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自分のことを【おで】っていうやつにわるいやつはいない

前回袖に振った、かあさまとの訓練をバンと行う。

と言っても得物が竹刀に変わっただけで、構図に変化ない。

かあさまの得物は相変わらずのおたまだしね。


とはいえ竹刀を使って兄弟間で訓練を積んでいるので

俺もマシな動きができている、と思う。

いまいち自信がないのは、バンの上達ぶりは著しすぎるせいだ。


『十分上達しておるよ』

神様がフォローをいれてくれるのだが、

『幼稚園なら無双できる』

あまり嬉しくない。


『だが確かにこの子は素晴らしい才を秘めておる』

そういう風に作ったの、と俺が問うと、神様はくすくす笑った。

【生まれるもの一人一人に才能の提供なんてできんよ】

確かに面倒くさそうだ。


【わしはこの世界で全知かも知れんが、全能ではない】

何でもはできないわ、できることだけ、ってことか。

【元ネタがわからんの】

全知ちゃうんかい。


「ソータ、ボーっとしてんじゃねぇ!加勢しろ」

バンの声が響く。

神様が太鼓判を押す才能を持つバンも、かあさまのおたまの前には

形無しだ。


俺はおっとり刀でかあさまへ向かう。

バンと俺は相性が良いらしい。

隣り合わせでも、互いの動きを阻害せずに攻撃することができる。


1対1では手も足もでないトウマに対しても、

そこそこいい勝負になるので、最近はもっぱらこのツーマンセルだ。


それでもかあさま相手には歯が立たない。

おたまで竹刀を受けることさえしない。


「だめよう。せっかく2人なんだから正面にいちゃあ」

俺たちの竹刀を躱して、おたまで二つの頭をぽかりぽかりと叩く。


バンは瞬時に理解して、かあさまの右側へ移動する。

その動きを見て、俺は左側に動く。

かあさまを左右から挟む形だ。


「相手の動きをよく見て、死角に入りなさい」

バンはその言葉を聞いて、さらに時計周りで打ち込んでいく。

かあさまがそれを受ける態勢をとる。

俺に背を向けた形だ。


俺は思い切り突っ込んでいく。

「あ、バカ!」

バンの声が響く。

その瞬間、さっきまで目の前にあったかあさまの背中が消えた。

次に俺の視界に入ったのはバンの姿だった。


二人で正面衝突。

ふらふらと後ずさった俺をがっしりとつかむものがあった。


「だめよう。安易につっこんじゃ。仲間の動きも良く見て・・・」

俺の足が地面を離れる。

「ね!!」

あーーーーーーー。

天高く舞い上がる俺。


そこからかあさまに飛び掛かるバンが見えた。

「それもだーめ」

空中からの攻撃をあっさり躱して、バンを捕まえる。


「飛び上がったら、態勢が変えられないで・・・」

ああ、バンお前もか。

「しょ!!!」


バンが空高く舞い上がる。

その姿を見たあと、俺の視界は真っ暗になった。

ズボリと俵山に突き刺さったのだ。

見えていないが、今頃バンも同じ姿だろう。


もう何度目かのスケキヨだが、だんだん楽しくなってきたよ。

「いやぁ、お見事です」

手を叩く音と共にかあさまに声を掛ける人がいるようだ。


藁山から頭を抜いて見ると、かあさまの前にメルカトさんがいた。

彼は隣町の商人で、この村の商いを一手に行っている。

というと聞こえはいいが、この村は田舎の田舎なので

それほど儲からないと思うんだけど。


『フォスター家は名門で、ヨウゼンは有名じゃからの』

神様が教えてくれるが、名門らしさは微塵も感じない。

『今は半分世捨て人だが、それでも慕うものは多いということじゃな』

メルカトさんもその一人ということか。


「実はお願いしたいことがありまして・・・」

メルカトさんは微笑みを絶やさず話すを続ける。

村の外れに大男が住んでいるという噂がある。


昔は老婆が住んでいたはずなのだが、老婆の姿がいつしか見えなくなった。

大男の姿はそれから目撃談が出てくるのだが、良くない噂が流れ始める。


大男は老婆を喰い殺して、その家に居ついた野獣ではないか。

その証拠にその家からは時折異臭が漂い、夜になると黒い影が

その家を出入りしている。


最近その匂いがしなくなってきた。

その理由は大男がエサをなくしたためで、奴は次のエサを探している。

そしてそれは村の子供だ、いや若い女性だ、いやいや老婆を喰うくらいだ、

老若男女を問わずに襲われるぞ。


「という話が村内に広まっています。問題は・・・」


今は村人が恐れて、屋外に出たがらない状況なっている。

これも十分問題なのだが、この緊張感がピークに達して

大男を殺してしまおうという話になるとさらに厄介だ。


正体は野獣云々だ、はデタラメだとしても、外に出ないのは何らか理由がある。

そこへ村人が襲い掛かれば、争いごととになり死者がでるかも知れない。


「未然に防げれば良いですし、噂が誤解とわかればなお良いかと」

「村長の仕事をしろ、ということだな?」

いつの間にかヨウゼンがメルカトさんの後ろに立っていた。


「目立つのはお嫌いでしょう?」

メルカトさんは丁寧に一礼してヨウゼンに答える。


「確かに、ただ人選はちょっと難しいか?」

難しい?ヨウゼンがカナメとトウマを連れて、件の大男の家に行けば住むことでは?

仮に大男が悪人でも対応できるだろう。


『それでは村のものを刺激してしまうのぅ』

神様が教えてくれる。

物々しいメンバーで行けば、それを見た村人が勢いづいて実力行使に出るかもしれない。

騒ぎにしないことが最重要課題であり以上、できれば最初は穏便に情報確認がしたい、

ということだ。


「人選は簡単ですわ」

いつもののんびりとした口調でかあさまが言う。


「バン、ソータ、あなたたちで行ってらっしゃい」

かあさまはにっこりを俺たちに微笑みかける。


「奥様、さすがにそれは危険ではありませんか?」

メルカトさんの笑顔が引きつっている。

「そうだなー。俺たち子供が出向いて、何もなけりゃ皆も安心するだろうしなー」

バンは俺たちだけ行くという効果をよく理解している。


「んじゃ、早速行こうぜ。ソータ」

竹刀片手にバンが歩き出してしまった。

俺も慌ててついていく。


メルカトさんはよろしいんですか、という視線をヨウゼンとかあさまに送るが

二人はどこ吹く風だ。


この村は田畑がメインだから結構広い。

村の入口側に俺たちの家があり、大男の家は村の最奥にある。

行く道すがら、農作業をする男たちは数人見かけるが、子供は見かけない。


「みんな表に出したがらないんだろうな」

バンの見立ては正しい。戸の隙間からこちらへ除く目が見える。

こどもたちが興味深そうに見ているのだろう。


しばらく歩くと件の大男の小屋にたどり着いた。

バンはためらうことなく、戸を叩く。

「開けておくれ、開けておくれ」

いつもよりも幼い声を出す。


少し待つと戸の向こうから声が聞こえた。

「誰だば?」

だば?


「村長の使いだよ。開けておくれ」

バンは気にせず声を掛ける。


程なくして、戸がわずかに開く。

「おでになんかようだば?」

おで?だば?


その瞬間、バンを竹刀の柄を戸の隙間に突っ込んで強引に開く。

穏便に済ますんじゃないのか?


「ひいぃぃぃ!」

中にいた男は、突然突っ込まれた柄に驚いたようで

戸を閉めるでもなく、情けない声を上げるや、床で頭を抱えて怯えていた。


俺はあっけにとられて見ていたが、バンは油断なく竹刀を構えている。

演技かな、神様?

『ではないのう。本気で怯えておるよ』


バンもそう判断したようで、竹刀を降ろすと、未だに頭を抱えてひーひー

言っている大男の傍に腰を下ろして声を掛けた。


「おい、あんた」

「ひぃーひぃー」

「ここに一人か?」

「おだずげぇー」

「ばあさんがいたんじゃないのか?」

「ゆどぅじでぇー」

全くコミュニケーションンが取れていない。


呆れたバンは、小屋の外に出てしまった。

「俺がとおさま達に報告してくっから、お前は見張ってろ」


小走りに駆けていくバンの姿を見送り、大男に目を向ける。

未だ床で頭を抱えて震えている。


どうしたものか。

『敵意のないことを示して、落ち着かせることじゃな』

神様のいうことは真っ当なのだが、男相手にかぁ・・・


仕方がないと思いつつ、俺は大男の頭の前にしゃがみこんで

大男の頭を抱え込んだ。

左手で頭を抱えている手に添えて、右手で肩をやさしく叩く。


しばらく続けていると、大男の震えは小さくなっていった。

その後、大男はゆっくりと頭を上げた。


涙と鼻水と砂で汚れた顔を見て、俺は強く願った。

まず顔を洗ってくれ、と。

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