僕の、新たな生活
うっすらと目を開け、周囲を見渡す。
石畳の床。それが垂直に伸びた壁。時折生えるツタ。
…とても、今までの世界とは思えない。一体、どこにいるのか。
寝起きのようにぼんやりする頭をフル回転させて、考える。僕は一体今まで、どこにいたんだっけ…。
うっすらと記憶が蘇ってくる。クラスでバスに乗っていて…、何か悲鳴のような声が聞こえて…、そこから、体が裂かれるような衝撃があったのを覚えている。
薄暗い小部屋だ。人生でこんなところに来たことはない。ゲームの中ではあっただろうか。地下の、薄暗い通路の果ての、一角の小部屋。まるでダンジョンの中だ。
気持ちは不思議と落ち着いていた。なぜかわからないけど。
近くに、いつも使っていたリュックがあった。何気なく、手繰り寄せて中身を覗く。
・お茶が入った水筒
・学生証
・筆記用具
・B5ノート
・日焼け止め
・目薬
・ポケットティッシュ
・財布
中身はこれだけだ。入っていたはずのスマホはない。どこかで落としたんだろうか。…買ったばっかりだったんだけどな。
周りは静かだ。バスの中の喧騒に比べれば、むしろ、心が落ち着く。
孤独とは、人の中で生じるものだ、という。そっか。1人だと、逆に、孤独も感じないのだな…。
でも、ここでじっとしているわけには行かない。家族も心配してるしだろうし…、まだ死にたくない。
顔をはたいて起き上がる。まだ死ねない。彼女もいないのだぞ。いや、見込みとかなかったけどさ。
部屋を見渡す。8畳くらいの小さな部屋だ。
部屋の隅に、四角形の小さな塊があることに気づく。
……ダンボール箱?
この世界には不似合いな、ゲーム機くらいの大きさのダンボール箱。
ご丁寧にミシン目が入っていて、そこを引っ張ればハサミがなくても開けられるようになっている。まるで通販サイトで買った商品のようだ。
僕は駆け寄って、違和感も忘れてミシン目に従い箱を開ける。中身に入っていたものは…
・ミネラルウォーターのペットボトル(500ML)
・マスク(5枚入り)
・鉛筆削り
・プラスドライバー
・眼鏡(眼鏡ケースつき)
・ゴミ袋(10枚入)
・さきいか
――なんだこれ? 誰が置いたんだ?
飲めるのか? これ? 賞味期限とか。見た感じ古そうじゃないし、店に並んでてもおかしくはない雰囲気だけど。
ふと周りを見る。周囲の風景とは場違いな清潔感漂う箱。そして統一感のない中身。違和感だらけだ。
誰かが用意したとしても意味不明だ。この場に必要なものじゃない。
マスクとか今必要か? 鉛筆削りも意味不明。鉛筆もないのに。
メガネはダサい黒縁のメガネ。ちょっとかけてみたけど、度がきつすぎて目眩がしそうだ。フレームから外して光を集めて火を起こしたりしてみる? 虫眼鏡ならわかるけど、普通のメガネのレンズでできるんだっけ?
食料だって別に普通におにぎりとか固形食とかでいいだろ、なんだ「さきいか」って。
…不意に、後ろに気配を感じた。
人ではないような冷たい気配。人なら、ここまで近づく前に普通声をかけたりするだろう。
人が、全く声もかけずに、ここまで背後に近寄るものだろうか。
僕は、恐る恐る後ろを振り返る。黒い影が見える。
それは、人のようには全く見えず。大きな丸みを帯びた黒い塊のように見えた。
黒い影は、咆哮する。
「ゴガァアアァアアアアア」
黒い塊の上部に開いた口だけが、真紅の色を露わにしていた。
一瞬、鈍い光が斜め上から振り下ろされる。僕は、慌てて尻もちをついたまま、両手の力で少し後ろに退く。
「 ひぃいいいい !!」
そこから、半身を回転させ、背を向いて駆け出そうとする。
でも、奴の第二撃のほうが速い。僕の方は身を捻ることすらろくにできていない。
奴が、もう片方の手?を振り上げる。僕は、目を瞑った。
ふっと、場ににつかわしくない 澄んだ音が、部屋にこだました。奴は動きを止め、後ろを振り返る。
制服を来たような、少し背丈の高い女子。右手には長めの剣と、もう片手には、鈴のようなものを指の間から吊るして、ゆらゆらとゆらしていた。
彼女は左手を右側 の腰に運ぶと、その流れで素早く光るナニかをこちらに投げつける。ガキッと低い音が響いて、何かが壁の石の隙間に突き刺さる。
…ナイフだ。 大きめの果物ナイフのような刃物が、僕の脇数十センチの壁の隙間に垂直にめりこんでいた。
よくわからんけど、普通こんなもん人ギリギリに投げるかいきなり !? 当たったら死ぬぞほんとに!
慌てて両手で柄をつかんで無理矢理引っこ抜いて両手で構える。ナイフをこんな構え方したのははじめてだ。
「それ、使って。こっちも相手いるから、そっちは、あんたで」
やたらと冷静な、澄んだ声が部屋に響く。その声は、冷淡さすら感じるものではあったけど、 彼女が「命の危険を感じていない」ということはわかる。
…そうだ。ナイフの投げ方とか、あの子はなにかおかしい。「慣れすぎて」いる。普通じゃない 。
両手で持ったナイフは、あいつの巨体 にはとても頼りない刃渡りで、僕の心を折ろうとする。
刺したところで向こうの致命傷にはならないだろう。爪で一撃されて終了だ。
切っ先が、震えているのが、わかる。
-ーどうする。どうする…?
情けない結論だ。「あの子が助けてくれる」と信じて、時間を稼ぐ。これしかない。
僕は奴と対峙しながら、ジリジリと後ろに下がる。
奴が、体勢を低くして、突進してくる。僕はかわすこともできずにそのまま奴の体当たりをそのまま食らって 後方に吹っ飛ばされて尻餅をつく
「ぐっ……」
お腹がつぶれたように苦しい。息もできない。そうだよな、そんなにうまくいかないよな…。
左手で腹を押さえて座りこむ僕に、奴が近づく。…その顔は、普通の熊じゃない。顔が半壊していて、白い頭蓋が見え隠れしている。
奴は僕を仕留めたと思ったのか、僕に近づく。僕は右手に持ったナイフを握りしめた。奴が次の動きに移る寸前、左手を柄に添えて思いっきり突き出す。きしむ体が、ギリギリと動きだし、奴の腹部にナイフが突き刺さる。
奴が、一瞬、 「信じられない」という体で固まった。そして、激昂。
勢いよく長い、黒く光る爪を振り上げた瞬間 、僕は目をつぶった 。
そして…
肉を貫く音が周囲に響いた 。
…おそるおそる、目を開ける。
目の前10センチに静止した剣先。冷酷に、斜めに貫かれた「熊 」の頭部。
彼女が、素早く剣を奴から抜き払い、熊の体が、足元からよろけるように崩れ落ちた。
ふっと息を飲む。可愛い……というよりは綺麗なタイプの子だ。年は少し上だろう。少し毛羽立って傷ついたどこかの高校の制服に、胸当てのような防具をつけている。
それがなにか凄く絵になっていて、カッコいい。背は僕より高いけど僕より手足は細く、緑に輝くきそうな黒髪は長く肩甲骨のあたりまで伸びていた。
「怪我は?」
「あ、ありがとう、ございます…」
体は痛いけど、なんとか声も出る。とくに深い傷などもないようだ。
「だ、大丈…」
――突然、視界が暗転し、周囲の音や空気の流れが止まる。まるで時が止まったようだ。
「え? え…?」
彼女も、ピクリとも動かない。僕に向かって少し歩き出そうとして、右手を少し前に出した姿勢のまま、固まっている。
「…レベルアップ です。高城 あきら モンスターテイマー Lv3 まで 上昇 します」
無機質な女性の天の声が聞こえてきた。
…え? え ?
ゲーム世界なの…か? 小説とかアニメでは見たけど…、
「魔法 『ファイア』 を 習得 しました」
「『テイミング』 の スキル を 習得 しました。自身 で 対象 の 生物 を 殺害 もしくは 戦闘不能状態 にした 場合 に 利用できます。現在 の 最大数 は 3」
…唐突すぎるぞ。ほんとに… 。
「ちなみに、使い方は?」
実は回答が帰ってくることはそんなに期待していなかったのだけど、天の声は返してくれた。
「条件 を 満たした 対象 に 手 を かざし、スキル 名 を 唱える ことで 利用可能」
あ、そう… 。
「この世界はいったいなんなんだ?」
「質問 は、レベル および ステータス に 関連 する ものに 限定 されて います」
「……時間制限 と なりました。終了 と なります」
不意に、視界に色彩が戻る。あの子が、動き出す。
「え? え? …」
周りをきょろきょろ見渡す僕を見て、何か悟ったのだろう 。
彼女は、熊から抜いた剣の刃を顔に近づけて、何かを確かめながら言う。
「初レベルアップ?」
あの声は、確かに「レベルアップ」と言っていた。
「あ、はい…なんか、そんなことを…」
彼女は、僕を上から下まで観察した後話し出した。
「嘘ではなさそうね。アナライズしてみたけど実際弱いし」
「私はカリナ。橋本桂里奈。といっても、この世界ではカリナ、で十分ね」
彼女は、僕に目も合わさずに、熊から短い短刀を回収しながら言う。
彼女 の持つ2つの刀のような片刃の剣の、少し反り返った刀身が銀色に光を反射していた。
初めて投稿します。最初の投稿時からはだいぶ構成を変えています(2020/8/29)
活動報告なんかも書こうかと思ってますので、よければご覧くださいね。