ヴァルコローゼ④
「え?」
「私は白薔薇だからな、讃美も称賛も星の数ほど経験があるが――自分のために咲くべきだと紡がれたことはない」
「……な、なんだよ。別に変なことは言ってない――よな?」
「私に聞くな……」
彼女は呆れた顔をして俺に黒い本を差し出す。
「……リヒト。これはお前が持っていてくれ。すべてを解決したそのときに第一王子とやらにくれてやる」
「……ん? えっと、アルに?」
「そうだ。この国の真実を第一王子とやらが知らないのは気に入らないからな。それに禁忌とやらが好きなのだろう? ――それまでは隠しておけばいい」
隠しておけばいい――。
その瞬間、俺ははっとして滑らかな手触りの本を手に取った。
さっきは消えてしまった違和感……それが形となり俺の体を貫いたからだ。
「そう、そうだリリティア。俺は隠されていてもこの本が見えるけど……どうしてなんだ?」
すると、リリティアは瞬きをしてから紅色のケープの下で腕を組み「ふふん」と胸を張った。
「私の術は強い。お前は私の聖域に入ることを許可された存在だからな。ほかの誰かの聖域など、ものともしないというわけだ」
――やっぱりそうか。
不敵に笑う彼女に、俺はぎゅっと唇を噛む。
最初にアルシュレイを見つけたときに、俺には『ダガーが見えていた』。それはつまり――。
「なあリリティア。だとしたら俺がアルを見つけたとき、ダガーはまだ隠されていなかったことになるよな? 俺はリリティアに会ってもいないんだから」
「む……? ――ふむ。確かにそうだな。そうすると、そのあと部屋に入った者が術をかけたということか――」
「メルセデスの話だと俺とアル以外の王子は皆そこにいたはずだ ……確か中に入ったのは、第二王子ラントヴィー、第三王子クルーガロンド、第四王子メルセデスの三人だったな」
「その前にリヒト。確認するが、最初にお前が部屋に入ったとき第一王子とやらの意識はまだあったのだな?」
「ああ。だから俺たち以外の『誰か』が姿を隠して部屋にいたってことはないと思う。危険があったならアルが教えてくれたと思うんだ」
「……ふむ」
リリティアは右手で左肘を支え、口元に左手を添えて逡巡すると顔を上げた。
「一度部屋に戻るぞリヒト。まず第二王子ラントヴィーを訪ねる。その次に第四王子メルセデス。面倒そうなでかぶつ――第三王子クルーガロンドは最後だ。……第六、第七王子は除外してよかろう」
「ああ」
異論はない。俺は一も二もなく頷いて、書庫を振り仰いだ。
静寂はなにも返してはくれない。それでも――ここにいたはずのリリティアの一族が俺を見守ってくれている。そんな気がしたから。
切りが悪かったのでさくさくと。
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