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謎の青年




 「本日の授業も、私が担当させていただきます。」


 でぶっちょ先生が倒れてから、数日が経ったが、その日以来校長先生が直々に指導にあたっていた。


 校長の名は、アリス=マッケンジー。


 三十五歳の若い女性であるにもかかわらず、歴史あるリラスト魔法学院の校長を務める、凄腕魔法使いだ。


 人当たりがよく、周囲の人から尊敬されているのだが、なんていうか物凄い素直な性格で人をすぐに信用してしまう。


 他人の提案に二つ返事で了承してしまうのも、いいところなのか悪いところなのか。


 半年前の体育祭で、生徒会が提案した体育祭改革内容を反論ひとつせずに了承したのには驚いた。





 この音楽科にはないが、別の白魔法科では、相手をだます魔法や戦術の勉強もカリキュラムに含まれている。


 たぶん、アリス校長は、この手の魔法は苦手だろう。


 お人よしなのか、決断力がないのか・・・


 人望がかなり厚いので、気にするほどのことでもないが。


 それはともかく、先生が変わっても、サナはいつものように死んだ眼で黒板を見つめているのだった。





 ―――そして、その日の帰り道。


 「いやー、今日もつかれたー。」


 「・・・ほんと。」


 夕暮れの街を歩く二人の影があった。


 ルーと、サナだ。


 「それにしてもさー、驚いたよねー。アリス校長が直々に教鞭をとるなんて。」


 「それは、私も思った。 ・・・人手、足らないのかな・・・」


 「そーじゃない? じゃなかったら絶対、別の先生が教えるってー。」


 「だよね・・・」


 サナは、夕暮れの空を見上げる。


 ―――正直に言って、知ったこっちゃない。


 たとえ先生が変わっても、私の授業へのやる気のなさは変わらない。


 たぶん・・・変わろうとしないだけだが。


 「よっとー。」


 気付いたら、ルーがサナのバッグに手を突っ込んであさっていた。


 「ちょ! 何してるの⁉」


 サナは慌てて止めに入るが。


 ルーは、バッグの中から一冊のノートを取り出した。


 「ふ~ん、どれどれー。 あーやっぱし。サナ、教科書の例題書写しただけで解答何にも書いてないじゃん。」


 「う、うるさいなぁ・・・」


 サナは、俯いて答える。


 不覚にも、珍しく持って帰ってきた魔法数学のノートを見られてしまった。


 「ねーサナ。ちゃんと授業聞いてるー?」


 「・・・」


 サナは無言。


 聞いてるわけ、ないのだ。


 だって、私はもう、魔法なんか―――音楽なんか―――


 その時だった。


 ♪~・・・


 風に乗って、柔らかな音が二人の周囲を踊ったのは。


 「・・・この音、何?」


 ルーは、この音に聞き入っている。


 チャンス!


 サナは、ルーの手からノートをひったくった。


 「んあ? しまったー。」


 「へへ、返してもらうよ。」


 サナは悪戯っぽく笑うと、顔の前でノートを振って見せた。





 それにしても・・・


 サナは風に流れる音に耳を澄ます。


 ♪~・・・


 綺麗。


 なんとなく、失っていた音楽への思いが戻っていくような、そんな気がする。


 だが、それ以上に。


 すごく、懐かしいような感覚にとらわれた。


 私、どこかで・・・この音を聞いたことがある・・・?


 でも、いったいどこで・・・


 サナは、音の発信源をたどるように、自然と足を踏み出した。


 「ちょっと、サナ・・・!」


 ルーは、そんなサナを追う。


 風に流れる音は、次第に大きくなっていく。


 少し歩くと、大きな橋に出た。


 音の発信源は、どうやらこの橋の下らしい。


 サナは、欄干から身を乗り出して、下を見た。


 この橋は、川にかけられているわけではなく、橋の下は広場になっている。


 ベンチや滑り台、噴水などがあり、夕暮れの喧騒に包まれていた。


 そして、そんな広場の一角。ちょうどこの橋の真下にあたる場所で。


 ♪~・・・


 一人の青年が、ハーモニカを吹いていた。


 びくり。


 サナの心の中の何かが、震えた。


 いつかの過去に出会った青年に、その姿がかぶって見えたのだ。


 「うわーあの人すごいねー。上手だよー。」


 ルーも感嘆の声を漏らしてそれに聞き入る。


 「どういう風に練習したら、あんな音出せるようになるんだろうねー。ねぇ、サナはどう思う? ・・・サナ?」


 ルーは、サナの方を見る。


 だが、彼女の声は届いていなかったのか。


 サナは、無言でその青年の姿を見つめていた。


 「はー。これは、聞き入ってますなー。じゃ、私先帰るね。」


  ルーは静かにその場を去って行く。


 ―――本当に、あの青年なのだろうか。


 サナは静かに彼を見つめる。


 その時だった。


 ひゅー!


 突如、強い風が吹き抜ける。


 「くっ・・・!」


 サナは咄嗟に制服のスカートを押さえつける。


 だが、手に持っていたノートを落としてしまった。


 「あっ・・・!」


 ノートは、橋の真下へ。


 どさ。


 青年のすぐ横に落ちた。


 青年はハーモニカを吹くのをやめ、ノートを拾うと、こちらを見上げた。


 「す、すいません! すぐとりに行きます!」


 サナは青年に向かってそう言うと、下へ続く階段を全速力で駆け下りた。





 「あの―――すいませんでした。」


 サナは青年の元へ駆け寄ると、深々と頭を下げた。


 だが、青年はそれには答えず、サナのノートをぱらぱらとめくった。


 「ふーん、お前、魔法学院の生徒か。でも、あんまし真面目に勉強してないみたいだな。」


 「・・・は?」


 サナは、ぽかんと口を開けた。


 図星だから言い返せないけど、開口一番それかよ。ちょっとデリカシーなさすぎじゃありませんかね。


 「あの・・・それ、返してもらってもよろしいですか?」


 サナは怒りを抑え、青年に言う。


 が。


 「やだ。」


 青年はとんでもないことを言った。


 「やだ・・・って。変なこと言わないでください! それ、私のですよ! あなたには関係ないでしょう!」


 サナは怒気もあらわにまくしたてるが。


 「いや、だってお前、このノート見る限り、ぜんぜん真面目に勉強してねーし。これ、いらねーだろ。」


 青年は、やはりとんでもないことを吐き捨てた。


 「いや、まあ確かにそうですけど! 一応私の私物なんです!」


 「じゃあ条件がある。」


 「なんですか⁉」


 青年は、ここ一番変なことを言った。


 「―――俺に、おまえの苦手な問題を一問、教えさせろ。」


 「―――は?」


 サナは、ぽかんと口を開けた。


 何を言っているのだ? この人は・・・


 「だーかーら。このノートに書いてある問題で、おまえの苦手なやつを一問、お前が納得するまで教えるの。」


 「な、なんでですか⁉」


 「なぜって、俺、一応魔法塾の非常勤講師やってるし。」


 「答えになってないです!」


 サナは、顔を真っ赤にして怒鳴った。


 「まぁ、あれだ。出来の悪い生徒を見ると、講師として助けたくなるんだ。」


 「そうですか。でも、残念ですがそれはできません。そのノートあげるんで、もういいです。」


 この人、ダメだ。


 そう悟ったサナは踵を返し、その場を立ち去ろうとする。


 「あ、ちなみにお前に拒否権はない。」


 「はぁ⁉」


 だが、あまりにも身勝手すぎる青年の物言いに、再びこの男の方を向くことを余儀なくされた。


 「拒否権ないって・・・じゃぁ、断ったらどうするんです?」


 「う~ん、そうだな・・・」


 青年は、顎に手を当ててしばらく考えた後、そうだ! と、手を叩いた。


 「断ったら、お前、俺の女になれ。」


 あまりにも、身勝手すぎることを言った。


 一瞬、サナはわけがわからず硬直していたが、わなわなと震えだす。


 「な、ななな、なにを言って・・・!」


 「え、いやだって、お前かなりの上玉だし。」


 「どこまでデリカシーないんですかぁあああああああああああああああああッ‼」


 サナは、涙目で喚き散らす。


 「はは、冗談だよ。バーカ。」


 「何ですってェ⁉」


 煽るだけ煽られまくって、平常心を保てるわけがない。


 「あなた、人を馬鹿にするのもいい加減に―――」


 「もういいや。お前、わからない問題、指定する気ないみたいだから、俺が教える問題決めるわー。」


 「人の話を聞いてください! あとかってに話を進めないでください‼」


 青年は、サナの激昂を受け流し、ノートをぱらぱらとめくると、とあるページをパンとたたいた。


 「よし、この問題だ。えーと、なになに、魔法数列の法則か。おい、お前。こっち来い。」


 「・・・わかりましたよ。」


 この男の話に乗るのは、鼻持ちならないが、断ったらまた嫌なことを言われるのだろう。ここは素直に言うことを聞くしかない。


 サナは、しずしずと、その青年の講義を聞くのだった。



戦場のコンサート二巻、投稿しました。そちらもよろしくです!

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