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淀む者たち

<ハコネの街 湖上にて>


==


 ハコネの街には、大きな湖がある。「ハコネ」の名の由来だ。この街は緩やかな下りの斜面が続いていて、街の中心の道を奥に進むといずれこの湖畔に到達する。湖は最初の浅瀬から徐々に深さを増していき、次第に底が見えない深さとなる。


 街側からは、周囲が暗いせいもあり向こう側の岸辺を全く見ることができない。ハコネの住民は当初向こう側を気にすることはあったが、実際漕ぎ出せるほどの船は用意できず、いつしか皆興味を失った。この湖には魚も棲まず、住民の興味をそそらなかったのである。



 その湖、ハコネ側からは目視できない距離の湖上に、2人の影があった。何かの方法により周囲を白いフィールドで覆われ、水面から数十センチほど浮き上がった状態である。


「見えるか? マナブ」

「流石にここからでは見えませんよ。コクトーさんの『千里眼』無しでは」


 マナブと言われたのは、短髪で浅黒い肌をした若い男だ。見るからに運動神経の良さそうな体躯をしている。


 その一方、「コクトー」と呼ばれた人物はそれとは対照的だ。子どものように小さく、華奢な体躯。詰め襟の学生服のような上衣に下は黒いスカートである。背中には背丈ほどの長剣を背負い、雑に切られた紫色の長い髪を湖畔になびかせていた。


 大柄な男のほうが小さな影に敬語を使い話している姿は、違和感を感じさせるものである。


「そうだな。だからこそここに幻視を出しているんだ。きっちり見ておけよ」


 2人の前にはぼんやりと楕円形のフィールドができており、そこに対岸の街の様子が明瞭に映し出されていた。その中には、男1人と女2人。何かを話しているような姿を見せていた。


「お前の同級生とかいった2人に、間違いないか?」


「あぁ…、高城と佐原だ。もう1人は知らないが」


 コクトーと呼ばれた娘は、幻視ではなく対岸のハコネの街を見つめる。


「もう1人は…、ふふ、……本当に懐かしい」


 娘は見た目に合わない口調でそう言って、くつくつと笑う。


「…懐かしい?」


 娘は、少し間を置いて語りはじめる


「5年前の討伐隊の亡霊だよ。…オレと同じ、な」


 しばらくの間、沈黙が間を支配する。そして長身の男が娘に語りかける。


「で? 俺はどうすればいいんだ?」


「事前の話通りだ。3人を街から離れたところに引きずりだして例のアイテムを確保するのが目的だ。できれば長身の女は除いてお前の同級生2人のほうがいい。3人になった場合はオレも出向く。向こうも警戒している。2人だけ狙うのはもう難しい。しくじるな。一度失敗すれば街からも警戒される。お前を除く面子はギルドに顔が割れてるからな」


「原則、3人とも殺害は禁止だ。特に『高城』とかいう男は『絶対に』殺すな。アイテムの損傷も絶対にNGだ。そんな危険がある場合には迷わず一度撤退していい」


「『高城を殺すな』というのも、例の奴の指示ですか」


「…まぁそんなもんだ。どうもあいつは『高城』というやつに拘っている。殺さない方がいい。…『高城』がここで登場するとは、思わなかったがな」


「あんたほどの人が恐れる相手とか、信じられませんよ」


「恐れる? 恐れちゃいないさ。奴はオレ達に危害を加えることはないからな」

「危害は加えない?」

「…ヒューマニストなんだよ。奴は。メンドくさい奴さ」


 そういうと娘は顔を一度振って髪を掻き上げる。


「マナブ。うまくやれ。オレを失望させるな」


 そういって、娘は男にもう一度激を飛ばす。


「……わかった」


 そして、2人の影は消失し、水面にはいつもの静寂が戻る。



==


 

 ハコネに着いてギルドを訪ねた翌日。僕らは割と手持ち無沙汰な空気を漂わせていた。


 「牧野は怪しい」という認識がある以上、街中で積極的な聞き込みをするのも気が進まないし、かといって牧野を放ってナガノへ向かったり、このままシブヤへ帰るわけにもいかないからだ。


 結局、ハコネの街やハコネの周囲をぶらつくだけで日中の大半を過ごしてしまった。


「あー、いつまでもこういうわけにもいかないでしょ! あきら、どうするのこれから!?」

「え? 僕? 僕が決めるの?」

「一応PTリーダーでしょ? 決めてさっさと」

「えぇえぇえ…」

「高城君がんばれー♪」


 こういうときだけリーダー扱いだ。


 でも、本当に悩ましい…けど、どうせ危険がある以上は、積極的に聞き込みをしても一緒じゃないだろうか。向こうからくるならどうせ来るだろうし、僕らが対処できるかどうか、それが問題だと思う。


 …そう考えると、今からすべきことは1つだ。


「…ハコネの酒場に行こう。牧野の情報を集めに」


 僕が思い切って発言すると、カリナは少し意外そうな顔をした。


「あきらにしては思い切ったことを言うね」


「でも、それでいいんじゃないかな? このままにしていてもしょうがないし、今更聞き込みしたってそんなに危険度上がらないんじゃない?」


 タマキの方は僕に同調してくれる。カリナの方も、「今のままでは」ということには同意してくれたので、僕らはこの日、夕方から酒場に向かうことになった。



 ……カランカラン


 ハコネの街の酒場は街中の石造りの建物のうちの1つだ。入り口には暖簾がかけてあり、大きな鐘が来客の訪問を店内に告げていた。


 「いらっしゃい」


 迎えてくれたのはチョビ髭にどこかかしこまったスーツを来た細身の男性のマスターだ。促されて右奥の粗末なテーブルにつく。注文を取りに来たマスターに対し飲み物をそれぞれ注文して、試しに「牧野」について尋ねてみる。


「知らないねぇ。まぁ、もう少し経てば他のお客さんも来るから、聞いてみたらいいんじゃないかね?」


 そう淡泊に言って、マスターはさっさとカウンターへ戻っていく。


「…話が、広がらないね」


 タマキが声を潜めて言った。同意だけど仕方ない。僕らはぼちぼち飲みながら、他のお客さんの来店を待つことにした。



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それで元気がでます。

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