黎明の遊戯3
現役の大学生はやはり頭の回転が速いのだろうか。俺は手紙をメアリに見せるべきか考える。
彼女が解読してくれるのなら、俺が考える手間は減るが……。
「もしかして、私が犯人だと思っていませんか?」
少しトーンを落とした声でメアリが聞いてきた。鳶色の目は相変わらず、憂いを帯びている。
メアリが犯人の可能性……それは考えていなかった。
「その可能性もあったか」
俺が呟くと彼女はくすくすと笑う。
女子大生だからといって油断していた。どうやら、メアリは相当な切れ者らしい。
「冗談ですけどね。はい、学生証」
彼女は大学の学生証を取りだし、俺に見せてくる。
――東京○○大学医学部。
メアリはただの女子大生じゃなく、医学部生だった。
それを知って、なんだか安心してしまう自分がいる。
医者になるために必要なのか、彼女は心理学も心得ているようだ。
「君がもし犯人でもいいさ。俺がこれを解読するには時間がかかるだろうし、君の意見を聞かせてもらおう」
メアリが犯人だとは思っていないが、建前上そう言って手紙を渡す。
きっと彼女が事件を起こすなら、もっと痕跡を残さずに殺すか事故に見せかけて警察を欺くはずだ。
まだ出会って30分ほどだが、そう思えるくらいメアリは不思議な子だった。
手紙はA4のコピー用紙にプリントされており、内容は以下の通りだ。
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俺からすれば意味のない英数字と記号の羅列なのだが、メアリの目にはちゃんと文章となって見えるらしい。
手紙を見ながら何度か頷いて、読み終えると俺に手紙を返してきた。
謎の英数字と記号の羅列を読み解いたメアリは、俺に向かって手を差し出してきた。
恐らく、USBメモリを出せと言うことだろう。
「USBは持ってきていない。そもそも、ウイルスとか感染したら困るからまだ中身すら見ていないよ」
誰からの手紙だかわからないのに、そこに入っていたUSBを自分のパソコンに繋げる気にはなれなかったというのもある。
俺の言葉を聞いてメアリの表情が険しくなった。
「USBメモリの中にはきっと、犯人が成瀬さんを殺しても奪いたかったデータが入っています。その内容を確認できれば、警察に出せる」
どうやら、俺が思っているよりも面倒な事態になっているらしい。
手元に届いた暗号のような手紙、それが殺人事件の犯人に繋がる……まるで推理小説のようだ。
はっきりいって、俺が書くミステリーよりもミステリーっぽい。
地味に衝撃を受けつつ、メアリの様子をうかがう。
「アイハラ先生、USBメモリをお持ち頂くことできますか」
少し考えていたメアリだが、やはりUSBが必要と判断したのが聞いてきた。
……ん? 俺、名乗ったか?
「アイハラ先生?」
しかも、ご丁寧に『先生』と付けてきている。
俺を先生呼びするのは、出版社関係と一部読者くらいだ。
「成瀬さんからのこの手紙に書いてありましたよ? アイハラ先生」
手紙の差出人は亡くなった成瀬さんだというメアリは、USBメモリを催促してくる。
仕方なく俺は家にUSBメモリを取りに戻ることにした。
メアリの提案で、待ち合わせ場所が東京○○大学医学部棟の図書室になった。
こんな中年男が大学に入っていって良いのだろうかと思ったが、メアリにお願いされて逆らえなかった。
小説の取材という名目で、大学に入れてもえるようだ。
その手続きは全部メアリがやってくれたらしい。
一度家に戻って封筒に同封されていたUSBメモリを持ち出す。
家から出ると念のため辺りを警戒しながら駅まで向かった。
駅から電車に乗り、更にバスに乗り換えてメアリの通う大学までつく。
一応、取材の名目なので領収書を切ってもらった。
事務局に顔を出し、関係者用のパスを出してもらうと、約束の場所まで向かう。
医学部棟の図書室は、町の小さな図書館くらいの大きさだった。
専門書を見ながら勉強する学生や、パソコンで論文を書いている学生がちらほら見受けられる。
そんな中にメアリの姿もあった。
俺に気づくと軽く手を挙げて会釈する。
図書室内で大きな声を出すわけにもいかず、俺は彼女が座っている所までゆっくり歩いていった。