食事の時間は家族会議の場でもあり
「そういつまでもふくれるな」
ヨウゼンは苦笑いでトウマに声をかける。
テーブル型の食卓はフォスター家で囲まれていた。
短辺側にヨウゼン、ヨウゼンの右側に長男カナメと次男トウマが座り
左側にはフミノと三男バンが座っている。
トウマがふくれているのは、熊の確認に参加できなかったためだ。
彼自身は参加する気マンマンだったが、最後までヨウゼンは許可しなかった。
既に日が傾いていて、もしその場で熊が生きていた場合は熊狩りとなる。
名うての用心棒3人がついているため、戦闘に支障はないだろうが、
その後の血抜きなどの処理かかる時間を考慮すれば、戻りは深夜だ。
熊との闘いに心躍らせていたトウマは、空しく家に帰ることになった憤りを
目の前の食事にぶつけていた。
焼き魚を頭からバリバリとかじり、米と汁で流し込む様を見ては
ヨウゼンも苦笑いを浮かべるしかなかった。
フミノは米と焼き魚の身をまぜながら、行儀が悪いですよ、と窘めるのみ。
どちらかというとトウマの闘争心への共感はヨウゼンよりもフミノの方が高い。
彼女自身も望む時に戦えない思いを経験しているため、
この場での説教に意味がないことを理解していた。
長男のカナメはトウマとは正反対に淡々と箸を動かす。
その所作は流れるようで、さすが名家の長男に恥じないものだ。
「正直私も残念に思っています」
口の中のものを飲み込んでから、品良く語りだす様はまるで少女に見える。
「最近大物を射ていないので」
淡々と語るが、内心の憤りはトウマに劣らない。
カナメは自他共に認める弓の名手だ。
両親ともに弓が得意ではないため、そういう意味ではトンビが生んだ鷹と言える。
そんな彼にとって大物を射る機会が心躍るものであることは想像に難くない。
「機会はありますよ」
フミノは混ぜご飯を握り固めている。
できた握り飯を置いて、手についた米をペロリと嘗めとり、続けた。
「それまで励みなさい」
カナメはにっこりと微笑んだ。
同性をもドキリとさせる魅力がある。
「母さま、行儀が悪いですよ」
魅力的な笑顔で言葉の寸鉄を投げつけるところもカナメらしさといえる。
フミノは頬をふくらませることでカナメの寸鉄に応える。
「はい、できました」
皿には3個のおにぎりが出来上がった。
焼き魚のほぐし身が混ぜられたものだ。
「起きたら食べてもらいましょうね」
「あの子はまだ目を覚ましませんか?」
カナメが食事を平らげて皿を整理しながら問いかける。
「ちょうど良い、ここで皆に話しておこう」
ヨウゼンが箸を置いた。
「あの子はうちで育てようと思う」
「それはフォスター家の四男としてですか、下男としてですか」
カナメは表情を変えることなく問いかける。
「下男ではないな」
「それは大事なことなのか、兄貴」
四男と下男の差がピンとこないトウマが即座に反応する。
わからないことに対して正直なのが彼の美徳と言える。
「もちろんだとも。相対する姿勢がちがう」
家族として受け入れるのか、家族のようなものとして受け入れるのか
階級社会に生きるものとして、それは無視できない。
「反対か?」
「いいえ、下男なら反対しましたが」
カナメは微笑んで応えた。
「俺が剣を教えてやりましょう」
新しいおもちゃを与えられると聞いたかのようにトウマがはしゃぎ出す。
「それにしても」
フミノが頬に手をあてて溜息をつく。
「あの子は無口なのよねぇ」
「無口なだけならよいがな」
ヨウゼンがやや硬い表情になった。
母親と共に熊に襲われて、その母は生きながらに喰われた。
自身は冷えていく母の血と冷たい泥のまみれ、生死をさまよった。
子供の心が壊れてしまっても致し方ないのではないか。
「あいつしゃべれないよ」
これまで一言も口を開かなかったバンの発言に全員が驚いた。
「なぜわかる」
ヨウゼンが問う。
「聞いたから」
焼き魚を箸でほぐす難易度に耐えかね、ついに手で持ち上げ
かぶりつく。
「いつのことなの?」
お行儀が悪いですよ、とフミノがたしなめつつ聞いた。
「かあさまが寝てた時」
バンはしぶしぶ魚を皿に戻し、箸での戦いを再開する。
「一緒に水を飲んだ」
何とか箸でわずかばかりの身をつかみ取ると嬉しそうに口に入れた。
「んで、喋らないなと思って、聞いた」
「いつからなのかしら・・・」
生まれつきなのか、熊との遭遇が原因なのか。
記憶はあるのか、襲われたことは覚えているのか。
疑問は尽きないが、話せないとなれば確認も覚束ない。
「関係ないよ」
米を口いっぱい頬張りながらバンが宣言する。
「だって俺の弟だもの」
その言葉は全員の総意ともいえる言葉だった。