<壁は 壊れない>
そこから、僕は「高城 あきらです」って自己紹介したあと、広間の壁に並んで座るようにして彼女と話をした。
彼女の名前はカリナ。数年前になにか事件か事故があって、ここに来たらしい。
きっかけについては、あまり聞かないことにした。言いたくない話もあるだろう。
…しかし、数年来「ここ」にいる? こんなとこに?
「あの、『ここ』っていってるのは…?」
彼女が少し首を傾げながら言う。
「うーん。この建物っていうか、ダンジョンっていうか…、世界っていうか…」
…よくわからない。
「えーっと…?」
「このダンジョンぽいとこから出られなくて 、しょうがないからみんなここに住んでる。って言えばいいかな」
「はぁ…?」
…意味不明だ。
「はぁ? って言われても、そのまんまだし」
話を少し変えてみることにする。
「…他の人も…いるんですか?ここ」
「いるよ。知ってる限り100人くらいは居るんじゃないかな。みんな事件とか事故の後で、ここに来てる。病気の人もいたみたいだけど」
「誰もここから出られず、に…?」
「そう」
「…そうですか」
…いや、「そうですか」とか冷静に言ってる場合じゃないんだけど、「そうですか」としか言いようがなくって、「そうですか」って返した。
「…あきらは、ここがどこだと思う?」
逆に、聞かれた。名前の呼び捨てはちょっと気になるけど、他人行儀よりよっぽど安心できた。
「……異世界転生とかの小説とかってありますけど、転生じゃないですよね。生まれ変わってないですし。となると転移? 現実離れしてますけど、ゲームの世界に転移した…とか?」
彼女は少し目線を遠くに移した後、また口を開いた。
「みんな、それぞれ考えを持ってるけど…少なくとも、転移じゃない」
「え?」
「転移って、元の体のままで別の世界に移ることでしょ? そうじゃない」
そういうと、彼女は少し体を傾けて左腕をまくりあげる。この場所には不似合いなほど白くなめらかな腕が露わになる。
「ここ見て、なにか気づかない?」
「えっと…よくわかりませんけど」
「ハンコ注射の跡。前は、残ってた。でも、この世界に来てからは無くなってる」
「……え?」
どういうことか。
「誰かが治した…?」
「バカね。誰が、健康に影響ない注射跡をわざわざ治すの?」
「それだけじゃない、人によっては、手術跡とかも無くなってる。人によっては、事故で動かなくなった足が治ってたりとか。」
少し考えてみる。
「……注射の跡も、怪我も、全部生まれた後についたもの…?」
「…正解」
「つまりね、今の私たちの体は、DNAかなにかは同一だけど、再生されたもの、ってこと。もともとの体とは別モノ」
僕が返す言葉に詰まっていると、彼女がいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。
「面白いでしょう? つまり転移じゃない。これは、違う体。もしかしたら、元の私たちは引き続き元の世界に存在するのかもね。私たちはただの複製品で」
「でもね、この話はこれ以上膨らまない」
「どうして?」
「これ以上のこと、誰も正確なことがわからないから」
僕は言葉を失った。これからずっと、自分がどこにいるかもわからず生きていくのか。
「新しく来た人にこの話すると、みんなそういう顔するよ。狐につままれた、っていうのかな昔の人は」
「察しのいい人は早々に気づくけどね」
「さて、これからどうするの? 生きていきたいなら、街に合流したほうがいいよ。このへんでもさっきみたいなモンスターもでるし。さっきも私いなかったらたぶん死んでたでしょ」
「街!? 街があるんですか?」
また、意外な単語がでてきた。
「ここの世界も結構人がいるからね。生きていくためにはある程度集まるでしょ。よければ案内するよ。一応縁があったわけだし」
「それは…ありがたい…ですけど、いや、まともに生きていけるもんなんですか? こんな場所で?」
彼女は少し逡巡して、いった 。
「…街の周りに居ればそこまで危なくないし、飢えないし、みんな順応してそれなりに生きてる」
「そんなもんです…か…?」
いや、そうか? 閉鎖空間に何年もいたら、気がおかしくならないか普通? 閉鎖環境脱出ものって、そんな感じじゃないか。
「元気でやっていけてるなら、いいんじゃない? 何か問題が?」
「いや、問題は…ないけど」
確かに、問題はない。みんな元気にこしたことない。…そうね。それは真実だわ。間違いない。…違和感はありますけど。
彼女の言うとおり、僕らは「街」に向かうことになった。カリナが言うには、このダンジョンは100層まであるらしい。ここは1層。100層に到達するとここから脱出できるという噂だが、それも本当かどうかわからないらしい。
「あー、あと言っておくね。この世界には独特の<ルール>のようなものがあるから」
「ルール? どういうものです?」
「例えば、<壁は壊れない>とか。最低限知っておくといいよ」
道端の壁は半壊しており、中から茶色い土肌が見えている。崩れたレンガ?のような石がゴロゴロ転がっている。それを見ている僕に気づいたのだろう。
「そう。あの壁、壊れかけてるよね。壊れて落ちてる石は持てるし、その石は壊すこともできる」
「壊れかけた壁は、場所によっては自然に少しずつ崩れることはある」
「ただし、力を加えて壊すことは、絶対にできない」
「はぁ?」
「不思議でしょ。でも、それがこの世界のルール」
もうだいぶ前からだけど、改めて理解不能だ。物理法則を超越している。
「これ、全部ゲームと考えると、納得できる人も多いみたいね。あんまりゲームやったことないけど、壊れるように作っていない壁は、いくら剣を振ろうが絶対に壊れない。よくある話なんでしょ?」
確かにそうだ。そんなゲームはいくらでもある。背景と化しているものを壊したり、建っている家を壊したりが自由にできるゲームなんて、それを売りにしたもの以外ない。
…ゲームでは「壊れるようにプログラムされたもの」でないと壊れない…。やっぱり、ゲーム世界かなんかなのか? よくわからない。
「もし、ゲームだとしたら、<プレイヤー>として外から安全に遊んでいる悪趣味な人が、いるんでしょうね」
彼女が言った。
[Rev.2]