一つの幕が下りる話
石畳の通路に4人の足音が響く、彼らの焦りと危機感を示すように。
カツカツカツ・・・
やや置いて2人の足音が響く、彼らの自信を示すように。
コツコツコツ・・・
4人は通路を抜け、水路に出た。
5mほどの水路は多くの水を外界へ吐き出す。
吐き出し先は滝となっているため、轟音が水路に響き渡る。
「・・・かあさま」
4人で最も年少の少女が不安げに声を掛ける。
「大丈夫よ」
かあさまと呼ばれた女性は膝をついて、少女の肩に両手を当てた。
少女の後ろの別の女性が立ち、かあさまと呼ばれる女性に視線を向ける。
その視線にかあさまと呼ばれた女性が答える。
「お願いします。ローシット」
ローシットと呼ばれた女性が少女のうなじに手を添えると、
少女は一瞬体を震わせて、気を失った。
かあさまと呼ばれた女性は少女を抱きとめ、床に横たえた。
「本当によろしかったのですか?女王陛下」
屈強な男性がかあさまと呼ばれた女性に声を掛ける。
「止むをえません。この国は終わりです」と女王は答えた。
あくまで私たちにとってはですが、と続けると女王は寂しく笑った。
女王の手が少女の額を優しく撫ぜる。
「自信をもって、生きてね」
その手がわずかに輝きだすと、少女の体が水晶に包まれた。
少女を内包した水晶はさらに蔦のようなもので覆われ始める。
緑色の繭のような形となるに至り、女王は安堵する。
「これでよいのですか?」
ローシットの声は震えていた。
作業の完了を確認したのか、作業の是非を問うたのか。
「ええ、これでこの子の封印は完成です」
「触ってもよろしいでしょうか」
「斬ってみて頂戴、ヤンダム」
ヤンダムと呼ばれた屈強な男は、驚いて女王を見つめる。
女王の揺るぎない姿に、ヤンダムは腰の剣を抜く。
剣を軽く振り下ろすが、剣は繭に当たる直前に弾かれた。
「これは・・・」
剣を両手で持ち直し本気で振り下ろすが、やはり当たる直前で弾かれた。
「大丈夫そうね」
「中の姫様は、本当に大丈夫なのですか?」
女王の言葉にローシットは震える声で問いかける。
「ええ、この封印を解かないかぎり、誰も傷つけることはできません」
愛おしそうに繭を撫ぜながら女王は続ける。
「あとは封印解除条件を決めれば・・・」
ただし、と言って彼女は自分たちが通り抜けた通路に目を向ける。
「時間はないようね」
通路には黒い影が二つ姿を見せていた。
「では、時間を稼ぎましょう」
ヤンダムの言葉に応じるように、ローシットも剣を抜いた。
この後のことを想像できるのか、女王は痛切な表情を見せる。
彼らも自らの運命を悟っているのか、緊張した表情をしている。
二人は女王に向けて一度頷くと、踵を返して通路へ向かった。
女王は繭に向き直して、封印解除条件の設定を始める。
彼らが作ってくれる時間を感傷で消化させるわけにはいかない。
女王は考える。
この繭を水路から流す。
繭は川に出て、国を出ることになる。
どこかの岸でついた瞬間に解除されてはいけない。
見ず知らずに土地で一人放りだされることになる。
だからと言って、人間が触れた瞬間でもよろしくない。
誰でも良い訳ではないのだ。
野党や人売りに拾われるくらいなら、封印されたままのほうがマシだ。
封印される限り、中の彼女は死ぬことも成長することもない。
現時点での状態で保持され続けるのだ。
解除されるなら、彼女に害を及ぼさない、もしくは及ぼせない状況が理想的だ。
女王は繭に手を触れて、解除条件を設定していく。
傍目にはただ触れているようにしか見えない。
「別れの挨拶は済んだかな」
通路から現れた男が声を掛けた。
女王はその声を無視して、繭を水路へ押し出した。
繭は水路に浮かんで、水の流れに乗って進んでいく。
女王は繭の流れを最後まで見送りたい気持ちを抑えて振り返った。
自らに巣くう恐怖心を抑えて、目の前に男を睨む。
現れた男は、少女の肩に手を置いていた。
少女は、繭に封印された姫と似た年頃で、
この状況にも表情を変えることなく佇んでいる。
「王は?」
「死んだ」
女王は簡潔に問うと、男もまた簡潔に答えた。
「殺す必要があったのですか」
推測はしていたが、ショックでない筈はない。
血の気が引く思いを内に隠して、女王は問いを続ける。
「従え」
少女が声を発した。
女王は怪訝そうな表情で少女を見た。
「この子の力が及ばぬ者は殺すしかあるまいて」
男は溜息をついて、残念そうに話す。
「何故今になって?将軍」
女王は心からの疑問を口にした。
目の前の男は立派な体格をしていたが、髪は白く、老人と言って差し支えない風貌であった。
その風貌がこの国に尽くしてきた歳月を表していた。
「自らの権利を行使したにすぎんよ」
老将軍はつまらなさそうに答えた。
指をパチンと鳴らすと、いつの間にか後ろに控えていた二人が、老将軍の前に立った、
そこには先ほど自分を護るべく向かっていった二人が立っていた。
別れる前の緊張した表情とは一変して、とりとめもない表情で女王を見ていた。
何の興味もないかのように。
老将軍は少女と踵をかえして告げた。
「殺せ」