黎明の遊戯2
翌朝、軽く朝食をとった後、事件があった公園近くの郵便局まで向かう。
封筒と手紙を鞄に入れたが、USBメモリだけは家に置いてきた。
駅から程近いその公園は、今日も警察関係者や報道陣がいるようだ。
公園の横を通り抜け、目的地である郵便局にたどり着く。
「…………」
何となく来てみたものの、郵便局で手紙の差出人がわかるわけではない。
そんなことにも思い至らず、俺はため息をついた。
「ATMで金を下ろすか……」
特に郵便局に用はなかったが、所持金も心許なくなってきているのでATMを利用させてもらった。
郵便局を出ると、一人の女性が目にはいった。
明るめの栗毛に鳶色の瞳。歳は二十くらいだろうか。
物憂げなその姿は物語のヒロインのようだと思ってしまう。
心の中で、作家なのに語彙がないなと自分で突っ込みつつ、彼女を凝視しないように気を付けた。
四十過ぎの中年男(俺だ)が、二十そこそこの女性をじろじろ見ていたら通報されかねない。
チラ見しただけでも痴漢扱いされるご時世なのだ。
冴えない中年男は、隅で大人しくしているに限る。
その女性の前を通り過ぎようとした時、ふと声をかけられた。
俺が振り返ると、鳶色の双眸がじーっと見つめてくる。
――おいおい!
冷や汗が背中を伝う。だが、彼女を無視するわけにもいかない。
「どうしましたか?」
努めて平静に答える。声が少し震えていたかもしれないが、伝わっただろう。
「そこの公園、事件があったそうですね。犯人はまだ捕まっていないとか……」
「ニュースでやっていましたね」
俺は相槌を打ったが、彼女の言わんとしていることがわからない。
――まさか、俺が犯人なんじゃとか言い出さない、よな?
「あなたの意見が聞いてみたいです。テレビでは怨恨か通り魔か、と言ってましたけど……どちらだと思いますか?」
鳶色の瞳には感情らしきものはなく、整った顔なのに少しだけ勿体無いなと思ってしまう。
しかし、素人の意見を聞いても仕方がないだろう。
「怨恨、じゃないか? ただの通り魔なら何度も執拗に刺したりしないと思う。快楽殺人犯なら別だろうけど……」
とりあえず、俺は思ったことを口にした。
彼女は納得したのか、何度か頷いて俺の言葉を咀嚼している。
「私は白戸愛莉、大学生です。亡くなった成瀬さんとはSNSでやり取りがあったので……」
メアリと名乗った彼女。外国人のような名前だが、ハーフなのだろうか?
どうやらメアリも事件の報道を見て、公園近くまで来たらしい。
事件現場には立ち入れないため、この郵便局から公園を見ていたようだ。
メアリは物憂げな表情で郵便局を振り返った。
釣られて俺も出てきたばかりの郵便局へと目を向ける。
「今朝の報道で、成瀬さんが殺される直前に郵便局に寄ってたことがわかったそうです。封筒を持っていたから手紙を出したのかも、と」
俺は朝のニュースを見ていない。
昨日の報道ではそんなことは言っていなかったはずだ。
警察の捜査でそれが分かってきたのだろう。
被害者の足取りから、犯人に迫るのも時間の問題ではないだろうか。
「ん? 手紙……」
そう言えば、俺がこの事件に興味を持ったのも手紙が届いたからだ。
俺に届いた手紙にはこの郵便局の消印が押されていた。
無償に気になり、カバンから封筒を取り出す。
中を確認するが、やはり英数字の羅列で意味がある言葉には見えない。
「んー?」
まじまじと見ていたら、英数字と記号の中に『usb』の文字を見つけた。
同封してあったUSBメモリのことかも知れない。
気が付くとメアリが息の掛かるほど近くまで来ていた。
その視線は俺が持っている手紙に注がれている。
「USB、同封されていたんですか?」
手紙を覗き見ながらメアリが聞いてきた。
俺がやっと気づいた文字列に、ほんの少しの時間で気がついたらしい。