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神聖王国ヴァルコローゼ  作者:


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46/51

リヒトルディン=ヴァルコローゼ⑧

******


 俺は準備を済ませてからガムルトを連れ、中央片へと向かう。


「リヒトルディン王子、本当に……行くのですか?」


 後ろを付いてくる甲冑が低い声で問う。


 俺は頷いて笑った。


「ああ。……ありがとうガムルト」


「…………それは戻ってきてから言うべき言葉です」


 俺がなにをしようとしているのか、ガムルトはどこかで感付いているのかもしれない。


 さすが、騎士顧問を務めてきた家柄……ってことなのかな。


「ちゃんと説明できなくてすまない。……でも、いましかないんだ。それに……俺にしかできないから」


 俺は中央片の王の間……その扉の前で立ち止まる。


 ここに来るのは斥候術を学び始めてから数えるほどしかない。


 アルシュレイのために城の『禁忌』がないか、近衛騎士の目を盗んで探し回っていたときだ。


 ……そういえば、それでも王に会おうと思ったことはなかったな。


 思わず苦笑いして視線を動かす。


 扉の前には近衛騎士――甲冑のため性別すらわからない――がひとり立っていて、突然現れた俺に戸惑っていた。


「王子が王に会いにきてなにか問題あるかな?」


 俺が武器を持っていないことを示すために両手を上げると、騎士は慌てたように首を振る。


 俺はそれを確認し、後ろのガムルトに振り返らずに告げた。


「……頼んだぞ、ガムルト」


「お戻りをお待ちしております」


 目の前の大きな両開きの扉は、奇しくも黒瑪瑙オニキスでできているように見えた。


 重厚な取っ手が取り付けられていて、国章――円を描くいばらに囲まれたふたつの白い薔薇が咲き誇っている。


 俺は大股で歩み寄り、ゆっくりとその取っ手を握り締めて深呼吸をした。


 ――大丈夫。俺はできる。俺は――やり遂げる。


「……王。第五王子リヒトルディンが会いに来た――入らせてもらう」


 ……ギ ギ ギ、と。


 開け放った重たい扉の先は、大きな窓に左右を囲まれた夕焼け色に染まる部屋だった。


 一番奥の玉座には、深く体を預けた王の姿。


 俺は返事を待たずに扉を閉め、その場で深く頭を下げた。


 玉座までは真っ直ぐに……白い薔薇の刺繍で縁取られた紺色の絨毯が伸びている。


「……初めましてに近いかな。父君。……神世の王と呼ぼうか」


白薔薇(ヴァルコローゼ)を匿っていた第五王子か。我のことを知りながらよく丸腰で顔を出せたな」


 俺はその言葉に思わず笑う。


 重く低い声。腹の底に轟くような、黒々とした。


 初めてこんなに近くで聞いたな、なんて……どこか他人事のように感じた。


「――父親って、どんなものかと思ったのになぁ」


「……なに?」


 俺はぱっと顔を上げて……まじまじと彼の姿を眺めた。


 年齢の割には老いて見える細い体を覆うのは、白色の分厚い生地でできた上等な服と紺色のケープ。


 神世の王を内包しているのに、一切の腐敗もない。


 目頭に深く刻まれた皺、高い鼻、薄い唇。白銀の髪には白髪も混ざっているだろうか。


 蒼い瞳を細めた嘲りの表情さえはっきりと見える距離に、王がいる。


「……俺は王を遠くからしか見たことがないし、なにか感じるかなって思っていたけど。……思った以上になにもないよ」


 言ってみると、彼は鼻先で俺を笑い飛ばした。


「……は、なにを言い出すのかと思えば。知っているぞ『出来損ないのリヒト』。お前は第一王子を助けるためにその呪いを受けたのだろう? 可哀想に、左腕の呪いは広がる一方だ」


「――それはどうかな。俺は貴方のほうが可哀想だと思う」


 俺は言いながら――ユーリィが見たら目を剥いて「はしたない」と怒りそうだけど――後ろ足で『扉を蹴飛ばした』。


 ガアンッ! と派手な音を立てた扉に王がぴくりと眉をひそめ――続けて外からジャラジャラと鎖の音が聞こえる。


「……なにをした」


 ……ガムルトが上手くやってくれたのだ。


 俺は笑みをこぼした。


「簡単な話だよ、鎖の音が聞こえただろ? 外から施錠させてもらったんだ、監獄の扉にあった鎖と錠でさ。ユーリィは鍵を持っていなかった……なら王が持っているのかなと思って。地下への通路がここにはないことも俺は知ってるから」


「正気か? お前も閉じ込められるということだぞ?」


「勿論わかっているさ、だから早く終わらせよう。……貴方は俺の左手の呪いと違って命を散らすことでしか自分を集約できないんだろ。そうだよな?」


「これは傑作――このままここで我と心中するとでも? 愚かな」


 王はくっくと喉を鳴らし肩を震わせる。


 俺は肩を竦めてみせた。


「悪いけど俺は本気だよ。……その体はアンデュラム王のものだから返してもらうけど」


「ほう? ではどうするつもりだ? 白薔薇(ヴァルコローゼ)は呪われて動けないのだろう?」


「――答える前に教えてくれないかな。貴方は何者なんだ?」


 王は俺の言葉にゆらりと立ち上がると、一歩、また一歩、ゆっくりと俺に歩み寄ってくる。


 その蒼い瞳に浮かぶのは警戒の色。閉じ込められることを望んでいないのは明白だった。


「……我は神。呪いの根源にして神世の覇者である。『人間』の穢れこそが我が糧。白薔薇(ヴァルコローゼ)が命を落とし、この国に呪いが溢れれば、我は再びこの地に降り立つことができる」


 シャンッ……


 王はケープの内側から――手のひらほどの長さのナイフを抜き放つ。


 護身用に隠し持っていたのだろう。


「――呪いを目の当たりにしたいま、神様がいた時代もあったんだと素直に信じられるよ――なら尚のこと俺は貴方をここから出すことができない。たとえ神様だとしても」


 俺は扉を背にして、慎重に王の出方を窺った。


 勝負は一度きり。失敗は許されない。


「安心するがいい『出来損ない』。お前に乗り移るつもりはない。存分に死の恐怖に怯え穢れるがいい。……くだらん遊びは終わりだ」


「ふ、乗り移るつもりがないだって? 違う。貴方は『乗り移りたくない』んだ――『本来の王族』――俺が宿した呪いは浄化されていくんだから。ユルクシュトル王子と違って俺は穢れていない。貴方は守られない」


 王は黙ったまま俺との距離を一歩、また一歩と詰めてくる。


 腕の動きに合わせてナイフが夕焼け色の光を散らした。


「貴方は白薔薇ヴァルコローゼに集約されるか体が死ぬときにしか出られない。腐敗の呪いと違って受け取ってもらうことすらできないんだろ? そんなことができるなら『ユルクシュトル王の逸話』は生まれなかった」


 それは、何度も聞いた物語だった。悲劇の王は次の王に命を奪われた、と。


 俺はどくどくと己の心臓が跳ねる音を聞きながら……両手を腰のあたりに当て、続けた。


「……疑問だったんだ。貴方は術の使えない『ユルクシュトル王』になったあと、次代の王族にどうやって自分を集約させたのだろうって。その答えが逸話だ。貴方は王族と白薔薇(ヴァルコローゼ)の血を混ぜ、術を使える王族を見出すと傍若無人に振る舞った。自分をその王族に殺させて溢れ出たのろいを集約するように仕向けたんだ――大きくは外れていないと思うけど、どうかな」


 お互いが腕を伸ばせば届く位置で、王はぴたりと立ち止まる。


 その目は不快そうに眇められて、眉間の皺が深くなっていた。


「だとしたらどうなんだ? よくできましたと褒めてほしいのか? ――調子に乗るなよ『出来損ない』がッ!」



おはようございます!

よろしくお願いしますー。

相変わらずコロナが猛威を振るっていますがどうぞご自愛ください!

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