてもらわないとならない。そのために俺は発つんだから。


「うん。しばらくは戻らないと思うけど……そうだ! 手紙書くよ」


 俺はそう口にして……アルシュレイ王を助けてくれていた彼女に精一杯笑いかける。


 そして窓に両手を押し当て、大きく開け放った。


「……斥候として各地を回るあいだ、美味しいお菓子も送る。綺麗な花も……髪飾りだって!」


 窓から吹き込む柔らかな風が……どこからか花の香りを運んでくる。


 蒼い黒髪を撫でていくその風を感じながら、俺は晴れ渡った青空を振り仰ぐ。


 そう。俺は宣言通り、この国に穢れや呪いが生み出されないよう――旅をするんだ。


 神世の王を完全に浄化するためにも情報は欲しかったからさ。


 ――皆には昨日挨拶を済ませた。思い思いに俺を送り出してくれた言葉は、胸に刻んである。


 勿論、彼女にも伝えたけれど――リリティアはただひとり、「そうか」と頷いただけだった。


「――リヒト」


 そのとき、リリティアが小さな声で俺を呼ぶ。


「……ん?」


「――私に、なにか言うことはないか?」


「え……」


 振り返った俺の目の前……凛とした空気を纏う気高き白い薔薇は、唇を尖らせ眉根を寄せて不満そうに俺を見詰めている。


 ――言うことって……。


 リリティアは応えられない俺に向けて「はあ」とため息をこぼすと、紅色のケープを揺らして腕を組む。


「言ったろう? お前は感情がだだ漏れだと。……別にわざわざ手紙やものを送らずともよい方法があろう……わかっているのに口にするつもりはないのか?」


「…………」


 俺は驚いて思わず唇を開きかけ……きゅっと結ぶ。


 ――勿論、その方法を望まないわけじゃない。本当は何度も言いたいと思ったさ。でもそれは君の自由の妨げになるから――。


 ……そのときだった。



 カラーン、カラーン――



 響き渡るその澄んだ音色に、俺ははっとして思わず窓の外を見る。


「これ……聖堂の鐘? どうして……」


 第二片の俺の部屋からじゃ当然見えないけれど――その音がはっきりと聞こえてきたのだ。


 普段は鳴らさない鐘――特別な日に鳴らすもので、今日は祝日でもなんでもないのに。


 するとリリティアが俺の隣に歩み寄り、一緒に窓の外を見た。


「……これは――お前の自由を願うために王が鳴らしている鐘だ。もう一度聞く。私になにか言いたいことはないか、リヒト」


 瞬間、俺は胸のなかに熱いものが込み上げるのを感じた。


 ……アル、お前……!


 俺の親友。新しい神聖王国を支える最高の王。


 ――俺、背中を押されたんだな……。なら、俺のやることなんて決まってる……そうだよな?


「――白薔薇(ヴァルコローゼ)


 だからもう、自分の気持ちに嘘をつくのはやめた。


 俺は白銀の髪に蒼い瞳を持つ『俺の白薔薇(ヴァルコローゼ)』に向き直り……片膝を突いて頭を垂れる。


 リリティアはなにも言わず静かに俺の前に立っていてくれて……俺は唇を湿らせ、深呼吸をして……ゆっくりと口にした。


「――君を『出来損ないのリヒトの白薔薇(ヴァルコローゼ)』から解任する。君は自由だ……誰のためでもなく、自分のために咲いてほしい。――だけど」


 心臓は痛いくらいに鳴り響いて、この音が彼女に聞こえるんじゃないかとひやひやする。


 それでも俺は――再び空気を肺いっぱいに吸い込んで――右手を差し出した。


「君の自由が許すなら、リリティア。俺と――リヒトルディン=ヴァルコローゼと一緒に――見てみないか? 新しい国を、これから」


 少しの間があって……リリティアがくすりと笑ったのが聞こえた。


 そして俺の手に……柔らかな彼女の指先が、手のひらがそっと触れて――。



「……私の自由はお前とともにある、リヒト。その左腕だって、私がいなければ心配だろう?」



 優しく奏でられたその言葉。俺は思わず破顔して――その手を握り返すのだった。


 ~Fin~


お付き合いくださりありがとうございました。

よかったら感想やブクマ評価などなどいただけるとはげみになります。

どうぞ今後とも奏作品をよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 一気読み二つ目!! 面白かった〜٩( ᐛ )وさすが奏さん!! 「逆鱗のハルト」が、もちろん一番ですが、たまにはこういった中篇も、息抜きに書いていただけたら、ファンとしては最高です〜 ごち…
[良い点] 完結済みから拾ってみただけで、ブックマーク数や評価ポイントからしてまったく期待してなかったのですが、 予想外におもしろかったです。一気に読み切りました。 [気になる点] ぼんやりした題名や…
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