3層1
2層への階段は、1層の通路に唐突に現れる。ここは通路の右手にある。
通路の右壁に突如横幅数メートルのぼっかりした漆黒が現れ、近くに寄ってみると、沈み込むように階段が漆黒へと続いているのがわかる。まるで見ていると吸い込まれるような景色だ。
「さくっと、降りてしまおうか」
慣れてるカリナは平気そうに階段に足をかける。ぶっちゃけ初めてだから怖いのだけれど、カリナは慣れているようだ。僕とタマキは寄り添って、先を歩くカリナに恐る恐るついていく。
階段はそんなに短くなくって、前後を青い漆黒が支配する中延々と続いていく。ここは本当に階段なのだろうか。世界同士を繋ぐワープゾーンのような、そんな気もする。いつの間にか、両脇の壁は見えなくなり、周囲を青い漆黒が支配していて、見えるのは周囲の足もとだけだ。宇宙空間を歩いているような、そんな感じ。
階段を降りながら、眼の前を迷いなく延々と歩いていくカリナの背中を見ながら、タマキがカリナに声をかける。
「カリナさん…は、どこまで潜ったことがあるんですか?」
「…40」
「40層!?」
僕らが今おりようとしているのは2層だ。40層というのはどんなにか深い世界だろう。
そして、カリナは言うんだ。
「……40が、私たちの限界だよ。それ以上は、行けやしない」
カリナは僕らの数段先を歩いていて、その表情は見えない。以前、「100層まで到達すれば、元の世界に帰れるかもしれない」とカリナは言っていた。
でも、今は「40層が限界だ」と言う。「私たちの」という言葉には、僕ら2人も含まれている。そして、1層の全ての人たちも。
――カリナは、いつ、そしてなぜ40層まで行ったのだろうか。そして、40層で、何があったのだろう。なぜ、僕らは40層より先に、進めないのだろう。
聞きたかったけど、カリナの一定周期で揺れる冷たい背中は僕らを拒絶しているような、そんな気がして。それは僕もタマキにも、それ以上の詮索を許さなかった。
進行方向に、白い四辺形が現れ、それは次第に大きくなっていく。2層の入り口だ。
僕は地図代わりに使っているノートを数ページ飛ばして新たなページの左上に「2層」と書き込み、真ん中に階段っぽいマークを書き、「1層」の階段と同じアルファベットを一文字書き込み、ページの角を少し折り曲げておいた。
2層は1層と見た目はさほど変わらない。
「2層はさっさと抜けちゃうから。ついて来て」
僕とタマキは黙ってそれに従う。カリナの歩くスピードは速い。……2層では3層に降りる階段までの距離は短く、時間をかけずまた下り階段まで到達できた。
カリナは黙って階段を下りはじめる。1層から2層までの階段に比べると時間は短い。僕たちはそう間もなく3層までたどり着いた。
3層も壁や床の雰囲気は今までと違わない。でも、広さが違う。降りた先がすでに体育館のような広さのあるフロアで、至るところに、池なのか水たまりなのか判別できない水が水面を作っていた。
「あきら、ここからはホント気を抜くと死ぬから。モンスターの1匹はタマキの護衛にあてて」
僕はテイミングモンスターの熊3頭のうち1頭に指示を出し、タマキの護衛に当たらせる。今までの感じだと、熊の知能は、「ちゃんと躾けられた犬」くらいだろうか。「攻撃しろ」「逃げろ」「XXXを守れ」そのくらいの指示は通る。一方で、僕と攻撃連携などを取るのは難しいだろう。
3層では、上位者が「ワニ」と呼ぶワニ(まんまだけど)が多く生息しているらしい。そいつらが、水面から突然飛び出してくるので、低Lv帯には非常に厳しいとのこと。ただ、カリナLvになるととくに問題はないらしい。
「あきら、タマキ、あそこ。黒い影が少し見えるでしょう。恐らく奴らだから。準備して」
僕は熊2匹を前面に立たせる。タマキは斜め後ろで僕と熊たちに支援魔法を唱えはじめる。
「あきら、今まではあきら主体で攻撃をしてもらっていたけど、これからはモンスターを極力使っていって。使い潰すつもりで」
「……わかった」
「3層に来たのは、あんたに強めのモンスターをテイミングしてもらう目的もあるから」
正直、「使い潰す」という表現は好きにはなれなかったけど。実際のとこ今までも通ってきた道だ。
僕は、前衛の2体に攻撃を指示する。熊は迷いなく2匹で波のようにワニに突っ込んでいく。気づいたワニが臨戦体勢に入り、大きな口を中空に開けて咆哮を上げる。
「周囲に気をつけて! 水面から突然でるから!!」
カリナの凛とした声にPTに緊張感が走る。
「タマキ! ついてきて!」
「はい!」
僕はワニと揉み合う熊の背後5mくらいに位置取り、タマキは更にその後ろの壁際に控えさせる。
――自ら出てくるなら、壁際なら警戒点が減るはずだ。
熊2頭と対峙するワニは2匹となっている。1匹のワニが最前列の熊の太ももあたりに噛みつき、大きく首を振って足を熊を左右に振り回す。
熊の方は爪をワニの背中につきたてて反撃する。
「ヒール!!」
タマキが後方から熊に回復魔法をかける。あ、モンスターにもかけれたのね。
僕は熊の後ろに接近し、ワニが熊を咥えたまま首を斜め上に振り上げて熊がよろけたと同時にショートソードをワニの白い喉笛のあたりに突き刺す。
「あきら、剣はすぐ抜く! もう1匹いるから!」
一瞬後ろを振り向くと、カリナは他の水場から出現した2,3匹のワニと戦い始めている。よく、こちらまで見えているものだ。
僕は剣を抜こうとして抜けず、ワニがもんどりうって倒れたあと、体を踏みつけて力ずくで剣を抜き払う。抜いた勢いで足がもつれて尻もちをつく。
もう1匹のワニはこちらを手強しと見て池の浅瀬に引っ込み、こちらに大きな口を開け、黒っぽい影のようなものを多数吐き出す。それを真正面から浴びた熊がよろけた瞬間、熊が足を引っ張られて後方に倒れ込み、水面に背中を打ち付け、水中に引きずり込まれていく。
僕は口を開けたワニに突進しその舌部分に剣を突き立て、すぐに引き抜き、それをさらに脳天から逆手で地面に突き刺すように振り下ろす。
熊は水の中に潜んでいただろう奴に水中に引きずり込まれ、周囲には床に突き刺さった剣に貫かれた1匹と、喉から緑色の体液を垂れ流す死体となった。
タマキが太ももあたりを噛まれた熊にヒールを施す。
僕は力付きたワニにテイミングをかける。これでテイミングモンスターは回復した熊*1、タマキ護衛熊*1,ワニ*1となった。
「ご苦労さま」
1人でワニ3匹くらいを片付けていたカリナが僕らにねぎらいの声をかける。僕らは力なく同意した。
「上出来。タマキ、杖は鈍器としても使えるから。自分の身も守ること。攻撃に転じるときは慎重に」
「了解しました……」
タマキが疲れた表情で仕事明けに無茶振りされた社会人のような返事をした。
ワニは「ワニ皮」というドロップアイテムがあるらしく、今度の戦いでも2個ほど手に入れた。防具、雑貨系には生産職でよく消費されるアイテムらしい。




