雑兵
店にはちょくちょくお客さんが来て、夜が更けるにつれて店は繁盛してきた。
僕らは、各テーブルの空気を壊さないように配慮しつつ「牧野」の情報を聞いて回ったけれど、有力な情報…どころか、みんな「誰それ?」という反応で、全く手応えがなかった。
「だめだね」
タマキがテーブルで頬杖をついて言った。
「そもそも登録したの最近だし、街の人と交流ないのかもしれないね」
「うーん」
「となると、疑惑は増すけどね」
カリナがまた不穏なことを言う。
「どういう意味?」
「だってさ、最近この世界に来て、やっとこの街にたどり着いたなら、生き抜くために人の輪に溶け込もうとするでしょ」
「それは…まぁ確かに」
「溶け込む必要が無いから、街の中で過ごしていない。それは間違いないんじゃない? 結果、誰も『牧野』って奴を知らない」
カリナの言うことにも一理ある。僕とタマキは返す言葉もなくて黙っていた。
「都内とかいっぱい人が居るなら人1人増えても変わらないけど、ここにいるのせいぜい1クラス分くらいだし。転校生が1人クラスに来たら、普通目立つでしょ」
僕たちは酒場の喧騒の中で、言葉を失いながらそれぞれのグラスを傾けていた。
気づくと、ずいぶんとお客さんが増えたものだ。住人の絶対数は少ないものの、他の娯楽がないから会話を求めてこの酒場にみんな集まるのだろう。
――カランカラン
また新しい来店者だ。僕らは何度目かもわからない眠そうな目で、店の入り口に目をやった。
――見慣れた制服。長身に相変わらずの浅黒い顔。僕とタマキに緊張が走る。
「…2人とも。警戒して」
僕らの様子から、カリナは来訪者が、探していた「牧野」であることを感じとったのだろう。僕らに注意をかけた。
牧野は店の入り口から店内を見回す。その格好はこの世界に馴染んだものとは言えず、店の空気からはかなり浮いて見えた。
元の世界の服を来ている住人も多いけど、その住人の服は少し破れたりほつれたりしている。牧野の格好は明らかにこの世界に来て間がないことを示すように見えた。
牧野は右奥のテーブル奥に座る僕ら3人に気づいたようで、静かに歩みを進める。
……ここに居ることを、知っていたような、そんな動きに見える。
「吹き溜まりの連中でも、正面切って1層の街で戦うことはないから…、ここでは、少なくとも大丈夫。ひとまず、自然に」
カリナが僕らだけに聞こえるように囁いた。
「高城と佐原だろ!? 俺だよ俺! 牧野!」
牧野の「再開を喜ぶ声」に答えたのはタマキだ。嬉しそうな顔をして返事をする。
「牧野君!? 無事だったんだね!」
「2人とも久しぶり!! 街のギルドでお前らが尋ねてきたって聞いてさ、すげぇ探したよ。でも元気そうでよかった」
「牧野君は? 他の誰かと一緒じゃないの?」
牧野は、少し顔を伏せた後にいった。
「いや、俺はここに来たときからずっと1人でさ、友達も見当たらねぇし…。ほんとどうしようかと思ってた」
「…そっか、大変だったんだね。私と高城君も最近シブヤのあたりで会ってね。ハコネの名簿に牧野君がいたから、探しに来たんだよ」
「…あ、でもな、今日実は『高瀬』と会ってさ」
――「高瀬」。クラスメイトだ。牧野とは同じ部活で友人。この世界に居るのかは、全く不明だ。
「え!? 高瀬君もここにいるの?」
「そそ、ちょっと怪我してたから休んでもらってるんだけど」
正直、僕は牧野と話したことがほとんど無いので、会話には割り込めずにいた。ふとカリナに目を向けると、カリナはグラスを傾けながら集中して耳を傾けているようだった。
警戒するのはいいんだけど、凄い緊張感を周囲に漂わすのはどうかと思うよ。本来そういうシーンじゃないから……。
「佐原、プリーストやってんの? よかったら今一緒に来てヒールかけてやってくれない?」
「え?」
「金無くて誰かに頼めなくてさ。治ればここ来れるし。高城も一緒に来いよ。再会の挨拶もできるし」
「そこの…」
牧野がカリナの方を向いて言葉を詰まらせた。
「カリナです。よろしく。2人とは今PT組んでて」
「あぁ、はい。カリナさんは少し待っててもらってもいいすか? 近くなんで。すぐ戻ります」
「いえ、一緒に行きます。そろそろ酔いも回ってきたんでお店出ようかと思ってたところで」
カリナは別にお酒を飲んでいたわけではないのだけれど、そう言うやいなや席を立ってカウンターで精算を始めた。断りにくくするこの手際の良さ。見習いたい。
「なに? カリナさんって美人だけどちょっと怖い感じの人?」
牧野が初めて僕に向かって耳打ちした。
「うん、まぁ…、そうかも」
事実だね。うん。
「さぁ、行きましょうか。案内してもらえます?」
カリナが口を挟ませないような物言いで言った。
「あ、はい…」
僕らは、先頭に牧野とタマキが並ぶ形、後ろに僕とカリナが並ぶ形で歩き出した。気持ち、前の2人と距離を開ける。
やはりというか、先頭はハコネの街の入り口の方に向かって歩き出す。やはり、街の外に案内するのか。
行かないという選択肢もある。でもそれも不自然だし、本当に「高瀬」が怪我している可能性もゼロじゃない。…少なくともタマキはそう思ってるはずだ。
カリナが静かに僕に耳打ちする。
「変なことになりそうならルーターなんてタダで渡してしまって、すぐに去るか逃げる。最優先ね」
「わかった」
「あと、タマキにも注意ね。後ろから刺される可能性だってあるんだから」
そういえば、カリナは「タマキも『吹き溜まり』と関係があるかも」と言っていた。確かに、タマキがもし居なかったらハコネまでも来ることもなかったかもしれない。
僕は気を引き締めた。もちろん。僕自身はタマキはそんなのではない、と信じているけど…。




