リラスト魔法学院
リラスト魔法学院音楽科、二年次生三組の教室にて。
この時間の授業は、魔術・音楽基礎。
「―――えーこのように、十二音階の羅列と私たちの魔力キャパシティーには決まった法則があるわけです。この法則を、発見した歴史上の偉人の名を取って、エレクシーの法則と呼びます。これに伴いまして、魔法と音楽の関係性を再確認すると―――」
カッカッカッ
担当の教師は、黒板に複雑な幾何学文様を書き連ねていく。
生徒たちは皆、その複雑な模様を目を凝らして凝視し、手元のノートに移していく。
―――リラスト魔法学院―――
今からおよそ二百年ほど前に創設された四年制の魔法学校だ。ここ、ノーカルシス王国は、三百年前の第一次サルン戦争を機に独立した小さな王国だ。そして、そのおよそ百年後に第二次サルン戦争が勃発。二度の戦争に巻き込まれたノーカルシス王国は、自国自衛の手段として、近代軍術の最先端を行っていた魔法を学ぶ、魔法学校の設立を決意。その結果として生まれたのが、このリラスト魔法学院なのだ。
学科そのものは、電撃、炎など、抗戦系の魔法を先行して学ぶ、黒魔法科。治癒や医療を専門として学ぶ、白魔法科。念動によって相手を精神支配する、念動系精神科。前者と非常によく似ているが、念動ではなく、音楽の力を使って相手を精神支配するのが、音楽科である。
以上の四つを設立して、第三次サルン戦争が起こった場合に自国の防衛手段として戦える兵を育成するというのが、表向きの国の狙いである。
それはともかく。
音楽家の二年三組の生徒たちは皆熱心に授業を受けている。
魔法というものは強大な力故、使い方を誤れば人を殺すことにもつながる。
魔法の力を悪用するものまでいるくらいだ。
学んでいるものがいくら危険なことであれ、魔法は自身の力を示す手段としては、あまりにも華々しすぎる。魔法とは、まだ十七にしかならない彼等にとっては、まさに麻薬のようなものなのである。
皆、自分の力をもっと上げたい! そんな気持ちで授業を受けている。
―――唯一、一人を除いては。
「・・・はぁ~」
一人、死んだ魚のような目で黒板を見つめる少女がいた。
薄色の長いさらさらの髪。雪も欺く白い肌。死んだような目とは言え、それでもなお美しさのある琥珀色の瞳。
彼女の名は、サナ=ウィリア。
とある事情から、魔法と音楽が大嫌いになってしまった不運な少女だ。
彼女は、黒板にかろうじて焦点を合わせていた視線をゆっくりとずらし、壁掛け時計の針を読む。
十一時五分。
授業終了まで、あと一時間近くもある。
彼女にとっては、毎週のように繰り返される九十分授業の連続は、非常に億劫なものだった。
ああ、疲れた。帰りたい。
そんなことをぼんやりと霞がかった頭で考えながら、サナは未だ教壇に立ってべらべらと講義をする太っちょ先生の方へと視線を向けた。
「―――えー、皆さんも知っての通り、ドからシまでの十二音の中には、複雑怪奇な術式が込められているのです。そして、その音階の操り方はあなた方の潜在能力と腕の見せ所です。もちろん、それぞれの音に得意不得意はあるでしょう。では、その不得意な点をなくすにはどうしたらよいか?答えは明白です。あなた方が持つキャパシティーの一端を魔力で―――」
ほんと、この先生よくしゃべる。なんでこんな饒舌なんだろう・・・
ていうか、デブすぎ。もうちょい痩せないと、いつかぶっ倒れるよ・・・
そんなことを思いながら、サナはやる気のない視線を再び黒板へ向ける。
今日も、九十分授業を耐えないといけないのだ。
僅かに姿勢を正し、弱くペンを握り直すサナなのであった。
次話投稿は来週日曜です。
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