別れの儀式
バンの葬儀は、村を上げて行われた。
町からもメルカトらが、弔問に訪れた。
葬儀はしめやかに進む、参加する者全て涙した。
ただ2人を除いて。
ソータは、葬儀を抜け殻のような状態で過ごした。
喚くでも泣くでもなく、ただ淡々と葬儀の場にいた。
その様子を心配した二人の兄は、葬儀後にソータを連れ出した。
「・・・大丈夫か?」
カナメが泣きはらした顔で問いかける。
ソーマは笑顔で頷く、その笑顔は痛々しい。
「お前のせいじゃない、お前の・・」
トウマがソータの肩に手を置く、彼はまだ涙が止められていなかった。
「むしろ、私たちがもっと早く・・・」
あの日、ソータが町の人に金を握らせた際、《村へ鳩を、危険分子を森へ釣る》
と書いたメモも握らせていた。
伝書鳩は危急を村に告げ、二人の兄は森へ急行する。
合流すれば4対1で戦える青写真だったが、リークが想定よりも早く仕掛けてきたことで
作戦は狂ってしまった。
バンが死に、ソータが生き残ったのは結果論だ。
二人とも死んでいた可能性だってあった。
「お前は充分に使命を果たした。だからそんな顔をするな。
お前は自慢の弟だよ」
「そうだ。血がつながってなくてもな」
カナメはトウマの言葉に驚きと叱責の目を向ける。
ソータは無言でカナメを見る。
いつもの利発な長子であれば、何かフォローができたのかもしれない。
ただ、この時に彼は精神的に消耗し、可哀想な弟のすがるような視線に
沈黙の是を返すことになってしまった。
ソータは、ゆっくりとその場から離れてしまった。
「どこへ
行くんだ?」
「馬鹿か。お前は」
カナメが珍しく感情をあらわにして、トウマに掴みかかった、
「俺が何をいったてんだ?あいつも知っていることだろう?」
「あいつは、かあさまが死んだ時に、その記憶を無くしていただろうが!」
やはりトウマも精神的に消耗していたのであろう。
トーマが養子という記憶を失っていることを失念していた。
二人は慌ててソータの後を追ったが、その姿はなかった。
「探そう」
「いや、その前に父さまに話そう」
ソータは泉に来ていた。
泉から流れた水を湛えた池は、月を映していた。
ここで、彼は父と一緒に母とお別れをした。
その時、自分が血のつながらない養子であるとは、疑いもしなかった。
仮に知らされても、この状況でさえなければ、
ここまで暗澹たる気持ちにはならなかっただろう。
実子の兄を死なせて、養子の自分が生き残った。
その事実がソータの胸中に暗い影を落とす。
彼はおもむろに剣を抜いた。
剣は月の光を浴びて鈍く光っている。
「その剣でどうするつもりだ」
ソータは驚いて、声のあったほうへ目を向けた。
目を向けた竹林はヨウゼンが立っていた。
「ここだと思ったよ」
「死ぬ気なのか?」
ヨウゼンはソータに一歩近づく。
「血のつながった家族を死なせて・・・
つながらない僕が生き残って、しまい、ました」
「殺したかったのか?バンを」
ヨウゼンはまた一歩ソータに近づく。
ソータは強く頭を振る。
「バンはお前を護ったのではないのか?」
「あいつは・・・あいつは最後に、明日っていいました」
ソータの言葉にヨウゼンは足を止めた。
「でも明日はあいつには来ない。僕のせいで」
「だからお前も明日を捨てるのかい?」
また一歩ヨウゼンはソータに近づいた。
「バンが護ったものは、お前の明日だ。お前がそれを捨てれば
それこそバンの死は無意味になる」
ヨウゼンは手を差し出す。
「死に意味を持たせてやれるのは、生きているものだけだと思わないか?」
ソータは震える手で剣を差し出した。
ヨウゼンが彼から剣を受け取ると、まるでソータの震えまで受け取ったかのように震えだした。
彼は両ひざをつくと、剣を泉は投げすてた。
「この、ばかもの、が!」
これまでにないヨウゼンの声に、ソータはびくりとなる。
「このばかものが!」
今度はソータを睨みつけて、ハッキリと怒鳴った。
「お前が死んで、私たちが留飲を下げると!?
残された私たちが、お前が死んで良かったと思うと!?」
ここまで感情をあらわにしたヨウゼンをソータは初めて見た。
彼は自身の足元から力が抜けていくのを感じた。
「私が何に怒りを向けているかわかるか?」
ヨウゼンは自らの胸に手を当てる。
「私だ!私自身だ!殺した相手でも、まして、お前でもない!」
彼は一気にまくしたてると、がっくりと首を垂れた。
「わかっていたはずだった・・・理解していたはずだった・・・
あいつも最後まで、気にかけてくれていたのに・・・」
自らの所業を恨む者がいることは理解している。
当然とも思っている。それだけのことをした自覚もあった。
ただここまでの平穏な日々に勘違いしてしまった。
自分の過去は全てに許されたのではないか、と。
ソータは膝から崩れ落ちた。
喪失感と罪悪感、恐れと 哀憫、色々な感情や思考がないまぜになり、
もう立っていられなかった。
彼は這うように、声を殺して泣く父ににじり寄った。
ヨウゼンは近づいてくる我が子に両手を伸ばす。
「・・・よく頑張った。よく生き残ってくれた。」
「~~~~~~~~~~~~~~~~!」
二人は互いの額を当てて、声を殺して泣いた。
月明りを頼りに二人は家路につく。
ヨウゼンが前を進み、ソータが続く。
「いつか強くなって、旅をします」
二人でバンの思い出話をしている中で、ソータが宣言する。
その決意の強さを感じ取ったヨウゼンは、そうかと言って続ける。
「それがお前たちの明日なのだな・・・」
これまでヨウゼンは自らの経験を子供たちに話すことはなかった。
彼にとって、それは決して名誉な話ではなかったからだ。
しかしそれは誤りだと今は思う。
自らの行い、過ちと思うことも全て伝えるべきだったのだ。
たとえそれが、軽蔑されるだけのものであったとしても。
いつか子供たちが同じ過ちをしないために。
「皆に儂の話を聞いてもらわなけらばな」
ヨウゼンは月を見上げた。
家はもう近い。