復讐する男
その日ソータとバンはヨウゼンの使いで町にいた。
要件が思いのほか早く済んだ二人は、町の目抜き通りを歩いた。
「やっぱもうちょい筋肉がほしいんだよな」
バンが自分の腕を見せて愚痴る。
トウマと比べると、スリムであることは否めない。
「まあ、小兄は筋肉ダルマだから」
「あの力で振り下ろされると、受け止められないんだよ」
トウマとバンの一対一では、ここ一番という場面、力の差で苦汁をなめていた。
「でも早く動くには、体が軽いほうがいいだろ?」
「無駄な筋肉は重しになるからな、鍛え方の工夫かな」
「フォスター家の者か?」
二人の話を遮るように、後ろから声がかかる。
二人が振り返る。
壮年の男がそこにいた。
男はトウマよりやや大きく、筋肉質で、腰には大ぶりの剣を下げている。
「あんたは?」
バンはにこやかに応じる。
ただ言葉遣いは横柄だ。
ソータは、その言葉を聞いて警戒を強める。
2人の符丁で、怪しいと感じた人間には、荒い言葉で応じると決めている。
男は殺気を隠そうともせず、ピリピリとした空気をまとわせている。
「俺はリーク。フォスター家の者か?」
「人違いだね。他所を当てってくんな」
「そうか?バン=フォスターと言えば、この村では有名なようだな」
「有名人はつらいね。何の用だ」
「家まで案内してもらおう」
「その気にならんね。おととい来な」
リークはニヤリと笑って、柄に手を掛ける。
「なんなら、ここで暴れてもいいが?」
剣を抜いたりはしない。ここで騒ぎになれば困るのはお互い様だ。
「総身に知恵が回る大男もいるんだな」
「何人か切って見せれば、わかってくれるか?」
「くそ!」
バンは、小石を悔し紛れにリークへ投げつける。
小石は彼にあっさり躱されて、その先にいた人に当たる。
「ごめんなさい」
ソータは慌てて駆け寄り、謝罪した。
「今は急ぎます。お詫びは改めてします。」
お詫びの金を握らせて、足早にバンの元に戻る。
バンは、ついてこいとだけ告げると、町の外へ向かった。
「家に行って、何をする気だ」
まだ日は高く、森の中に日が差し込む中を3人は進んでいく。
そんな中で沈黙を破ったのは、バンだった。
「気になるのか?」
「しばらく歩くからな。間つなぎだよ」
「昔話をしたくてな。決断に随分時間がかかった」
「父との関係は?」
「かつては共に国に尽くす仲間だった」
リークは自嘲的に笑って、もっとも身分が随分違うがなと続けた。
「あっちは新興著しいフォスター家の大黒柱、こちらは旧家の用心棒だ」
「いざこざでもあったのか?」
「権力闘争はどこにもあるものだ」
「負けた腹いせかよ」
バンが挑発するかのように、せせら笑う。
リークは挑発に乗ることもなく、無言で歩を進めた。
しばらく3人は無言で歩いていたが、日がやや傾く頃にリークが足を止めた。
「どうした?疲れたのかよ」
先頭を歩くバンは振り返らずに声を掛ける。
「もういい」
リークは大ぶりの剣を抜いた。
「この先に小さな村しかないのは知っている。フォスターをそこにいるんだろう」
「用済みだ!」
一声と共に、リークはバンに切りかかる。
バンは冷静に剣を抜いて、リークの一撃をいなす。
剛剣と言っていい重さの乗った一撃を、バンはまともに受けられない。
そうでなくとも、文字通り大人と子供の差があるのだ。
しかもリークは全力で切りかかっているわけではない。
その直後、後ろから切りかかるソータの一振りをあっさり躱す。
「随分気がはやいんじゃないの?」
バンはソータに並ぶ形でリークの正面に立った。
「土産だからな。死体で充分だ!」
リークは二人に切りかかる。
二人はそれぞれリークから、時計周りと反時計周りで距離をとる。
どちらかが背後を付く形だ。
リークはバンに狙いを定めた。
彼から見て、二人には実力差があり、明らかにバンが上手であった。
先に強いほうから倒すつもりだ。
連携が上手いな。
リークは内心舌を巻いた。
数合、打ち合いと距離の取り合いを繰り返すが、バンとソータの連携は崩れない。
正確にはソータの方に穴があるのだが、バンの動きがそれを上手くサポートしている。
ふいにリークは大剣を掲げるような上段に構える。
バンは勝負所と感じていた。
ソータはリークの真後ろにいる。
ここでリークの振り下ろしをいなせれば、後ろのソータがフリーで攻撃できる。
リークは気合と共に大剣を振り下ろす。
そのアクションを見て、ソータが飛び掛かる。
その姿がバンの視界に入る。
タイミングは完璧だ。あとはバンがこの一撃をいなして・・・
強烈な危機感がバンを襲う。
こいつはどこを見ている?
俺の剣を見ていない。俺を見ているようで、別のものを見ている。
奴は俺の目だけを凝視している。
今、俺の目に映っているのは・・・
「ソータ!防御だ!」
バンが警戒の声を上げる。
「奴の狙いはお前だ!」
振り下ろし切った一撃は、地面に付く直前で、急激に切りがった。
V字を描いた切りあがりの一撃を、バンは何とか受けることができた。
ただ力を逃がし切ることはできず、吹き飛ばされてしまう。
リークは切り上がりの勢いで反転し、飛び込んできたソータを
大上段からの振り下ろしで迎撃する。
空中ながら、なんとか防御の態勢をとるソータ。
リークの剣が彼の剣で防げたのは、たまたまだ。
それでも振り下ろしの勢いで、地面に叩きつけられる。
受け身が取れずに地面へ激突したことで、バンの態勢は完全に崩れてしまった。
「まず一人!」
リークは再度上段から、態勢を整えようとしているソータに大剣を振り下ろす。
彼を切り裂く寸前、バンはそこに割って入った。
彼はソータの前で剣を構えている。
なんという速さだ。
リークは舌を巻かざるを得なかった。
バンは吹き飛ばされて、着地と同時にソータに向かって飛び込んでいた。
リークの股の下を潜り、ソータの前に立ちふさがった。
だがバンが剣で受けた時点で勝負は決まっていた。
一瞬だけ勢いが止まるが、そのままリークの剣はバンの肩から胸を切り裂いた。