旅立ち
それから、一晩をナガノの街で過ごした。
翌日、僕が谷口さんを呼び出して、タマキと谷口さんで話をしてもらった。
中身は正直、知らない。でも、谷口さんも昨日よりは落ち着いていて、タマキの出発のことを心から励ましてくれて、何かの折には協力を申し出てくれたらしい。いい友達を持ってるもんだ。
「あきらにも、そういう友達がいればよかったのにね? 残念」
「うるさいな」
カリナにいちいちこういうからかわれ方をするのも、少し馴染んできた。
そこから、ほとんど1日、日中かけて地図を見ながらシブヤへと戻ってきた。1週間振りくらいかもしれない。
ギルドではマスターと受付のリカさんが、無事の帰還を本当に喜んでくれた。
「あきらくんもだいぶたくましくなった気がするねー。まるで『はじめてのおつかい』を終えた子どものようだよー」
…心底馬鹿にされてる気がするぞ。
僕らは、2人に一通り、ジントのことやタマキの情報のことを話した。マスターは、大喜びして、また『ルールブック』と書かれた分厚い本を持ち出して、色々と書き出していた。…ぶっちゃけ、喜ぶことばかりじゃない…というか、悲しむことのほうが多いと思うんだけど。そこはどうでもいいのかしら。
「はあー、いろいろあったんだねぇー。たったの1週間なのに」
暢気な反応してるのはリカさんだ。そして
「カリナ、2人を頼んだよ。シブヤ代表、将来超有望な2人だからね」
「…当然」
カリナが、端的に、真顔でカッコいい反応をした。
「お2人って、過去何かあったんですか?」
タマキが、2人について聞く。
「少しは聞いたでしょ? 40層云々って。私もそれ、参加してたー」
「え?」
あんまり軽く言うな。そういうことを。
「当時は、ハルバード使いで最前線に立ったソードマン。それがこのリカ。下手したらコクトーとも互角に戦える」
「うえぇえええ!?」
僕とタマキが同じような驚きの声をあげた。リカさんはドヤ顔でピースする。何だこの軽さは。
「というわけで、シブヤが誇る最後の希望の星に、ギルドからプレゼントがありまーす」
「…リカ、勝手に決めないでくれ」
ひたすら事務作業に熱中していたマスターがここに来て呆れたように言った。
「良いじゃないですか。倉庫で眠っているよりマシですマシですー」
「まぁ、有用な情報は提供してもらったことだし…、貸与ということなら…」
「OK出ましたー」
マスターが言い切る前にリカさんは口をはさんで、そしてギルドの裏に引っ込んでいった。
しばらくして、白い布に包まれた長いものを両手に大事そうに抱えて現れる。そしてそれをテーブルの上に置き、丁寧に包みをめくっていく。
現れたのは一本のロングソード。装飾は少ないけど、黒く光り、切れ味鋭そうな剣だ。市場でもなかなか見かけないだろう。
「どう? これがシブヤに伝わる伝説の名剣。略して『シブヤ伝説』」
…唐突にヤンキー漫画の名前みたいになったのが気になりますけど。
剣を持ってみる。今までのショートソードに比べて、ずっしりくる。運用は両手になるだろう。でも、この大きさの金属と考えたら破格の軽さだ。このあたりはこの世界の仕様なのかもしれない。
少し離れて少し振ってみる。しっくりくる…ような気がする。前の剣と比べたらずっと、『剣士』っぽい。いや、雰囲気だけど。
「あれ、何か特殊な効果とか、あるんですか?」
振ってる僕の後ろで、タマキがリカさんに聞いている。
「いや、特に何も。でも、昔シブヤに居た最高峰の鍛冶職が限界に挑戦して作った現存の最高級武器だよー。…そのレベルのものを作れる人は、…もうここにはいない。恐らくハコネにもナガノにも、そのレベルの人はいないでしょうねー」
その鍛冶職が、どうなったのかは、聞かない。もう、この世界には居ないのだろう。つまり、今の1層の住人が持ちうる最高峰。世界最盛期の残滓の一振りということになる。僕には過ぎた剣だ。
「タマキちゃんは鉈専なんだっけ? いいのがあるよー」
どうでもいいが、その鉈専という言葉は何なんだ。
「あ、はい、鉈、好きです…」
流されるなタマキ。
リカさんが後ろに回していた腕を前に出して、もう一つの白い包みを出す。あれ、さっきは両手で剣を持っていたはずでは。
「じゃーん。『鉈☆シャイニング』! 普通の鉈の切れ味を鋭くして、見た目の鋭さまでアップ! なんと魔法力回復プラセボ効果付き! じわじわ回復した気がして今なら無料! 愛称は『ナターシャ』ねー」
…うさんくせぇ…
無駄に原色の赤を使った柄の鉈をタマキが受け取って、何度か振ってみる。
「思ったよりずっと良さそうですね。ありがとうございます」
そういって丁寧にお辞儀する。
鉈の良し悪しの判断基準はよくわからんが、タマキ的にはしっくり来たらしい。
「カリナの剣は…、もともと良いものだし、ギルドとしてもそれ以上のものはないね」
「大丈夫。これで慣れてる」
カリナの剣はもう馴染んでいるのだろう。旅の中でも、時折大事そうに手入れする姿を見かけた。
「シブヤのギルドとして、君たちの挑戦を歓迎する。何か不足する物資等あったら、気軽に来るといい。手土産も頼むぞ」
マスターが唐突に会話に真面目に入ってくる。
「ちゃんと準備をしてから臨むように。特にそこの2人はLvが低い。十分に低層で強くなってから潜るように」
カリナが、壁に背をもたれさせながら言う。
「わかってる。十分に配慮する。私にとっても、これが最後の挑戦。…絶対にしくじらない」
そうして、僕らはシブヤのギルドを後にした。
少しばかり、市場で準備してから、旅に臨むとしよう。
僕らの、旅が始まる。
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シブヤのギルドにて
夕刻を過ぎて、シブヤのギルドも店じまいとなった。受付嬢のリカは入り口の暖簾を片付け、部屋を簡単に掃除しながら、マスターに話しかける。
「少年少女たちは、行きましたねー」
「そうだね。こういう旅立ちの姿を見るのは、久々だ。いいものだよ。結果はともあれ、ね」
「ともあれって言っちゃうと微妙ですけどー…。あと4年かぁ…。長いようで、今まで短かったですねー」
「そうだな…」
「どう思います? あの3人。見込みありますかねー? マスターの情報的に」
引き続き机にて筆を走らせていたマスターが手を止め、顔を上げる。
「うん? そうだな…」
そういって、少し黙って考え込む…。
「…正直、カリナも前回の件で失敗し、そこから能力が飛躍的に上がっているわけでもない。他の2人も、…特に目立った強みはないように見えるが…ね…」
「言ってた、旅行者の固有スキル…みたいなもの次第ですかねー?」
「それにしたって、佐原くんの力量も見た感じLv相応だ。何か持っているようには僕には見えん。彼らが会ったという『ジント』は、高城くんを高く評価していたらしいが…、それもこの世界を見ているだけだと、理由は全くわからないな」
「…少年の可能性がどこまで届くかなんて、老人にはわからないのですよー」
「…リカは、彼らと一緒に行く気はないのかい?」
少しの沈黙。そして、リカが口を開く。
「正直、少し名乗りをあげたいとも思いました…。でも、今はその時ではないだろう、と」
「……そうか」
「もし、彼らが本物だったなら、いずれ『この街を維持できている理由』に気づく可能性があります。そのときには、街を取り巻く環境が大きく変わるかもしれません。その時に、この街を守る戦力の一角は、私です」
「…そうだな…」
2人の会話は、ここで終了となった。街はいつものように、明るさの変わらない夜を迎える。
第一章 終わり




