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犬のある生活

「で、村を襲った犬のボスがここまでついてきたという訳だ」

ヨウゼンは額を手で揉んでいた。


ソータとパラの後をついてきたリーダー格の犬は家までついてきて

現在は馬小屋の水を我が物顔で飲んでいる。


「そんな狂暴そうには見えませんね」

トウマと共に大急ぎで戻ってきたカナメは犬に目をやる。


ソータとパラは、この犬に森へ誘いこまれ

仲間の犬に囲まれたという。


その事自体は群れの行動としてあるのかもしれない。

それでも不可解な点は多い。


まずパラは初見に水を掛け、あの犬を追い払った。

しかし今は旨そうに水を飲んでいる。

「演技していたってことか?まさか」

トウマが一笑に付す。


狂犬のていを見せれば、放置できないから追わぜるを得ない。

そう判断することも充分あり得る。

実際ソータでそうであったように。


「どうしてわざわざそんな面倒なことをするのかね」

ヨウゼンが理解できない点はそこだ。


獲物として襲うのが目的なら、全員で村を襲えばいい。

強い者を避けて、無力な者を選び放題できる。


釣りは確かに有効な手だが、追うものは当然腕に覚えのある者だ。

それしか選択肢がなかったのか、あえてそうしたのか。


「それがわからないということでは?」

「馬鹿の一つ覚えってことだな」

「ま、それが妥当だがな。」


ヨウゼンが膝を一つ叩いて、立ちあがる。

裏で誰かが糸を引いているようでもない以上、これ以上の想像は不毛だ。

「で、うちの見境なしは反省しているかな?」


「まぁ、わかりやすく落ち込んでますよ」

カナメが肩をすくめる。

「ま、指示無視して、いいところ見せようとした相手に助けられたんじゃな」

トウマが呵々と笑う。

「ともあれ怪我がなくてよかった。獣から受けた怪我は予後が悪いしな」


この件は、ヨウゼンがソータとパラに説教することで終着した。


その後、灰色の芸達者な犬はそのまま居座り続け、ヨウゼンにガフと名付けられた。

パラはこの事件から、思うところがあったらしい。


そしてまた少し月日が経つ。


「今日は3羽落としましたぁ」

後ろに束ねた髪を揺らして、灰色の犬を従えたパラが帰ってきた。

あの事件後、パラは狩りに出ることを厭わなくなった。


役に立つことを自己肯定の一義としていたパラにとって、それは当然の帰結なのだろう。

その弓の技術の上昇速度はカナメをして、変態と言わしめるほどだった。


「ソータ、ここに置いておくよ」

パラが台所に顔を出し、ソータに声を掛ける。

その姿に過去のオドオドした態度は微塵もない。


「お、いい鳥だ」

「大きい奴を狙ったからね」

ソータは手際よく鳥を捌いていく。


「あのさ、今日は我ながら良い獲物がとれたと思うんだよね・・・」

「ああ、ありがとうパラ。本当に助かるよ」

パラはその言葉に、えへへとはにかむ。


パラはソータに対して、必ず感謝の言葉を求める。

これが出るまで、遠回しな頑張ったぞ主張が続く。


当初はうんざりしていた。

ヨウゼンに諭されるまでは。

「あの子は自己肯定を他人に求めている」

過去を知らない者にとっては、そういうものなのだろうか。

同じような経験を持つソータは少なからず共感できた。


そのアピールがソータに対して露骨な部分も内心悪い気はしない。

それからはパラに対しては極力感謝を言葉で伝えることにしている。


「じゃあ、あたしファブリカんとこ行ってくるね」

パラは上機嫌な様子で、弓のメンテナンスへ向かった。


入れ替わりに灰色の犬がのっそりと顔を出す。

口には自分の餌皿を咥えて。


「やぁガフ」

ソータが声を掛けると、ガフはソータの足元に皿を置き、

前足でトントンと叩く。


最初は何のことかわからなかったが、今はわかる。

どうやら自分の予約した部分をよこせと言っているのだ。

確かによく見ると、肉に牙の後が見える。


この目聡い犬は、パラが射た獲物を確保する際に、

自分が食べたい部分に牙を立てて獲物を引きずってくる。


犬の噛み痕なんて嫌でしょう。あっしが食べますぜ。

とは言わないが、したり顔でガフは皿を出す。


「我が家では、一番うまい部分を犬が食べるのか」

ソータは呆れながら、ガフの噛み痕部分を切り取って餌皿に乗せる。

ガフは勢いよく肉を口に入れて頬張る。


「なぁ、ガフ」

ソータは料理の手を止めずに、肉を頬張る犬へ声を掛ける。

「ひと段落ついたら、稽古に付き合ってくれ」


振り返るとガフは肉に夢中なのか、もちゃもちゃと口を動かしているのみだ。

「今日の骨には肉を多めにつけておくけど」

とソータが付け加えると、ガフは右手を上げた。

OKのサインだ。

「頼むよ」


ガフは家族の誰に対しても如才なく立ちまわるが、

ソータに対しては、彼が台所を握っているという理解があるのか

何かとエサを引き出そうと画策している風情が見られる。

そんな犬の態度に呆れながら、ソータは作業を続けた。


ひと段落ついたころ、ソータはガフを連れて庭に出た。

ソータが竹刀を構えると、ガフは姿勢を低くしソータへ走り込む。

懐に入ろうとするガフを、ソータが薙いで牽制する。


ソータは何とかガフが飛び込むように牽制するが、

ガフは低い位置から右へ左へ動き、ソータの隙を作る。

素早い動きからの急停止で、ソータの空振りを指そうと

次の瞬間、大きく飛び上がってソータの喉元に嚙みついた。


ソータはそのまま倒れこんでしまった。

ガフは倒れたソータに首から口を離した。

ソータの首には傷一つない。

ガフは見事な加減で、牙を食い込ませることなくソータを押し倒したのだ。


「参った」

ソータはガフの頭を撫ぜた。

ガフはどや、という表情で撫ぜられるがままだ。

「じゃあ、もう一本」とソータが提案した時、

村の方が騒がしいことに気がついた。


竹刀を持ったまま確認に向かうと、村の入口辺りで

パラが二人組の男女に捕まっていた。

「なんなんですか、いったい」

困惑しているパラの腕をつかんでいる女性が確かにこう言った。


「姫様」と。

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