リヒトルディン=ヴァルコローゼ②
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次の日の朝。
目を覚ますと、部屋はすっかり片付いていて……リリティアはソファで寝息を立てていた。
ベッドに寝た覚えはないので、ラントヴィーあたりが載せてくれたんだろう。
柔らかなベッドの上で体を起こし、アルを見て――俺は思わず唇の端を持ち上げる。
今日は王族の墓所に行って、封印具の準備に取り掛かれたらいいな。
アルシュレイ、もうすぐ起こしてやれるから待っていてくれ。
神世の王のこともあるけど、封印具さえなんとかできれば穢れや呪いを一気に集約させて浄化してしまえばいい。
もし浄化するまでに時間がかかるなら、誰も触らないように器を地下の部屋に入れて黒瑪瑙の棘で封じておけばいいんじゃないかな。
その糧には俺の命を使ってもらおう――うん。それがいい。大丈夫、なんとかなる、きっと。
俺はいつものように風呂を入れて準備を済ませ、湯を張り直してリリティアを起こした。
――けれど。朝食や菓子、ドレスが届き、食事もすっかり終わったというのに……いつまで経ってもユーリィが迎えにこなかったんだ。
彼女は連絡を怠るような人じゃない。だから、連絡できない状況にいるのだと想像がつく。
その状況がどんなものであれ、歓迎できないのは確かだろう。
俺は焦りを隠しきれずに、唇を湿らせてからできるだけ慎重に口にした。
「リリティア、きっとユーリィになにかあったんだ。中央片に行こう、王に確認を――」
「いや、早まるなリヒト。いま中央片に行っても私たちには器が――神世の王とやらに対抗できる武器がない。――急いで墓所に向かうぞ。第四王子メルセデスに筆頭侍女長の状況を確認させておけ。それと、第二王子ラントヴィーには今日は待機しておくよう伝えろ。墓所を見つけたらすぐに封印具の精製に取り掛かる」
「……」
俺はぎゅっと拳を握り締め、目を閉じる。
ユーリィを疑え、とは――リリティアは一言も言わなかった。
それが俺に冷静さを取り戻してくれたんだ。
「ありがとうリリティア。昨日俺が言葉を交わしたユーリィを信じたい。助けたい。――そのために墓所に行く。うん、そうだ、なんとかなるよな、きっと!」
「それでこそリヒトだ。そうと決まれば急ぐぞ」
「ああ」
俺はすぐに扉を開け、ガムルトに声を掛けた。
「ガムルト。なにも聞かずに頼まれてくれ。メルセデスにユーリィの状況確認をしてもらって。そのあとは部屋にいてくれるよう伝えてほしい。ラントヴィーにも、部屋にいてくれと」
「は。かしこまりました。――あの、リヒトルディン王子」
「ん」
「自分は貴方の味方です。もし必要あらば自分を使ってください」
「――うん。ありがとうガムルト。――そうだ、今度紹介したい人がいるんだ。楽しみにしていてくれ」
ガムルトは黙ったまま、ガチャンと甲冑を鳴らして右の拳を胸に押し当てた。
そりゃ、これだけおかしな生活をしていたら気にもなるだろう。
けれど彼はなにも聞かず、こうして一日中、俺の部屋の前にいてくれる。頼もしいかぎりだ。
俺は扉の鍵を閉めると、すぐに懐から古めかしい鍵を取り出した。
「行こう、リリティア」
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「ユーリィは地下の監獄の先に墓所があるって言っていたな。あの鉄の扉の向こうかな」
俺が言うと、リリティアは土壁の通路を早足で進みながら頷いた。
「間違いないだろう。いいかリヒト。なにがあろうとも墓所が最優先だ。いいな?」
「――わかってる。王族たちが『どんな状況でも』いまは無視しろってことだよな」
「そうだ。酷なことを言うようだが、決して暮らしやすい状況にはないだろう」
「うん。楽観的なことを言うようだけどアルシュレイが王になったそのときは――必ず救い出そう。それでいいだろ、そうだよな?」
「……ふ、そうだな、そうしよう。リヒト、そこを通り抜ける状況になったら聖域を展開する。心を砕くなよ」
殆ど駆け足のように通路を抜け、鉄の扉に辿り着いた俺たちはその奥へと踏み入った。
さらに下へと続く階段の先、遠くから水音のする暗い通路が伸びている。
漂うのはどこかカビ臭く湿っぽい空気だ。かなり広い間隔で小さな灯りが置かれているだけなので、俺は視線を落として足下を確かめ、慎重に進んだ。
――そうしてまたしばらく進むと、また鉄の扉が姿を現わした。
両開きの扉の取っ手には鎖が掛けられ、大きな錠が付いているが、いまは開いている。
「開けっぱなしか……」
俺が言うと、リリティアがぎゅっと眉を寄せた。
「来いとでも言われている気分だな。罠かもしれない。閉じ込められるのは困るから錠は外して隠してしまおう。それと、念のためここから聖域を展開する」
「わかった」
俺が鎖と錠を外しているあいだに、リリティアは瞳に光を宿して聖域を展開した。
……なにかに使えるかもしれないから、鎖と錠は荷物にしまっておく。
それから俺は取っ手をぎゅっと握り、慎重に引いて――うっと喉を詰まらせた。
そこは――異様な雰囲気だったんだ。
まず、腐臭とも違ういろいろなものが入り混じったツンとする臭いが鼻を突く。
扉から続く通路の先は開けているようだけど、そこからは灯りが漏れていた。
――それに、変なんだ。なにかがいる気配はあるのに、すべての気配がコソコソと……そう、身を潜め、息を殺しているようで。
『……リリティア、この先になにか……いる』
『――そのようだ。ここが監獄かもしれない』
俺たちは慎重に歩を進めて通路を抜け――息を呑んだ。
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