黎明の遊戯4
メアリは、ノート型パソコンを持ってきていた。
画面に映っているはワープロソフトだ。
「手紙を……」
メアリに言われて持ってきていた手紙を差し出す。
「手紙を書いたとき、成瀬さんはわざと半角英数のまま打ったんだと思います。アイハラ先生はかな入力ですね?」
俺が頷くと彼女はそこに書かれている英数字を打ち込んでいく。
文章になるよう、メアリはシフトキーも使いながら手紙の文章を打った。
キーボードがかな入力に設定されているため、英数字と記号が文字となって表れる。
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「…………」
言葉にならなかった。
何も言えず、ただ画面に映し出された文字を見ているしかできない。
――亡くなった女性、成瀬真代さんは俺の小説のファンだった?
考えるまもなく、メアリが手を差し出してきた。
手紙の内容を確かめるため、USBメモリを出せと言うことなのだろう。
「ありがとうございます」
俺が差し出したUSBメモリを受け取ると、メアリは自分のパソコンへと差し込んだ。
彼女はUSBの中に保存されたファイルを確認しようとクリックするが、パスワードロックが掛かっていた。
「パスワード……」
さすがのメアリもお手上げらしい。
手紙にはUSBのパスワードのことなど何も書いていなかったのだから。
「アイハラ先生」
じーっとメアリが俺を見る。
手紙に『先生から告発を』と書いてあったので、俺ならわかるはずだと言いたげな表情だった。
記憶を辿ってみる。
成瀬真代という名前に心当たりはないのだが、処女作が出版された後届いたファンレター。
その中に暗号を考えてくれたものがあった。
名前は確か……。
「北原真代?」
北原真代が成瀬真代なら、パスワードは何となくわかった。
北原真代とは何度か手紙のやり取りをし、暗号やメッセージについて語っているからだ。
俺はメアリのパソコンを借り、ロック画面のパスワード欄に数字を入れていく。
北原真代と手紙のやり取りをする切っ掛けは、『五十音』を使った暗号文だった。
あめんぼあかいな、あいうえお。で始まる北原白秋の五十音。
同じ北原という苗字だった彼女はそれを見て興味を持ってくれたらしい。
そして俺と彼女で考えたのが『いろは歌』を使った暗号だった。
イロハニホヘトの歌に出てくる順で、文字を数字に当てはめていく。
成瀬真代……なるせまよ。
今回の手紙にあった名前を、いろは歌の暗号に当てはめ、その数字を打ち込む。
「正解みたいですね」
ロックが解けて表れたのは、成瀬さんの勤め先と思われる銀行の取引データだった。
××銀行○○支店と一番上にあり、個人や法人名や取引金額などが書かれている。
「これのどこが不正なんだ?」
見たことはないが、普通の取引データに見える。
俺の呟きを聞いてか、メアリが画面を指差した。
「入金先、どこも海外の銀行になっていますよね。同じところもあれば違うところもあるけれど」
メアリに言われて入金先の銀行を見ると、アジア系の銀行のようだ。
一番多いのは中国と思われる銀行で、八割程度がそこに振り込まれている。
「不正の証拠と言われると微妙な感じだけど、確かに妙だな……」
「恐らくこれ、マネーロンダリングです」
メアリが指摘してくる。
マネーロンダリング、裏金の資金洗浄か。