熊相手に背を向けるのは悪手
(なかなかに悪い・・・か)
正面の熊を見据えながらヨウゼン=フォスターは
両刃剣を右手に握りなおす。
左手は彼の斜め後ろに立つ女性をかばうように広げている。
熊を視界から消さない程度に女性を見やる。
泥で汚れた姿で泥まみれの子供を抱いていた。
ヨウゼンは正面の熊を見据えなおす。
(どの程度悪いかといえば・・・)
緊張状態の中、状況を整理していく。
彼らが立つ森の街道は旧道のため人一人が歩ける程度の幅で、
周りは木々に覆われている。
(走って逃げるのは論外)
足元は強い通り雨のせいでぬかるんでいる。
一瞬で追いつかれて、後ろからザクリかカブリだ。
(相手が諦めてくれればよいのだが)
正面の熊は口元を赤く濡らし、敵対心そのままに
低く呻き続ける。
逃がす気は微塵もない、と。
熊の足元には全身を泥に染めた人が倒れている。
染まっているのは泥だけではない。
茶と赤が背中から下半身にかけてを彩っていた。
その不気味なコントラストはその者の死を
強く印象付けた。
(儂たちは追加のエサと確定しているわけか)
本来熊は臆病と言えるほど慎重な生き物だ。
未確認の音や気配を聞くと自ら距離を取る。
ただしそれは未確認であれば、の話だ。
この熊は人の弱さと肉の滋養を理解している。
これから寒さが厳しくなる時期において
栄養コスパの高いエサを逃がす理由はないのだ。
(武器もいただけない)
二人の持つ剣は刀身50cm程度の護身用。
熊相手では無手よりマシという程度だ。
(せめて足場がな・・・)
このぬかるみでは突きによるヒットアンドアウェイは
リスクが高すぎる。
足を取られた瞬間にザクリだ。
(奴が諦めるまで持久戦か・・・)
ヨウゼンが持久戦に腹をくくった時、斜め後ろにいた
女性が横に並んだ。
「あなた・・・」
その声に怯えはない。
ヨウゼンは彼女の意図を瞬時に理解した。
「それは駄目だ、フミノ」
熊から目を逸らさずヨウゼンは応える
「剣を貸して下さい」
ヨウゼンの言葉を聞き流してフミノ=フォスターは続ける。
「この子が持ちません。先ほどから高かった熱が下がりつづけています」
「しかし・・・」
「この子をお願いいたします」
フミノの意思は固い。
ヨウゼンと同じように熊から目を逸らさず、
子供をヨウゼンに渡し、代わりに剣を受け取る。
熊に隙を見せぬよう、ゆっくりと。
(冷たい)
ヨウゼンは受けとった子の体温を感じて、
予断を許さない状況にあることを理解した。
ヨウゼンの剣を左手にもち、自らの剣を右手で抜く。
左右の剣を下げて、一度だけ目を閉じる。
その無防備な姿にヨウゼンは息をのむ。
熊も自分の前に立った者の違和感に気づき、唸りを止める。
軽く息を吐いて、フミノを目を開く。
その目つきは先ほどとは別人のようだ。
「さあ、はじめようか」