ベースキャンプ
5層。僕らはモンスターの紫コウモリとワニを前衛に立たせて進む。
コウモリの目的はあくまで索敵だ。「たぶん」でしかないけど、暗がりでの探知能力は人間より高いだろう。元の世界のコウモリだってそうだよね。超音波とか。
ワニは初回の一撃を食らう役だな。可哀想だけど。
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5層のベースキャンプは、地図上の左上の端にある。実際にこのダンジョンの中で端っこに位置しているのかはわからないけれど、過去の上位陣はこのあたりをかなり探索しているはず。あながち間違ってはいないのだろう。
道中は途中から道幅が広くなっていて、時折道端には枯れた葉っぱを持つ灰色の木々が林立していた。
タマキが、その葉っぱを一つ親指と人差し指でこすり合わせるような仕草をしながら言った。
「まるで木炭みたい。生きてた頃も、あったのかな」
「ないんじゃない? 当時から、こうだった」
「そっか…、生きてる木もあると、いいんですけど」
通路は幅の広さを保ったまま坂道となっていて、その脇はもう林のようになってきている。
先のほうは小さな丘となっているようで、丘の頂上? 付近より先は見えなくなっている。
僕らは待機して、コウモリを斥候として飛ばす。
コウモリが見えなくなって少しして… 何か大きなものが口を開けたような、「ギシャァッ」という音が丘の向こう側から響いた。
剣を構えて待機する。
コウモリが慌てたようにらせん状の飛び方をしながらこちらに戻ってくる。…それを追いかけるような黒い影。
「ワニ、突っ込め!」
とりあえずワニを足止め役で突っ込ませる。
「高城君、あいつ、あれ! 牧野君が使役してたムカデ!!」
目を凝らす。2、3メートルほどの大きな黒光りする体。黒い、クワガタのような顎。また会いたくなかったぞ僕は。
奴らのうち1体はワニが足止めし、残りが波のようにこちらに突っ込んでくる
「あきら! 私左側! あきらは右側を! タマキは少し後ろへ!」
カリナの指示を聞いて僕は右側へ展開する。
僕の目の前でコブラか何かのように胴体をもたげ、その顎は僕に45度の角度で突き下ろされる。
体が動く。少しだけ後ろに下がり、奴の顎が地面と接触した瞬間、奴の頭と体の境界部分に剣を寝かせて突き立てる。
一瞬力を込めて貫いた後、即座に剣を抜き、後ろに飛びのく。
2体目の突進を体をひねるようにして躱し、奴の胴体に一撃振り下ろす。
刃が奴の堅い甲殻を滑り、節目のあたりに食い込み、青い液体が勢いよく飛び散った。
そこに魔術師の炎の矢が直撃し、奴の体が炎に包まれる。
のたうつ奴の頭部を一撃したあと、最初の1体に走りこんで顎の間の口部分に突き刺す。
―これで右側は抑えたか!?
顔を持ち上げて通路の左側に顔を向ける。カリナがちょうど、一体のムカデと対峙しているところだった。
息が張り詰めるような、静止状態。
カリナは左手の短剣の先端を長い剣の刀身に触れるような構えをして、前傾の姿勢で数メートル離れたムカデを凝視していた。
―そして、ムカデが業を煮やして突っ込んできた瞬間、瞬間的に前傾を深め倒れこむような角度で前進し頭上をかすめるムカデの頭にすれ違いざま、右手の剣を突き刺し、剣を手放してそのまま奴の体の右側に走り抜ける。
そして、抜け出した直後、姿勢を切り返し、奴の硬い外殻の隙間に短剣を両手で叩き込む。
「ふぅ…」
カリナがムカデに刺さった剣を抜きながら、額を拭う仕草をしながら言った。
「そっちも、終わった?」
「あ、あぁ…、うん」
相変わらず、カリナの動きには無駄がなくて、見ていてほれぼれしてしまっていて、僕は少しどもった感じで返事をしてしまった。
「でも、すごいね。高城君も、前回手こずったムカデを2体もこんなにあっさり…」
「あっさり、というほど余裕じゃなかったけど・・・」
…でも、タマキに成長を褒められて悪い気はしない。
「あきら、こいつはテイミングできる?」
「…いや、まだワニも生き残っているから」
そうやって、前方で「足止め」も厳しかったワニを見やった。
テイムしたモンスターは自分から除外できない。これは案外大きな制約だ。…容赦なく自分の手で殺して交換していけばよいのだろう。ただ、どうしても情が移ってしまう。
結果として、手こずっていれば加勢してしまうし、戦闘が終わればタマキの魔法で回復もしていた。
「あきらもタマキも、そろそろ割り切っていかないと。自分たちの身が最優先だよ」
「…わかってはいるけどさ…」
「どうする? 高城君、ワニ、回復しておく?」
僕は少し逡巡した後、
「…いや、このままにしておこう」
と行って、また歩き出す。
「わかったよ」
タマキから、少し残念そうな返事が返ってきた。
丘を越えると、通路の横幅は次第に狭くなりながら、まっすぐに下り坂が続いている。その先100mほど進んだところがその先の通路を丸い形にくりぬいており、その先は暗くなっていて先に何があるのか判然としない。
カリナが少し立ち止まって、気が付いたように語った。
「あぁ、…ここだね。久しぶりだ」
「ここが…、ベースキャンプ、ですか?」
タマキが少し不思議そうに聞く。まぁ、ナガノもそうだったけど、この世界はどこも地味だな。たまにはお祭り開催中の街とかあってもいいのに。
「そう。ここ」
そう言って、またゆっくりと歩き出す。
「入口が狭くなってるからね。大型のモンスターはそもそも入りづらいし、群れで来ても1体ずつ対処できる。見張りが居れば中の人は安全に過ごせる、って感じだった」
「なるほど」
入口の狭くなっている部分は、ちょうど2人が並んで通れるくらいだろうか。そこを気持ち中腰になってくぐり抜けた。
「おぉ…」
つい変な声が出た。潜り抜けた先は吹き抜けのような形となっており、数十メートルほどの円の形の広場の中央に、葉の無い黒い大木が、太い幹をよじらせながら上空へ生えており、この空間の中で、幹の各所から狭苦しそうに手を伸ばしていた。
壁の各所には鍵穴のような穴から漆黒がいくつもいくつも顔を静かに覗かせていた。
「すごいですね。ここ…。 これも、元から、ですか?」
「そう」
相変わらずご都合主義世界だ。
周囲からは音が完全に消えていて、人の気配は全く感じられなかった。
「やっぱり、今はだれもいないんですかね…?」
カリナが軽く左手を握って鳩尾のあたりに持っていき、両肩を少し反らすように息を吸って声を張る。
「探索者に居たカリナです!! 誰かいませんかーーー!!??」
彼女の声が空洞内の壁に乱反射して、それが響くように語尾を長く感じさせた。…そして、誰からの返事もないまま、その反響が次第に消失していく。
――ガタッ…
僕らの前方、大木をはさんだ向こう側から、声もなく、1つだけ音がした。
恐らく「人ではない何か」の放つ音に、僕らは気を引き締めた。




