洗礼
翌日
3層からはそれほど間もなく4層に降りることができる。そもそも、4層への下り階段近くに「拠点」を用意していることもある。
僕らはカリナの持っていた年期の入ったノートを参考にしながら、5層への下り階段を下りている。
「あぁ、そうそう、これから、はぐれた場合は、その層の上り階段を集合場所としましょう」
特に異論はない。今時、連絡が取れない待ち合わせだ。この世界だとしょうがないんだけどさ。敵から逃げたときとか、はぐれるシーンは容易に想像できた。
僕は、カリナに尋ねてみる。
「カリナがベースキャンプ居た頃って、もう数年前なんだよね?」
「そう。…今誰がいるかは、さっぱりわからないね」
「居そうな人…とかは?」
「さぁ…」
「さぁ…」か…。相変わらず、この辺の話はカリナの口は重い。でも、これからどうせわかるわけだし、もう少し聞いてみてもいいだろう。
「もう少し、当時の話って、聞かせてもらうこと、できない?」
前を行くカリナが、振り返って、少し険の入った目で僕を見た。
僕は少し「びくっ」とした…、けど、でも、悪いことじゃないはずだ。タマキの件で少しこういう居たたまれない空気には慣れたのかもしれない。撤回せず、次の言葉を待つ。
カリナは少し目を伏せるように顔を少し下げて、また前を向いて歩き始めた。そして当時のことを話し出した。
「居たのは5年前…くらいまで。例の40層の挑戦までは常時20~30人くらいは居てね。割とにぎわってたよ。情報交換とか」
「以前戦ったコクトーが言ってた、『探索者』っていうのは、当時のカリナのPT?」
「そう。4人構成だった。当時はいくつかPTがあってね。コクトーがいた『第2旅団』もそのうちの一つ。ほかにもいくつかあった」
僕とタマキは、相槌もせず、黙ってカリナの次の言葉を待った。
「当時は…、今もだけど…、40層が最高到達点でね。40層の突破が皆の望みだった。…40層のボスはね、『ワールドボス』っていって、PT非依存なんだよ。世界に1体」
また初めて聞いた単語だ。
「『ワールドボス』?」
「単に、みんなそう呼んでただけだけどね。特定の層に居て、誰かが抜けないとその先に行けない。逆に、誰か1人でも倒せばみんな通過できるようになる。ほかにも種類がある。PTが変わるとその都度現れるのが『PTボス』。10層とか30層にもいるよ。ちなみに、昔は20層にも『ワールドボス』がいたみたい」
「へぇ…」
あきれているわけじゃないぞ、「へぇ…」としかいいようがないのだ。でも、PTボスは、僕らが自分たちで倒していかなければいけないってことか。
カリナは、今回は特に口をつぐむことはない。
「40層には、その前でもたびたび挑戦者はいたみたいだけど、帰ってくることがなかった」
「だから、みんな、相当厳しいだろう、って認識してた。だから、ある時、40層の上位PT連合で、40層のワールドボスに挑戦することになった。『討伐隊』とか呼んでたんだけどね」
僕にはカリナの背中しか見えないけど、カリナは少し自嘲して、笑っているように感じた。
「参加したのは20人ちょいくらい…かな。…生き残りは4人。私と、コクトーと、リカさんと、もう1人。自然とすべてのPTは崩壊してね。大半ベースキャンプを撤退した」
核心だ。
「40層には…、何がいるの?」
――沈黙。そして、
「灯台」
「…は?」
トーダイ? 東京大学? ってことはないか。となると「灯台」。海岸沿いにある光る塔。いや、敵かそれ…?
いつの間にか階段が終わりに近づいていて、5層のフロアから差し込む光が、階段を照らしている。
「まずは5層から。気合いれていかないと死ぬよ。40層の話は、また後で」
カリナは少し振り返って、いたずらっぽい笑顔になった。
5層は4層とそれほど雰囲気は変わりない。洞窟っぽい岩肌がまた延々と伸びている。
「たまには青空の下とか歩きたいですよね…」
ぼんやりつぶやいたのはタマキだ。
「日焼けしないのはいいですけどね。肌弱かったし…」
「それはそうね」
カリナはまた自分のノートを開いて道順を確認している。
「久しぶりだから、道すっかり忘れたな…」
「この階段から、どれくらいかかったんです?」
「…うーん、30分くらいで着いたと思うけど…」
カリナが、ノートを90度傾けたり上下逆にしながら確認している姿を見ていると、少し可愛く感じる。割と方向音痴系なのかもしれない。
――カシャッ
そのとき、鎧の擦れるような音とともに、…カリナの向こう側の暗がりが、少し光ったように見えた。
僕は素早く剣を抜くと、ノートを持ったままのカリナの前に出る。
暗がりから、剣を持った茶色い骨の顔が現れ、両の腕を振り上げる
「ちっ!!」
骨が無言のまま振り下ろしたものを慌てて僕は剣を横に構えて食い止める
ガギイッ!! という音とともに剣が接触し、僕の剣が顔すれすれまで平行移動する。
…重い。
僕は奥歯を強く噛んで踏ん張る。骸骨はその姿勢のまま表情もなく何度となく剣を振り下ろす。
「あきら! そいつがツヨスケ!! 気を付けて! たぶん複数いるから」
「りょ…う…かい!!」
「タマキ! 下がって! 支援魔法を!」
後ろでタマキが僕らと距離をとる。
カリナが骸骨に体当たりするように動き、僕と骸骨の間に割って入る
「こいつら、弓とかも使うから! 周囲注意!!」
僕は最前線をカリナに任せ、「モンスター収納」を解除する。場に「紫コウモリ」1体、「魔術師」1体、ワニ1体が現れる。
「コウモリ! 前にでて暗がりに他の敵がいないか牽制! メイズはタマキと同ラインにて攻撃魔法で援護! ワニはカリナの支援に!」
正直ワニはここまでくるとLv不足だが、いないよりはマシだ。僕はワニとともにカリナと対峙する骸骨の後ろに回り込む。
…おかしい。カリナが仕留められない。Lv差的にはまだ余裕だと思うが…
そこで気づいた。カリナは、「普通なら」致命傷となるような一撃をたびたび加えているのだ。ただ、あいつの骨ばかりの体には、「突き」の効果が薄いのだ。刺さった刃の大半はスカスカな胴体の間に挟まりこみ、ダメージにならない。
ワニが骸骨の足に噛みついて引きずり倒す。そこに僕が奴の頭蓋に一撃を加えようとする。…刺突よりは、斬撃。こっちのほうがいい。
「あきら!! 後ろ!!!」
「えっ!?」
カリナがいきなり大声を上げたので、僕は慌てて後ろを振り返ろうとする。
肉に何かが刺さるいやな振動が体に響いた。
「ぐぅぅぅっっ!」
左わき腹に、暗がりから突き出された長い槍が突き刺さっていた。
…そして、前の奴と同じ顔の骸骨が現れる。
メイズの魔法が発動し、いくつかのファイアアローが奴の体にぶち当たり、奴は体勢を崩しながら槍を抜き、数歩後退する。そこに紫コウモリが遅いかかる。
1体目の骸骨を短刀でぶち抜いたカリナが僕と骸骨の間に立つ。
「タマキ! あきら負傷、後退させて回復魔法を!」
タマキが一瞬びくっとなって、すぐに鉈を構えて僕のところまで走り寄る。
「高城君! しっかり」
カリナが前衛に立ってる間に、僕はタマキの肩をかりる形で後衛まで後退する。…情けない。
「メイズ! 少し前進して攻撃を!」
僕の指示で魔術師が少し前にでる。前線が少し移動したためだ。
後から現れた槍骸骨1体は、紫コウモリで攪乱されていることもあり、カリナの敵ではなかった。
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僕は足を投げ出すように座って、脇に座ったタマキの腕で抱えられるようにしてヒールを受けていた。ちょっと胸当たってるのは、うん、まぁ、うれしいけど。
前衛陣が戻ってくる。カリナ、テイミングモンスターも特にケガはなさそうだ。
カリナも少しだけ、息を切らせていて、5層が今までとは違う、っていうことを少し感じさせた。
「全く…いきなりだった」
カリナが小さくため息をつきながら言った。
「タマキ、あきらの怪我はどう? 深い?」
「あ、うん…、そこまでじゃ、ないかな。血も止まったみたいだし」
「…よかった。それなら、少し休憩すればもう少し足伸ばせそうね」
5層降りて一瞬で僕が怪我をして撤退とか、悲しいからな。良かった。
「あきら、モンスターは常時配備に。前衛と後衛において、急襲に備えよう」
「了解」
…それだと、コウモリとワニを前衛で、メイズを最後方か。これなら、タマキも守れそうだ。
「あと、位置取り、考えてね。複数体から同時攻撃されない位置、暗がりや岩陰には認識していない敵がいるかも。…今回は良かったけど、下手すれば一撃で致命傷とか」
カリナがコクトーにやられた時もそうだったけど、この世界の回復魔法は、瞬間で全快するわけじゃない。術者の力量や対象のLvにもよるけど、少し時間はかかる。
そんなわけで、ちょっぴり痛みと傷が残るままのお腹を抱えて、探索継続となったのだ。一応、タマキが以前拾った包帯を巻いておいてくれた。
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