命の灯
何をいっているんだ?
かあさまが死ぬ。
かあさまは床に臥せることが多くなった。
ヨウゼンはこれまでのコネを最大限利用しているようで、
毎日のように医者がきた。
中には呪術師まがいの輩までやってきたが、
その誰もが匙を投げて帰っていった。
神様、かあさまはこのままだと・・・
『このまま死に至る』
でも・・・でも何か方法があるんだろう。
神様なら、直せるんだろう?
『病は直せぬ。直す力がない』
なんだよ、それ。
でも、だからって諦められるかよ。
俺が・・・
俺が直してやる・・・
そうだよ。俺は転生者だ。
今こそ転生した意味を証明するんだ。
さあ神様教えてくれ、かあさまの病気を。
『・・・子宮肉腫』
は?しきゅう?にくしゅ・・・
『子宮がんの一種だ。君の世界でいえば、ステージ4』
ステージ4・・かなり進行している・・・って意味だよな・・・
『リンパ節を経緯して、胃や肺にも転移している』
直す・・・がんを直す・・・どうやって?
放射線?抗がん剤?どうやって?
『もう一度言う。彼女の病は深刻で、このまま死に至る』
そこからは何がどうなったか、覚えていない。
神様にすがるように問うたような気がする。
色々と難しい説明がされたが、ほとんど理解できなかった。
唯一理解できたのは、かあさまの余命は2週間だということだ。
笑える話じゃないか。
ゴネて前世の記憶を持ってきて、できることは半端な理解と自己嫌悪だ。
俺の知識も経験も意味なんてなかった。
それからは何日も無為な日を過ごしている。
家の中は表面上は変わらないが、諦めのような、失望感のような空気が漂う。
かあさまが死んだら、こんな日がいつまでも続くのか?
俺は仕事を終わらせて、野原で膝を抱えている。
何もする気が起きない。
かあさまともできるだけ顔をあわせないようにしている。
神様と話すことも何日もしていない。
「どうしたんだよ、元気ないな」
バンが俺の肩を叩く。
「大丈夫だよ、かあさまは」
少しやつれた顔で笑いかけてきた。
続けて、かあさまは昔ものすごい武人だって話。
だからすぐに元気になる、みたいなことをまくし立てる。
何を言っているんだ?こいつは。
今の病気に過去の実績なんぞ関係ねぇだろうが。
何も知らないくせに。
イラつきは一瞬でピークに達した。
俺は腰を上げて、その場を去ることにした。
「おい、聞いてんのかよ」
バンが俺の肩をつかむ。
その瞬間、俺の中で何かが切れた。
振り返って、バンをぶん殴る。
彼はペタンと腰を落とす。
あまりに予想外なのか、彼はきょとんとして
自分が何をされたのか理解できないようだ。
俺は踵をかえしてバンから離れた。
なんなんだよ、と鳴き声が聞こえる。
胸が締め付けられるような思いを抱えて、歩みを進める。
最低だ、俺は。
バンは俺を元気づけるために、空元気を振り絞っていただけなのに、
あいつだって、顔色は良くなかった。
そんな状態でも、ただ弟を元気づけようとした。
対して俺は、自分の無能を受け入れられないイラつきから
子供に八つ当たりしたんだ。
夜、俺は月を見ていた。この世界にも月がある。
当たり前すぎて、今まで気づかなった。
別世界なのに月があるんだってこと。
気付かなったことは他にもある。
この家にも月があった。
暗い夜を柔らかく照らす光。
眩くはない。当たり前のように輝く光。
俺は人の気配に気づいて振り返る。
そこには月の光をうけた、かあさまが立っていた。
「ありがとう・・・」
布団から出た細くて白い手が俺の頭を撫でる。
かあさまは俺に気づいて庭に出てきたが、そこが体力の限界だった。
俺が何とか支えて、寝室に戻った。
「バンと喧嘩したんですって?」
かあさまの声はか細いが、いつもの優しい声だ。
「ごめんなさいね。私のせいで」
この声が俺を苦しめる。
おれの無力を否応なく理解させられる。
「けどね・・・」
かあさまは精一杯の笑顔を見せる。
本当はつらいはずなのに。
「大丈夫よ、もう少しで元気になるから・・・」
・・・いいえ、貴方は死ぬんです。
「最近、体調が良いのよ・・・」
それは、嘘です。
「ま、まぁ、さっきはちょっと疲れちゃったけど」
もう貴方は衰弱していくだけなんです。
「・・・本当に・・もう・・少しなの、よ」
そして俺にはどうすることもできない。
ごめんなさい・・・本当に・・・
「どうして・・・?」
かあさまは両目からは涙があふれていた。
「どうして、そんな目で見るの?」
彼女はゆっくり上半身を上げると、俺を抱きしめた。
「・・・本当はね」
その声は震えていた。
「怖いの・・・」
そうだろう。痛みが衰弱が、そして死が怖い者などいない。
だが、かあさまの答えは違った。
「みんなを残していくことが!」
その声はか細いが、血を吐くように絞りだされたものだった。
「あの人は大丈夫かしら。昔は無理をして、色々恨みを買っているのよ。
でももう守ってあげられない・・・」
俺の耳元でささやきは続く、ささやきというには悲痛な。
「カナメは?しっかりしてるようで、人見知りが酷いのよ。
ちゃんとやっていけるの?」
「トウマは?自分を鍛えるばっかりで、周りが見えてないわ。
だいじょうぶなのかしら?」
「バンは?あの子は凄い子よ。だからこそ誰かが傍にいてあげないと。
危ういのよ、とても・・・」
でも、と、かあさまが続ける。
「守ってあげられない・・・寄り添ってあげられない・・・」
今の私には何もしてあげられない・・・」
彼女は俺を抱きしめて嗚咽した。
部屋を出て、月を見上げた。
何も変わらず、優しい光で俺を包む。
神様・・・
『なにかな?』
ありがとう。答えてくれて。
『気にするな、君の気持はわかる』
お願いがあるんだ。
『わかるよ。でも本当によいのか?』
--------------------------------------
ヨウゼンは重い体で布団から起き上がる。
ここ最近は良く寝れていない。
フミノの容態は徐々に悪くなっている。
手を尽くしているが、改善の兆しも見えない。
考えたくもない最悪のことを想像しては、真っ暗闇に一人取り残された
ような気持ちにさせられる。
彼はようやく違和感に気づく。
今日は家が騒がしい。
こんなことは久しぶりだ。
ヨウゼンは声の発生源へ向かう。
発生源は台所らしい。
彼が台所に入ると、信じられない光景が広がっていた。
ほとんど動けないはずのフミノが台所に立っている。
子供たちが周りを囲んで騒いでいる。
どうやら皆で弁当を作っているようだ。
どの子も笑顔で、彼女の周りが光り輝いているようだった。
茫然とするヨウゼンに、光の主が、おはようと声を掛ける。
そしていたずらっぽい笑顔で続ける。
「どうしたの?おばけでもみたような顔して」