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諦めた男と壊れる女

トウマとヤンダムは互角の勝負を繰り広げているように見えた。

しかしヤンダムの主観では、自身が押されていると感じていた。


周りが手の平を返したような態度をとるようになり、やさぐれていても

訓練だけは欠かさなかった。

それでもトウマの強さは彼を上回っていた。


ヤンダムはトウマにかかりきりとなり、パラたちをどうにかする余裕は

とうになかった。


「ローシット!ソータを元に戻して」

パラは未だ剣を構えたままのローシットの肩を掴んだ。

ローシットは、その姿勢のまま首だけをクルリとパラに向けた。

「何を言っているのですか?」

その目は変わらず正気を映していなかった。


「そんな無能者一人、なんだというのですか?」

その言葉がパラの目に怒りが宿らせた。

「私の家族よ」

パラの怒りを無視するように、ローシットはカラカラと笑う。


なんとお優しいことでしょう。

なんと慈悲深いことでしょう。

しかし拾われた宝石が、拾った者へ恩を返すことがありますか?

摘まれた花が、摘んだ者を家族と受け入れることがありますか?

奴らは只の拾得者で花泥棒です。


そこまで独り言のように呟くと、正気不在の女剣士はパラに告げた。

「私の力は神恵持つ者の記憶封印・・・ふふ・・」

それから彼女はくすくすくすと含み笑い続ける。

「ですが、無能者には意思を奪う魔手・・・つまり・・・くふ」

その言葉は、パラが最も聞きたくない言葉だった。

「この者が目を覚ますことはありません。保証しますわ」


パラは全身に怒りを巡らせながらも踵を返して、横たわるソータの元に

駆け寄ると、その額に手を当てた。


「私も昔、姫様に傷を治していただいたことがあります」

パラの懸命な姿を見て、ローシットがつぶやいた。

その視線は、子供の一生懸命さを微笑ましく見守っているようであった。


「しかし姫様、それは直せませんわ」

またくすくすとふくみ笑いを始めた。

「だってぇ、それは怪我ではないですもの」

そこまで語って、ローシットは一瞬硬直すると膝から崩れ落ちた。


彼女の後ろにはカナメが立っていた。

彼が傍若無人な女剣士に当て身を喰らわせていた。


倒れた女剣士の首に手を当てると、彼にしては珍しくチッと舌打ちをした。

ローシットを倒れたままにして、カナメはパラに歩み寄った。

「一度家へ運ぼう」


パラはその言葉を聞き、しばらく何の反応も示さなかったが、

やがてコクリと頷いた。


そのころトウマとヤンダムの決着がついた。

ヤンダムは片膝をついて、剣も弾き飛ばされていた。


「斬れ」

と言うヤンダムにトウマは不機嫌そうに、倒れている弟の姿を見ながら答えた。

「聞いてなかったのか?刃傷沙汰は御免だ」

だが、と言ってトウマは拳を握りしめた。

「ソータがあのままなら、殴り殺してやる」


「なるほど、状況は理解した」

ヨウゼンは努めて冷静に応える。


その後3人は意識を失ったソータとローシットを家に運び、ヨウゼンの到着を待つこととなった。

ヤンダムも抵抗することなく付き従ってきた。


現在、部屋にはヨウゼン、カナメ、トウマと手を前で縛られたヤンダムがいた。

ヨウゼンはこの場にいない者について尋ねた。

「他の者の様子は?」


「ソータは部屋で寝かしています。わずかに息がありますが、目を覚ましません。

パラが傍についています」

「女の方は、縛り上げて馬小屋に放りこんでありますが、様子がおかしい。

くすくすくすくす笑ってやがる」

カナメとトウマがそれぞれ応える。


「あれはもう壊れている」

ヤンダムが口を挟んだ。

「姫様の母君を殺して、今また姫様が家族というべきものに害をなした」

あれは生真面目な奴だから、今の状況でおかしくならないほうがおかしい。

と続けて溜息を一つついた。


ヨウゼンがヤンダムに聞いた。

「君は随分達観しているね?これからどうするね?」

ヤンダムは肩をすくめる。

「そちらの方に殴り殺されるらしい」

「あの女のいうことは事実かな?」

「正直わからん。むのう・・・神恵の無い者に使うのは初めて見たからな。

だが少なくとも嘘を得意とする奴ではない」


そのころパラはソータの部屋で治療を続けていた。

ソータの額に手を当て、傷を治す要領で一心に願ったが、何の変化もなかった。

やがて力なくソータに額から手を離すと、立ちあがり部屋をでる。

最後に一度ソータを見てつぶやいた。

「ごめんね」


馬小屋の暗い物置の中、彼女は縛られていた。

ただその表情には苦悩はなく、薄ら笑いが張り付いていた。

その思考は少しずつ黒く爛れていく。


最初は見つけた喜びがあった。

それは失望に変わった。

無能者一人動けなくさせただけで、あのような狼狽え様。


次は怒りが噴き出した。

生まれが王女の娘というだけで、私はかしづかねばならないのか?

この程度の神恵の持ち主に。


黒く染みわたる感情。

娘は自分の言葉に面白いように反応し、家族という無能者を復活させようと神恵を使っていた。

擦り傷程度しか治せない半端な力で。

見ているだけで、胸の奥から震えるような喜びがどっと湧いて出る。


その喜びに形があるなら、それは大量で真っ黒な蛆虫なのだろう。

それらは全身を駆け巡る。

こんな喜びを自分は知らなかった。


もっと見たい。彼女が苦しむ姿を。

不幸な自分に対し、ただ生まれが良いというだけで捲土重来の機会が与えられる

出来損ないな娘が苦しむ姿を。


彼女の思考が真っ黒に染まるころ、物置の中に日が差し込んだ。

戸を開けたパラが彼女に声を掛ける。


「国に行きます。案内して」

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