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神聖王国ヴァルコローゼ  作者:


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17/51

ヴァルコローゼ③

 その黒い本曰く――。


 あるとき、第一王子ユルクシュトルが語ったそうだ。


 若くして白薔薇(ヴァルコローゼ)となった者が『己が生み出した穢れと呪い』を自らを犠牲にして封じたと。


 しかしこの本の著者はそれを信じておらず、白薔薇(ヴァルコローゼ)の一族のみがこの告発に気付くよう後世に遺すことにしたらしい。


 第一王子ユルクシュトルは後に王となるが、彼は若い白薔薇(ヴァルコローゼ)にすべて背負わせてしまったことを嘆くふりをして、王族が術を使えるようになる必要性を説いたという。


 そしてそれを実現させるべく、強制的に白薔薇(ヴァルコローゼ)の一族と王族を交わらせたのである。


 白薔薇(ヴァルコローゼ)の一族はこれに反発したが――術はあれど武力には敵うはずもなく――次々と王族の犠牲となっていった。


 民に対しては見目麗しい物語を吐き出している王族たち。


 けれどその内容は白薔薇(ヴァルコローゼ)を冒涜するものばかりだったようだ。


 女神だとか聖女だなんて言葉が躍るきたなうたを受け容れることはできない――穢れや呪いは確実に満ち、このままでは国ごと呪われてしまうだろうと書かれていた。


 ……本の最後に綴られていたのは、この国の生命いのちへの感謝と己が穢れていくことへの恐怖。


 そして……別れの言葉だった。


 きっとこれを書いた人は――このあとに……。それを思うと、呼吸さえままならない。


 文書から滲み出る絶望感は凄まじく、俺は知らず息を詰めていた。


「……ユルクシュトルが、一族を? 私を贄にしたのも彼奴だったと? そんな……そんなはずは。しかも私の生んだ穢れと呪いを私が自らを犠牲に封じた? ――馬鹿を言うな――」


 ――怒りなのか哀しみなのか――目の前で小さく震える彼女を見て、胸がちくりと痛む。


 閉じた本を抱く小さな白い手は――血管が浮き出るほどきつく握り締められていた。


 ……これが真実なら、なんて酷い国なんだろう。


 女神の祝福を受ける神聖な国だなんてただの妄想――腐敗の王国じゃないか。


 俺はいたたまれなくなって……かといってかける言葉も見つけられず、ただ傍にいることしかできそうにない自分が情けなかった。


 ……アルやメルセデスならうまく慰められそうだけど、俺は『出来損ないのリヒト』だ。


 こんなときに痛感するなんて――本当に情けない。


「……すまない、リリティア」


 だから、謝るくらいしか思い付かなくて。


 言葉にした俺に、リリティアは困惑した顔で三回瞬きをした。


「……何故リヒトが謝る」


「いや、慰める言葉すら思い付かないからさ――元気出せっていうのも違う気がするし、俺はリリティアが穢れなんて生まないってわかっているけど――」


「わかっている、か――」


 彼女は本を抱く手の力をゆるゆると抜いて呟き、やがて「は……」とため息をこぼした。


「私からすれば、ユルクシュトルと話したのはつい昨日のことなんだリヒト。彼は白薔薇(ヴァルコローゼ)となった私を誰よりも一番認めてくれていると思っていた。――誓ったのだ、ともにこの国をよくすると……それなのに」


「……リリティア……」


「信じたくない。騙されていたなんて――」


 寄せられていた眉が解かれ、今度は悲しそうに下がる。


 そのとき。普段は偉そうに話す彼女がこぼした弱音に、大きな蒼い瞳が切なそうに伏せられるのに――俺の心臓はぎゅっと掴まれたみたいになって。


 自分でもよくわからない感情に戸惑いながらも、俺は首を振った。……できるだけ大きく。


「騙されてはいないさ、きっと」


 例えユルクシュトル王がやったことが非道だったとしても、リリティアを騙していたのかはまた別の話だ。俺はそう思ったから。


「――なに?」


「ユルクシュトル王はリリティアを認めていた。だからこそ……認めていたからこそなにか葛藤があったんじゃないかな――。それは騙すのとは違うと思うんだ。どんな気持ちでそのあと王になったのか俺には一生わからないけど――ユルクシュトル王は俺みたいな『出来損ない』になれなかったんだよ」


「……『出来損ない』に、なれなかった?」


「そう。例えば俺はアルを認めているけど――自分が『出来損ないのリヒト』だから羨んだりしなかった。ええと、つまり……アルと俺は違うって知っていた、それだけだ。それが、もし――そうじゃなかったら」


 リリティアはのろのろと瞳を上げ、下からじっと俺を見詰める。


 ……正直まじまじと見られるとちょっと居心地が悪いんだけど、いまは目を逸らしちゃ駄目だと思ったんだ。


 だから俺は彼女の気持ちを真っ向から受け止めて、ほんの僅かな時間を待ってから「リリティアはどう思う?」と肩を竦めてみせる。


 すると、どういうわけか彼女は唇を尖らせて不満そうに瞳を眇め、鼻を鳴らした。


「……感傷に浸っている場合ではないということはよくわかった。言っただろうリヒト。お前は『出来損ない』などではないと」


 って、ええ⁉ なんで俺が怒られるんだよ……!


 思わず顔を顰めると、リリティアはそのまま少しだけ――微笑む。


「――私は認められていた――それもわかった。それに謝るのは私だ、すまないリヒト。お前からしたら何百年も過去の話……それを背負わせることになってしまった」


「ん? ……いや、なんかさ。正直まだそこまで実感はないんだ。ただ……うまく言えないんだけど、リリティアのことをずっと知らないままでいるよりは良かったと思ってるよ」


「私のことを?」


「うん。地下でひとり国を守っていた白い薔薇。――もう誰に邪魔されることもなく、自分のために咲くべきだと思わないか?」


 昨日まで国のために己を贄とされていたなんて残酷すぎる。


 何百年もの時間をただひとり眠っていて……目覚めたら知らない時代だなんて。


 だからリリティアはもっと自分のために生きるべきだ。


『出来損ないのリヒト』だってこの二十年、好き勝手に生きてきたんだから。


 ……怒られたばかりでそんなこと口にしたら怒られそうだけどさ。


 まあ、アルシュレイのこともあるから彼女の手助けは必要だけど、それに縛られるなんて酷い話だろ、そうだよな?


 俺は自分の左手に嵌まった紅色の手袋を翳した。痛みがあるわけでもなく、動きに不自由もない。リリティアの気持ちに比べたら、こんな状態はなんでもないはずだ。


 すると、当の彼女は本を抱えたまま深々とため息を付いた。


「――リヒト、詩人の才能でもあるんじゃないかお前」


おはようございます!

本日もよろしくお願いします。

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