機会の女神は前髪しかないってどんな髪型?
前回まで。
バンのドロップキックが大男の側頭部に決まる。
ってちょっと待て。
そういう話じゃなかっただろう?
大男の努力が無駄じゃないことが証明できて、
大男感動、俺と喜びを分かち合う的なシーンじゃないの?
俺は大男に掴まれたまま、倒れつつ考える。
『バンにはこう見えていたようじゃの』
神様がバンから見えたシーンを再生してくれた。
あれー、俺が大男に持ち上げられて、締め殺されそうにしか見えない。
顔の表情も嬉しそうじゃないしな。
同情していたのが表情に出ちゃってたんだな。
とりあえずどうしよう。
大男の腕が外れないまま、大男が傾いている。
このまま地面に当たりそうだ。
やばいな。受け身が取れない。
目を閉じて、歯を食いしばる。
衝撃に覚悟を決めた瞬間、自分の体が大男に引き寄せられる。
おいおい、俺を庇う気か?
手を離して、受け身を取ってくれれば、こちらは自分で
何とかするのだが、伝える術がない。
大男の体は、俺と共に大きな音と土煙を上げて倒れた。
大男に抱きしめられていたから、俺にダメージはほとんどない。
バンが攻撃した方に目をやると、バンが中腰の姿勢で剣に手を掛けている。
ヤバい。バンのやつ戦闘態勢だ。
倒れた衝撃で、大男の腕が緩んだ。
俺は大男の腕を逃れて、バンと大男の間に立つ。
バンの方を向いて、右手は大男を庇うように横へ広げ、
左手はバンに向けて、手を広げて伸ばす。
「大丈夫なのか?」
流石バンは察しがいい。
自分が誤解していることを、一瞬で理解してくれた。
「大丈夫なのか?」
同じ質問がバンの後ろからとんだ。
ヨウゼンだ。
だから俺は平気だって、とアピールする前にヨウゼンが
再度声を掛ける。
「大丈夫なのか?君」
どうやら、ヨウゼンは俺の後ろに声を掛けているらしい。
振り返ってみると、大男が平伏している。
小声で、ひいい、とか堪忍とか、エロ小説でしか見ないような
言葉を連発で紡いでいた。
あの一撃を喰らって、即土下座とかゴーレムかよ。
固すぎんだろ。
俺は気を取り直して、バンにジャスチャーで説明する。
「ふんふん。弓を作るのが上手いのか。だから匂いが・・・。
ふんふん。悪い奴じゃないんだな。そうか、ばあさんがいたのか。
ふんふん。確かに小心者だよな。周りが恐れるから隠れるように・・・。」
我ながらバンが何故理解できるかが理解不能だが、
俺の言いたいことは伝わって、バンがヨウゼンに説明している。
ヨウゼンは要所要所で俺に目を向ける。
俺はうんうんと頷いて、バンの説明が正しいことをアピールする。
ヨウゼンは一通り説明を聞くと、平伏している大男に近づいて、
片膝をつき、彼の肩に手置いて、声を掛けた。
「大丈夫かな?私はヨウゼン。一応村長をしている」
大男はしばらく震えていたが、ややあってゆっくりと顔を上げた。
「ゆ、ゆ、ゆ、許して下さい・・・」
大男はガタガタと震えている。
「大丈夫だよ。君のことを教えてくれるかな?」
ヨウゼンは穏やかに続ける。
「君は誰で、どうなりたいのかを教えてほしい」
俺の服の裾が引かれている。
目を向けてみると、大男が裾を引いて、縋るように見上げている。
俺は袖を引く手を振り払って、彼から走り去った。
大男は心底がっかりした顔が俺の視界に入る。
ヨウゼンはバンと顔を見合わせ、バンは首を横に振る。
俺は大男の弓を拾うと、ダッシュで戻って、彼の目の前に突き出す。
大男は震える手で弓を受け取ると、俺の目をおずおずと見る。
わかるだろ。これがアンタと世界をつなぐチャンスそのものなんだよ。
自分がどうなりたいのか、ヨウゼンに訴えるんだ。
この機会を生かすも殺すもアンタ次第なんだよ。
怖くてもいいよ、震えてもいいよ。
でも今だけは顔をあげろ。
声をあげろ。
アンタは凄いんだよ。
自分にはこれができる、って言ってくれよ。
俺は大男をにらみつけて、一度だけ大きく頷いて見せた。
ヨウゼンとバンを見た。
ヨウゼンは微笑んでいて、バンはニヤニヤとしている。
どうやら俺のさせたいことはお見通しの様だ。
大男は一度大きく息を吸うと、大きいとは言えない声で
話はじめる。
「おではファブリカだば・・・です」
言葉を丁寧にしようと努力しつつ、話を続ける。
話が苦手で、この体だから、隠れるように暮らしてきた。
でも本当は村の一人として、受け入れてほしい、と思い、
役に立つ弓を目指して、おばあさんに協力して作り続けた。
この弓は、外に出られない自分の代わりにおばあさんが集めてくれた
材料で作った最後の弓。
この子はこの弓をとても褒めてくれた。
一度この弓を見てほしい。
そして、この村のために道具を作る仕事がしたい。
「・・・だば・です。」
たどたどしいが勇気を振り絞って、話しきった。
俺はよくやったという意味をこめて、バシバシと
大男ことファブリカを叩く。
ファブリカは叩かれながら、「ごめんだば」「ダメだっただばか?」を
繰り返す。
俺はファブリカをペチペチ叩きながら、ヨウゼンを見る。
彼は苦笑いを浮かべていたが、表情を引き締めて、弓を見る。
「弓はカナメに見てもらおうか。素人目にも工夫はわかるがね」
ヨウゼンはファブリカに声を掛ける。
「弓はこのまま借り受けたい。君とも今後の話がしたい。ついてきてくれ」
ファブリカは慌てて俺の顔を見る。
俺は満面の笑みとハンズアップで答える。
彼は頭を下げて震えだした。
抱きついてくるやつですね。わかります。かかってこい!
俺は両手を広げて、右足を少し下げて耐衝撃姿勢がばっちりだ。
ファブリカは大声を上げて、立ちあがると、俺とは逆方向へ走り出した。
あれぇ?もしかしてあんにゃろう、緊張しすぎて逃げたのか?
俺は恥ずかしさを堪えて、ゆっくりと姿勢を戻すと、視線でファブリカを追う。
あんにゃろうは逃げたのではなかった。
彼はおばあさんの墓標を抱きしめて泣いていた。
彼を認め、彼のために尽くしてくれた唯一の家族。
俺は彼に近寄り、肩に手を置く。
これまで聞いた中で、彼の一番大きな声が空に吸い込まれていった。
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ラストシーン、ヨウゼンとバンの会話
「バン」
「なんだい?父さま」
「あれは墓石なんだよな」
「だろうね」
「あのサイズを誰が運んだんだろうか?」
「そら、彼でしょう」
「一人でか・・・」
「無理?」
「私だったら10人いても無理だ」
「怪力・・・」