クルーガロンド⑤
クルーガロンドは休憩したら続きだと息巻いているんだけど……本当にもう無理だ。どれだけ体力あるんだよお前……。
嫌だ、やるぞ、嫌だ……と押し問答を繰り返していたら、第四王子メルセデスがどこかで俺たちのことを聞いたらしく様子を見に来てくれた。
しかも彼が「君たちなにやってんの……」と呆れた声で言ったので、クルーガロンドが「それならお前が付き合え!」とメルセデスに剣を手渡す。
なんていいときに来てくれるんだメルセデス……!
俺がちらとリリティアに目配せすると、彼女は頷いた。
『クルーガロンドはもう大丈夫だ。……理解はできぬが、体を動かしただけでああもスッキリできるのだな……』
「よかった。……ありがとうメルセデス。あとは頼むよ……」
「え、よかったって……あ、おい待てリヒトッ! ぼ、僕はやらないぞクルーガ! やらないからな!」
「はっ! ここは訓練場だぞメルセデス!」
「ちょっ……おいこら! リヒトッ!」
俺はひらひらと手を振って、驚いた顔をしている騎士たちのあいだをリリティアと一緒に通り抜ける。
いい奴だな、メルセデスって。
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「クルーガロンドは大丈夫だったろ?」
疲れ果てた腕を揉みつつ長い廊下を歩きながら俺が言うと、隣を歩くリリティアはぷうと頬を膨らませた。
……へえ、そんな顔もするんだな。
「私の前で負けることは許さぬと言ったのに、降参とはなんだリヒト」
「えぇ、そっち……?」
彼女は恨めしそうに俺を見たあとで、つんと唇を尖らせた。
「まあ、クルーガロンドにはよい薬であったろうがな! ……とにかくもう昼も回っているし、なにか食べるとしよう」
ああ、腹が減ってるから機嫌が悪いんだな。
俺は思わず笑って、なにか食堂に取りに行こうと提案した。
――そうして食事を確保した俺たちが部屋に戻り、扉を開けたところで、後ろから甲冑が走ってくる。
ガチャガチャと擦れる金属音は廊下を木霊して耳に届くのだ。
『……今度はなんだ?』
リリティアが顔を顰めるけど……ああ、そうだったな。
「すまない、もしかして俺の監視かな?」
声を掛けると、俺たちの前まで走ってきた騎士は慌てた様子で首を振った。
その動作に合わせて甲冑がさらにガチャガチャと音を立てる。
「監視だなんてとんでもない! 自分はあなたの護衛ですリヒトルディン王子! ……その、先ほどの訓練、お見事でした……!」
『ふふっ、お前の戦いっぷりに見惚れて護衛だということを忘れていたようだな!』
どういうわけか、リリティアが嬉しそうだ。
すると騎士は興奮気味に身を乗り出して続ける。
「自分、あの言葉には痺れました。『ヴァルコローゼの願いとあらば!』……この国のためとは、なんと素晴らしいことか!」
「……ッ!」
俺は思わず左手で口を覆い、目を逸らした。急激に恥ずかしさが込み上げてきたからだ。
いや、いや確かに言ったけど、それは神聖王国ヴァルコローゼって意味じゃなくて……その。
ちらと見ると、リリティアが大きな蒼い双眸を細めて意地の悪い笑みを浮かべ、俺を見上げている。
『私も痺れたぞ? リヒトルディン=ヴァルコローゼ』
「く、繰り返されると恥ずかしいから止めてもらえるかな……」
思わず口にすると、騎士はガチャリと音を立てながら右の拳を胸に当て、姿勢を正した。
「いいえ、あの言葉は本当に素晴らしかったです!」
『ふ、そうだとも。素晴らしい返答だ、照れなくてもいいんじゃないか? リヒト?』
「……うう」
俺はまだ話したそうな騎士に問答無用でお礼を告げ、部屋で少し休むことを伝え扉を閉めた。
人に反芻されるとあんなにも恥ずかしいとは思わなかったなぁ……。
意識を切り替えようとアルを確認したけど、第一王子は変わらず寝息を立てている。
――聞かれていたらアルも繰り返しただろうな。黙っていよう、絶対に。
俺はため息とともに運んできた食事をテーブルに置き、黒いダガーと一緒に装備を外してからソファに深々と腰を下ろした。
リリティアは……手でも洗いにいったのかな。洗面所から水音がする。
……ふうー。それにしても、あんなに動いたのは久しぶりだ。
戻ったらちょっと気が抜けたし……腹減った……。
そのとき洗面所から出てきたリリティアが俺の左頬に水で濡らした布を押し当てた。
「つ、冷たッ! あと痛い!」
水とは思えないほどに冷たいんだけど……なんだこれ!
びくりと肩を跳ねさせた俺に、リリティアは真面目な顔で告げる。
「その腫れた顔をなんとかするのが先だ。術で冷やしたから少し当てておけ」
「……あぁ、これ……そういうこと。はぁー、術でそんなこともできるのか」
「本当ならもっと早く冷やしたかったんだが……しばらくは青痣が残るかもしれないな」
「容赦ないもんなぁ、クルーガロンド……。ありがとう」
俺はリリティアから布を受け取って、少し考えてから口にした。
「――リリティア。クルーガロンドはアルを襲った『首謀者』だと思うか?」
「……む、急にどうした?」
「あれだけわかりやすく顔にも行動にも出る性格だからさ。無理じゃないかなと思うんだ」
「ふむ……殴ったのはどうかと思うが、訓練場ではまっとうに戦っていたし、負けたことで不当にお前を罵ることもなかったな。なるほど愚直な性格なのだろう。不器用なりに犯人捜しをしているとも見えようが……『首謀者』である可能性は零ではないとだけ言っておく」
「……そっか」
「言っておくが第四王子メルセデスもそうだぞ。頭が切れるだけ厄介だろう。……ただ、いまのところ一番はっきりしないのは第二王子ラントヴィーだ。食べて会いに行くとしよう」
リリティアは俺の隣に座ると、籠から食事を出して並べていく。
薄く切ったパンに、香辛料を振って低温でじっくり焼き上げたハム、パンに挟めるように大きさを揃えられた野菜に、クリームを加えて潰し、とろとろにした蜜芋。
この蜜芋が甘くて本当に美味しいんだよな。パンに載せてもサラダにしてもスープにしてもいける。俺の好物だ。
「朝食を食べて思ったが――パンの質は格段に上がっている。見たことがない野菜もあるな。……国は豊かなのだろう」
リリティアは目を輝かせ、嬉しそうだ。
歴史は得意じゃないけど……というか、勉強自体も苦手だけど……彼女のいた時代はどんな様子だったんだろう。蜜芋は昔からあるけど、彼女の時代にもあったのだろうか。
ゆっくり話せる時間があれば聞いてみたいな。
俺はそう思いながら頷いた。
「じゃあ食べようか」
本日最後更新。
よろしくお願いします!




