シブヤの街へ
というわけで、「カリナ」と名乗る少女と僕は、「街」と言われる場所に向かうことになった。
ぶっちゃけ、少女っていっても、先輩っぽさばかりで、まったくお姉さんですけど。
なんて呼べばいいのか教えてくれ。「若い女性」か? 「先輩」? 「お姉さん」?
言うほど年の差はなさそうだしな。そもそも僕が子どもっぽすぎるのだ。
僕はやたらと「女性」を指す語彙を頭の中で探しに探した。
そもそも、こんな中に「街」があるというのもよくわからない。
彼女に連れられてこの部屋を出た僕の前には、部屋の中のつくりと同じような、レンガのような、でも黒っぽい石が敷き詰められてできた壁で包まれた、左右の通路が続いている。まったくもって、中世風ゲームのダンジョンだ。
もう状況に着いていけん。
彼女が割と冷静に淡々と前を歩くので。もう「そもそも」的な話をしづらくなってきた。
けど、これからのことを考えると、聞けること聞いとかないとな。
「これから行く、街ってのは、どんなとこなんです?」
彼女が、こちらを振り向きもせず言う。
「みんな、『シブヤ』って呼んでる。水の沸く場所と、複数の部屋がくっついてて住みやすいから。ここから30分くらいで着く」
…はぁ。渋谷、ね。
「ということは、来てる人みんな日本人?」
「さぁ? 国籍まで知らないけど。みんな日本語話してるから、そうなんじゃない?」
若干嫌味入ってる気もするけど、まぁ、言ってることは正しいのだろう。
日本人ばかりが集まって新世界に来たら、街の名前に『ニューヨーク』とか『アリアハン』とか付けないよねきっと。
「カリナさんは、元の世界に戻ろうとするとか、そういうこと…は?」
少し、沈黙が走る。
もしかして、聞いちゃいけない系の話だっただろうか。
「…戻れるものなら、戻りたい。…でも、難しいと、思ってる」
…「難しい」。本当に、聞いてる僕にも難しい。達成自体が難しいのか。それとも、彼女には無理、ということか。そもそも、誰も方法を見つけていないのか。
聞き方が、難しい。でも、聞かないと。…悩んだ挙句、口をついたのはシンプルな質問だ。
「難しい、というのは…?」
カリナさんは、また、少し一拍おいて、また話しだす。
「来たばっかりなら、そのへん、聞きたいよね…」
返事に少し困って、僕は黙っていた。
「さっきも言ったけど、『100層に行けば脱出できる』という噂はある。…でも、誰も噂の出所も真偽もわからない。そして、100層まで行くのは難しい。さっきの熊みたいなモンスターがでるんだけど、深い層は、強さが尋常じゃない。結果、みんなほとんどこの1層で過ごしてる。死にたくはないからね」
「モンスター…、ですか…」
カリナさんの話には、少し寂しさが宿っているような、そんな気がする。
…諦観…というべきものだろうか。一度は挑戦したのかもしれない。そして挫折して、やむを得ず諦めた帰還。
「そして、元の世界に戻ろうにも、私たちに戻る場所や体があるのかも、誰にもわからない」
この発言には、もう、何も返す言葉がない。この世界の先輩の彼女すら、わからないのだ。
しばらく、黙って歩いた。
不意に彼女が立ち止まって、僕に聞く。
「さっき、レベルアップしたんだっけ? 何かスキルもらった?」
「…えぇ、『ファイア』とかいう魔法と、『テイミング』とか言ってました」
すっかり忘れてた。なんかスキル得ましたとか、天の声みたいなのが言ってたな。
「そう。魔法職以外の『ファイア』はほぼ攻撃としては使い物にならない。生活用。取ったキノコに火を通したり。『テイミング』は『モンスターテイマー』職の基本スキルだね。あとで何か出たらやってみるといいよ」
割と短い発言なのに疑問がいっぱいだぞ。
「『ファイア』はどうやれば?」
「別に? 手をかざして『ファイア』っていう。それだけ」
シンプルすぎんぞ。もう少しおどろきとともに現代人が魔法を使える驚愕を味わってもいいと思う。
そういうわけで、とりあえず立ち止まって手を向こう側の壁に向かって、唱えてみる。
「ファイア!!」
…若干の、恥ずかしさはあるんだからな。普通にやってるけど。
ふいに、僕の体の中心からエネルギーが右腕を伝って流れ、手のひらから火の玉となって吐き出され、前方に飛んでいった。飛んでいった火の玉は、床にぶち当たって火花を散らした後、燃えるものを探してのたうち回り、そして何事もなかったかのように消失し、あたりは静けさを取り戻した。
「お…おお…!?」
割と驚愕している僕に彼女が淡々と答える
「できたみたいね。よかった」
もう少し、同じ新人の人と一緒にこの瞬間を味わいたかった…。彼女のリアクションはまるで薄すぎる。
なんか、一人で感激を彼女に伝えてもなんか恥ずかしいので、次の質問だ。
「キノコ、っていうのは?」
「…ごはん食べないと、死んじゃうでしょ? ここの世界、キノコとか生えてたり、モンスターが居たりするから、『食べれそうかな?』って思えるものは、火を通せば食べて大丈夫」
雑すぎんぞ…
「毒とか、雑菌とか…は…?」
「さぁ? でも、ここでは大丈夫。さっきの熊も、火さえ通せば、大丈夫」
「げ」
…あの、顔半壊したやつ? あいつ、食うの? 食欲沸かない…、てか、食欲の問題か? あれ。アンデッド系な気がしますけど。イキイキ熊さんじゃないぞ。
あまりに彼女の反応が乏しいので、もうなんか追加で質問するのがしんどくなって、次の質問に移る。
「テイミング? っていうのは?」
「それは私もテイマー職じゃないから、よく知らないけど、モンスターをペット的に仲間にできるスキル。私は盗賊職だからね」
「そうですか」
「ちょうどいいよ。なんか出たから。あいつで試すといいよ」
「え?」
前を歩く彼女の脇から前をみると、自動掃除機に細長い足がついたような大きさカタチの、クモみたいなやつが2匹。
「はい。これで」
といって、彼女はまたナイフを僕に渡して、僕の後ろに下がる。
「うぇええええ!?」
「長い奴のほうが、良かった?」
そういって、彼女は、さっき彼女が使ったほうの長い剣を抜いて、刃を持って柄を僕に差し出す。片刃の、刀のような剣だ。
「あ、はい、長いほうが、いいです」
もう、何言ってんのかよくわかんないけど、長いほうが安心だ。長いものには巻かれろ、って、昔の人も言ってたし。
彼女が後ろに下がってしまったので、細い路地で、僕はしぶしぶ2体のクモと対峙する。
僕は、彼女から受けとった剣を両手でもって、構える。剣道の経験もないから、ただそれっぽく。
一体がジャンプしてかべに張り付く。そして床のもう1体とペースを同じくしてこちらに走り出す。
床の一体が近くに寄ったところを見て、僕は剣を思いっきり振り下ろす。
クモにあたってクモの体の前の半身がざっくりと2つに割かれる。
ただ、一方で僕は力いっぱい降りすぎて床に刀身がぶち当たり、「ゴキィィン」という音を鳴らしてその音は剣を伝わってそのまま僕の体に響きだす。手が痺れる。
壁のやつが何かを吐き出す。ぼくは痺れたまま動けず、その塊を顔と上半身に浴びる。
「ぐぇえええ?」
僕は慌てて顔に左手をやる。張り付いたナニかを取ろうとして、その手がネバつくように顔と複数の太い糸を引いた。
奴が壁に張り付いた状態から僕のほうにジャンプしたのが見える。そして僕の上半身にとりつく
「うっぎゃあぁあああ」
奴が口を開ける。大きな複数の目がついた顔面。その口がゆっくりと開けられ…。
そして、「彼女」の右手で何事もなかったかのように胴体をわしづかみにされて引っぺがされ、床に叩きつけられ、左手の短刀が無言で突き立てられる。
少しだけピクピクとクモが動き…、そして徐々に緩慢になり、永遠に静止する。
「お疲れさま。糸には毒はないから。適当にしといて」
疲れたのは、疲れたが…。なんだこの展開は
「あ、はい…。ありがとうございます…」
僕は顔を覆ったねばねばを両手で片付けようとしながら答えた。
「前のそいつ、『テイミング』してみて」
いわれて、前を見やる。僕が最初に切りつけたほうのクモが、絶命したように動かなくなっていた。
えぇっと、「手をかざして『テイミング』だったっけ」…
「テイミング!!」
手のひらから白い小さな光球が飛び出して、クモの中への吸い込まれていく。
途端、クモが起き上がりこちらに向き直る。僕は慌ててまだ借りてた剣を構えた…が、テイミングが効いていれば、言うことを聞いたりするはず。
「おい、なんか喋れるのか?」
クモから返事はない。そりゃそうだよな。声帯とかないんだろうから。クモは特に襲いかかる様子もなく、こちらの様子を伺っているように見える。なんの力か、クモに負わせた傷も治っているように見える。
「…うまくいったみたいね。剣、返して」
相変わらず冷静な彼女に言われて、僕は黙って剣を彼女に返した。
彼女は、床に叩きつけたことが気になるのか、刀身をすごく見つめている。
「ついてこい」
そう一言声をかけて歩き出してみる。そうすると、クモは2メートルくらい離れてついてくるようだった。これがテイミングか。なんか子分ができたみたいで、ちょっぴりうれしい。今はなんか僕が子分未満だしな。ほんとに。
少し、レベルアップの時の天の声の発言について考えてみる。たしか、テイミング対象は「生物」と言った。この世界でいう「生物」がどこまでの範囲かわからないけど、普通に考えればモンスターは生物に含まれるはずだ。いや、「モンスターは生物じゃなくて魔物」とか言い出すとややこしくなるけど。ただ、「モンスターテイマー」なのに「モンスター」をテイミングできないはずはないよね普通。
…「生物が対象」ということは、モンスター以外の生物に効く可能性もあるのか。昆虫や普通の動物や、もしかしたら人間。
妄想が湧く。クラスの女子とかそういうのに使うことも、できるんだろうか。僕についてきて、命令には歯向かわず言うことを聞く…。僕の頭の中に、クラスの知った顔の女子が服を脱ごうとする絵が浮かぶ。
「何考えてるの?」
ぶっ!?
僕は、彼女から不意に聞かれて焦る。
「いや、なにも…」
「まぁ、良かったね。成功して。たぶん、これからも使うだろうし」
「あ、はい…」
僕と彼女とクモ一匹は、また歩き続けて、ついに「シブヤ」に着いた。。