アラン=レイス
「さて、まずはお手並み拝見といこうか?」
青年は魔法数列の問題の書かれたページをサナに見せた。
「え・・・あなたが教えてくれるんじゃ・・・」
「ああ、教える。ただし、おまえが先に解いてからな。」
「なっ・・・!」
サナは、びくりと震えた。
無理だ。授業もろくに聞いていなかった自分に、解けるわけがない。
それに、自分が解けないとしったら、このデリカシー滅裂男のことだ。
「は? お前こんなんもわからんの?」
とか言いそうである。
だが、意外にも
「安心しろ。別にわからなければ白紙のままでもいい。」
「・・・え?」
サナは目を瞬かせた。
「当然だろ。俺はお前に勉強を教えてやるって言ったんだからな。当然、わからなきゃ教えてやる。だが、何も考えずに教わろうとするな。少し、自分でわからないなりに考えてみろ。その結果わからないのは、恥じゃない。」
その時、さっきから皮肉っぽいこの青年が、サナには暖かく映った。
無理矢理勉強を教えられることになったのに、この言葉が妙に優しく胸に浸透する。
「わかりました。 ・・・やってみます。」
サナは、静かに首を縦に振って、魔法数列に向き合っていた。
―――とはいえ。
(えーなにこれぇ。)
サナは自分のノートにやる気なさげに写してある魔法数列の問題に頭を抱える。
魔法数列は、簡単に言えば魔法的な意味を持つ幾何学文様を、魔力公式を用いて分解し、法則を見つける魔法数学の分野である。
魔力公式さえ覚えていれば、わりと簡単に解ける問題だが。
(えーっと・・・とりあえず魔法公式は何とか覚えてるけど・・・どうやって分解すれば・・・)
サナは、苦戦中だ。
しばらくウンウン唸った後、青年の方を振り返って小さな声で言った。
「こ、降参です・・・」
「おっけー。」
青年はサナからノートを取り上げると、文面を覗き込んだ。
ノートはまっさらではなく、魔力公式や、いろいろと書いて消した痕跡があり。
「・・・なるほどね。」
青年は、サナに向き直っていった。
「お前、分解が苦手だな。」
「! ええ、そうです。」
一瞬で弱点を見破られ、サナは微かに目を見開いた。
「さて、分解の基礎から話を始めるぞ―――」
青年は、サナの眼を見つめ、語りだした。
―――あっという間に時間が過ぎた。
「―――まぁ、こんなところだ。わかったか?」
「・・・はい。」
サナは呆けたようにうなずいた。
本当に、すごかった。
数列の分解法が全くわからないサナをして理解してしまった。
なんていう講義能力だ。
(・・・何かこの人、さっきまで皮肉っぽかったのに、勉強を教えてるときは真摯だったなぁ。)
サナは、講義中の青年の顔を思い出す。
あの、真剣で優しそうな眼は、あの人に似ている。
そう、今からおよそ八年前。
星色のハーモニカを吹いていたあの人に。
当時の彼は、今の自分とそう年齢は変わらないだろう。
とすると、八年たった今、彼は二十五歳くらいか。
サナは再び目の前の青年の顔を見る。
―――あの人が成長していたら、こんな感じなんじゃないか。
なんとなく、記憶の中の青年と目の前の青年がかぶって見えた。
「さて、これで講義は終わり。おつかれさんしたー。」
青年は、サナのノートを閉じかけて。
「・・・ん?」
ノートのとあるページを凝視した。
「? どうしたんですか?」
サナは、ノートの中を見る。
そこに書いてあったのは、音楽と魔法の定義だ。
これは、音楽と魔法を学ぶ上で最も大切なこと。
リラスト魔法学院音楽科で最重用視されていること。
その定義は。
―――音は魔法を含蓄するものなり。音楽魔法とは即ち、音楽の含蓄する魔法を魔力で高めることなり。―――
つまり、音楽は、それじたいに魔力が内包されている。音楽魔法は、音の持つ魔力を、自分たちの魔力で高めて初めて出来上がるものなのである。
現代魔法の認識では音に内包される魔力は非常に少ない。つまり、音の魔力だけでは、強力な魔法とは言えないのである。
そのことは、魔法を学ぶ上では初歩中の初歩であり、サナですら知っている、いわば、”真実”なのだ。
「その・・・それがどうかしたんですか・・・?」
サナは、青年に問う。
「いや、なんでもねぇよ。ただ・・・根本的に間違ってんなと。」
「え? 何が・・・ですか?」
だが、青年はそれには答えず、サナの方を見た。
「お前、その制服、リラスト魔法学院のだろ?」
「え? はい、そうですけど。」
「そうか。校長はまだ、アリス=マッケンジーか?」
「アリス校長をご存じなんですか?」
「ま、ちょっとな。そうか、校長はまだ・・・なら、大丈夫そうだ。」
「え? 何が・・・」
さっきから、よくわからない話をしている青年に、サナは聞き返すが。
青年は質問には答えず、一言言った。
「アラン。」
「え?」
「アラン=レイス。俺の名前だ。お前は?」
「え? ・・・えーと、サナ。 サナ=ウィリア・・・」
「そうか、サナ。これからも、頑張ろうぜ。」
「え? それ、どういうことですか?」
まるで、次も会えるような、そんな言い回しだ。
「さぁな、どういうことなんだろうな?」
だが、やはり青年ーアランは質問には答えず、静かに立ち上がった。
「ほれ、これ返すぞ。」
アランは、ひょいとノートを投げる。
「うわぁっ! とと・・・!」
サナは、咄嗟にキャッチした。
「ま、どういうことかはこれからのお楽しみだ。じゃぁな。」
「あ、ちょっと・・・」
アランは、ゆっくりとその場を立ち去っていく。
なんだろう、不思議な人だ。
でも、よくわからないけど、悪い人ではなさそうだ。
サナは、アランの後姿をどこか複雑な気持ちで見つめるのだった。




