神人
タマキが牧野に駆け寄り、回復魔法を使う。
「傷は…、それほど深くはなさそう。これなら、なんとかなるかな」
牧野が下を向いた顔を少しだけ上げて、タマキを見た。
「佐原…、悪かったな」
「仕方…ないよ」
何が仕方なかったのかよくわからないけど、こっちは片付いた。あとはカリナだ。…大丈夫だろうか…。
そこに、カリナを抱いた小柄な影が現れる。
「カリナさんっ!!」
叫んだのはタマキだ。
見ると、コクトーがカリナを抱えて部屋へ戻ってきていた。
コクトーが僕たちのそばまできて、丁寧にカリナを床に横たえる。タマキはそこに走り寄る。
「メガネ。深手だ。お前のヒールで治療しろ」
「は、はい!…」
タマキが回復魔法をカリナにかける。
「傷が…深すぎる…。こっちは私で大丈夫かどうか…」
コクトーがそれに言葉を返す。
「大丈夫。お前のヒールでもいけるはずだ。魔力が足りなそうならこれを使え。…頼んだ。くれぐれも、死なすなよ」
そういってコクトーはどこからかいくつもの魔石を取り出し、タマキの脇に山を作った。
タマキは驚いたような顔をしてコクトーを見つめる。
「これで、魔力が回復できる。好きなだけ使え。なんとかしてくれメガネ」
「は、…はい!」
コクトーはタマキの頭をぽんぽんと叩いて立ち上がり、牧野のほうに向かう。
「マナブ、お疲れだったな」
「…コクトーさん、すみません」
一瞬の沈黙のあと、
「いや…、これで十分だ。傷口はそこまで深くはなさそうだな。申し訳ないが、メガネはあっちに集中させてやってくれ」
そういって、薬の入った瓶を1つ牧野の胸元に放り投げる。
「…そもそも、カリナの怪我だってお前のせいじゃないか!?」
僕は、この身勝手な娘に苛立ちを感じていた。本当に、理解できない。なんのために、こんなことを。
「…そう言うなよ。楽しませてもらった。あいつも、そう考えてるさ」
そういって、カリナの方を見やった後、その辺の岩に気だるそうに、腰を下ろして片膝を包むように両手を組んだ。
本当に、本当に、こいつは、何なんだ…。
…何か言ってやりたかった。でも、何を言っても、「経緯も知らず空気も読めない新人」になってしまいそうで、なにも言えなかった。
しばらく場を沈黙が支配した。
「ほら、新しいお客さんの登場だ。『高城』」
不意にコクトーが顎を少しあげながら首を部屋の奥の暗がりに向けて言った。
「来たんだろ。神人。ルーターに加えて『高城』まで現れたからな。来ると思ってた」
そこは暗がりだ。特に人は僕の目には見えない。
…でも、その暗がりから声が返ってくる。
落ち着いた、男の声。
「…ルーターは平和的に入手してくれ、と伝えたつもりだがな」
「十分に『平和的』だろ?」
「…お前の『平和的』の定義が気になるよ」
そして、その声の男がゆっくりと現れる。
大層なローブを着た長身の男。長い髪。左目に、ARデバイスかなにかを装着している。それは耳のほうまでカバーしていて、その途中で少し幅のある5センチくらいの突起が何本か突き出ていた。…USBメモリがデバイスに挿入されてる、そんな感じだ。
細身ではあるだろうに、着ているゆったりとしたローブが、男の体を横にも大きく見せていた。
威圧感、でも、どこか口調にも服装にも、わざとらしい感じを受ける。まるで無理して強がって、そう演じているような。
「ルーターは、そこにある。勝手に回収すればいいさ」
そういって、コクトーは曲がったままの人差し指で気だるそうに置いたルーターを指差す。
「ジント」と呼ばれた男は、ゆっくりと歩いて、ルーターを拾い上げ、それをさも愛おしそうに眺めたあと、
右手の平を下にしたまま、手を持ち上げるような仕草をした。そして、
「…Summon」
と小さく呟いた。
男の周囲の地面に2つの魔法陣が回転しながら現れる。魔法陣が青白い光を放ち始め、そのそれぞれの中心から黒い影が生じ、それが人の形を描いていく。
影が完全に人の形を描いてから、それは質感と色を伴いはじめ、…そして、2人の人間となった。
…男と女。男は完全防備の沈むような紺色の甲冑を身につけている。この世界で剣士はいる。でもみんな大抵軽装だ。男の格好は本当に、ゲームのナイトか何かのようだ。
もう1人、女の方は逆に黒いチャイナドレスみたいな体の線が現れた服だ。短めの丈から覗く太ももや足は、じっと見ていたら恥ずかしくなりそうだ。
ただ、2人とも、何か違う。シブヤやハコネに居た街の人たちとは全く違う。現れ方も、そしてその格好も、感じる…その気配も。
「2人とも、久しぶりだな」
「何か用ですかい? 例の『旅行者』の件ですかい?」
騎士風の男が、粗野な物言いで答える。
「2件、連絡だ。モバイルルーターの入手と、もう1つは『高城』の出現だ」
その言葉に、女のほうが答える。
「あきらくんが? ホントにー☆?」
いやお前誰だよ!?
僕はもう、目の前で知らない人が自分を「知人」のように話しているだけで、違和感だらけだぞ。
女のほうが、僕を見つけてホントに嬉しそうな、情熱的な目を向ける。
いや、普段なら嬉しいかもしれないけど、この流れだと微妙でしかないんだけど…。
「さて、『高城』」
ジントと呼ばれていた男が僕に向き直り話しだした。
僕は返事の代わりに、ゴクッと唾を1回飲み込んだ。
「自己紹介しておかなければね。そこの盗賊さんも聞ける状態かな?」
カリナの方に目を向けると、カリナもタマキに体を預けながら、体を半身起き上がらせていた。
「大丈夫…聞いている」
「カリナさん、無理しないで」
「それは結構」
そうして、「ジント」は話し出す。
「はじめまして…かな。『高城』くん」




