模倣された世界
「……シミュレーテッド・ソサエティ…?」
タマキが話した聞き慣れない言葉に、僕もカリナも言葉を合わせてそう反応した。
「そう。日本語っぽくいうと『社会シミュレーション』かな。そのまんまだけど」
こう聞いてもイマイチよくわからない。
「ここって、ゲームとかじゃないの?」
僕の話に、タマキが右脇のカリナを向いて聞く。
「カリナさんは、どう思う? ここ、ゲームだと思います?」
――「スキル」「魔法」「モンスター」「Lvアップ」。僕にはゲーム以外の何かとは思えない。
でも、カリナは意外な反応をした。
「ゲームそのものでは、ないと思う」
その発言を聞いて、タマキは少しニコッとして顔を正面に戻す。
「カリナさんは、流石だなー」
話についていけていない。
「…高城君。ゲームっていうのは、企画する人がいて、それをお金持っている人が承認して予算をつけて、プロジェクトの計画たてて人を集める。シナリオ作る人、プログラム組む人、グラフィック描く人、音楽作る人、広報する人、テストプレイする人、もちろん、それを管理する人…。開発設備、ネットワーク対応なら運用のための機械も人もいる。膨大なお金がかかるんだよ」
「それを、プレイヤーがゲームを買った時に払うお金とか、プレイ中の課金とかで賄う」
……まぁ、当然の話だ。
「それで…?」
「『社会は誰かの仕事でできている』そういうコピーが昔あったかな。あれ、少し怖かったよ。自分の部屋にある本当に全てのものが、全て誰かがデザインして、誰かが材料を用意して作って、流通されて、店頭で売り出されたものなんだって。そこの流れに少しのミスはあったかもしれないけど、それは世界の知らない誰かによってカバーされて、私は全く気にせずに使っている。全てのものにそういうバックグラウンドがあるって思うと、気が遠くなった」
タマキの話は、どこか遠い世界の大人が話しているような、そんな気がした。
「…脱線しちゃったね。じゃぁ、この世界を見てみようか。ゲームとして、お金を払っている人は、いるかな? 投資に見合うかな?」
「あ…」
そっか。そうだ。ゲームとしてなんて、成立しているわけがないのだ。
「わかってくれたみたいだね」
「ここはね、特定のシチュエーションを想定した閉鎖空間内に本物の人間の意識体を展開して、シミュレーションするシステムなんだよ」
「目的は色々ある。社会学や経済学、心理学の研究とかね。他にも色々あるよ。この技術が一般化すれば、擬似的な不老不死も成立する。惑星間航行なんかにも使えるよね。コールドスリープも現実化しないし。人類の永続的な生存も狙えるかも」
「『Simulated Society』…『SS』は、こういった閉鎖空間を提供するための基盤なんだよ。世界を構成するためのパーツや要素が沢山用意されていて、このシステムの上に、それらを組み合わせたいろんな世界が構築されてる。この『126番の世界』はそのうちの1つ。この世界がゲームっぽいのは、あくまでたまたま。普通な社会もたくさんある」
「私のいた世界でもまだ一般化はしてなくてね。技術の検証段階かな。法律がこんなの想定していないから、死にかけた人をスキャンしてDNAを回収して、テスト用の意識体を組み込んだんだ。…私はそんなの関与してないから、あくまで聞いただけだけどね」
もうほんとにタマキの話は盛りだくさんで、どこから聞けばいいのかよくわからない。
カリナが1つ呟いた。
「…死者の人権は限定的だから、か…」
「そう、本人から訴えられるリスクがないからね。大々的に募集する必要もなくなるし報酬もいらない。倫理的な問題とか宗教的な問題とか、ハードル高いし。まぁよくこんなことコッソリとやれたものだな、とは思うけど」
そういうと、タマキは両手で雪をすくって、雪玉を作るように両手を合わせて握り合わせた。
離れた両手の間から、砂のように雪がこぼれていく。
「タマキがいた世界ってのは、いつなの?」
「2028年の5月。みんなの事故から、7年後になるのかな。カリナさんはいつなんでしたっけ?」
「…2018年。もう、10年も経ってるのか」
…7年か。具体的な時間の経過を聞くと、現実感が押し寄せてくる。もう、僕のいない世界は、いないことを何事もなかったように呑み込んで、そのまま流れているのだ。
――あれ? それだと少し妙なことになる。
「それって…、ちょっとおかしくない? あの『ジント』って奴、『世界は何度も何度も繰り返している』って。それが本当なら、もっともっと時間が経っていてもおかしくないんじゃ?」
タマキがまた話し出す。
「『SS』内の世界は、基本20年が1サイクルとなってる。20年が経過すると、初期化されてまた世界が再生する。もちろん、初期化にあたって、前の世界のシミュレーション結果から再帰的な改良を施すこともできるんだけど。…でね、この『SS』が優れているところは、『演算速度』を上げることで、時間を早送りできるんだよ」
「早送り?」
「ここの20年はね、元の世界では1週間程度。1日でだいたい3年間過ぎる。シミュレーションの速度が高いの。将来はもっともっと速くできるみたいだけど」
「そんな気はしないけど…」
「周りも自分も全てが速ければ、『速いことにも気づけない』よ。時間の感覚って、主観的だから」
タマキはここで話を1つ区切って、また語りかけるように、話し出した。
「じゃあ、次は私の話、だね」




