星色のハーモニカ
「ただいまー。」
サナは家のドアを開けた。
「おかえり。」
中からは母親の優しげな声が聞こえる。
サナの父親は単身赴任中で、別居中だ。兄弟もいないので、普段は母親と二人で生活している。
「今日、学校どうだった?」
夕食の準備をしながら、母親が聞いてくる。
でた、いつものやつだ。
サナが帰ると母親は、開口一番それだ。
学校がどうとか、そんなんどうでもいいでしょ。
「うん、まあ・・・普通かな。」
いつものようにテキトーに返事をして、夕食の準備を手伝う。
・・・程なくして、二人だけの物静かな夕食がスタートした。
かちゃり、かちゃり。
ナイフとお皿がぶつかる音だけが、妙に部屋に残響する。
「・・・父さん、今度の日曜、帰ってくるみたいよ?」
フォークにさしたマッシュポテトを口に運びながら、母親は言った。
「え? そうなの?」
サナはフォークを口に運ぶのをやめ、母親の方を見る。
「なんか、仕事の都合で隣町に行かなくちゃいけないみたいでね。ほら、お父さんの職場からだと、隣町ってかなり遠いじゃない。私たちの家からの方が近いでしょ? だから、一度うちに泊まっていくんだって・・・」
「ふーん。」
サナは再びフォークを口に運んだ。
父親が帰ってこようがきまいが、正直知ったことではない。
サナが幼いころから単身赴任で別居通だった父親との思い出は、あまりにも少なすぎる。帰ってくるのも、年に一度あればいいくらいだ。
いないことが当たり前になってしまっているのである。
「・・・ごちそうさま。」
「ちょっと・・・まだお魚半分も残ってるじゃない。育ち盛りなんだから、ちゃんと食べなきゃだめよ。」
「大丈夫だよ。(食べたい気分じゃないし。)」
付け加えようと思った言葉を押し殺し、口数少なく夕食を終えると、サナは席をたった。
サナは暗い面持ちで自室の扉を開ける。
ぽすん。
ベッドに腰を落ち着けて、ふぅ~と息を吐いた。
「・・・ほんと、なんで音楽とか魔法、好きになっちゃったんだか・・・」
今考えてみたら、その動機は浅はかだった。
サナは、枕もとの小さな机の引き出しに手を伸ばした。
音もなく開いたその小さな引き出しには、銀色のハーモニカが一つ、入っていた。
口をそっと添えて、ゆっくりと息を吐きだしてみる。
途端、くすんだ音色が響き渡った。
「・・・やっぱ、へたくそだな・・・」
何だろう、前まではもっといい音がしたはずなのに・・・
サナがハーモニカを吹き始めたのは、ちょうどあの後。
不思議な青年に出会った後だ。
彼との出会いは、サナが得も言われぬ美しい音色に引き寄せられて、その出所をたどったことが始まりだ。
その青年は、星色に煌めくハーモニカに命を吹き込んで、美しい音色を奏でていた。
彼に魅了されてしまったのだ。
それがきっかけで、ハーモニカを練習するようになった。
だが、あれから十年近くたった今でも、彼の音色には程遠い。
そればかりか、最近はどんどん遠ざかっている気がする。
(私の、心の問題かな・・・)
サナはハーモニカを引き出しにしまい、窓の外の星空を見上げる。
濃紺に輝く、その星々は・・・
いつか見た、彼のハーモニカと同じ色をしていた。




