兄弟愛
昼の食事が終わると、皆それぞれの作業に向かった。
日によって皆で農作業だったり、狩りだったり、
手工の時もあるが、今日は自由行動だ。
バンはトウマについていった。
剣の稽古をつけてもらうらしい。
ヨウゼンとカナメは馬に乗るようだ。
俺はお約束といえる、かあさま好感度アップ狙いで
後片付けの手伝いだ。
終わったら馬に乗せてもらおうかな。
手伝いの最中、庭から争う声が聞こえる。
もっぱらバンが喚いているようだが。
それを聞いたかあさまが手を止めずにつぶやいた。
「あらケンカかしら?」
一瞬考えた後、俺にニコリと微笑んだ。
「どうもありがとう。ここはいいからバンを見てきてくれる?」
俺は台所をでて庭に向かった。
畑を通りぬけて段を下ると庭がある。
庭というよりは陸上トラックが作れるほど広い原っぱだ。
そこでトウマとバンが木刀を持って言い合っている。
といっても8割バンが喚いているのだが。
喚きから推測するとバンはトウマと木刀で稽古がしたいのだが
トウマは危ないからダメだという。
確かに木刀がまともに当たればタダでは済まない。
トウマはさすがにその分別があるのだが、
バンには理解できないようだ。
トウマは俺が来たことに気がついたようだ。
「ソータがきたぞ。遊んでやるといい。兄の務めだぞ」
豪快に笑いながら告げると、バンから木刀を奪い取って去っていった。
バンは俺を見て、大きく溜息をつく。
失礼な奴だな。
「ついてこいよ・・・」
怒っているような、落胆しているような背を向けて
森の中へ歩いていく、
「当たったらケガするからって、なんだよそれ」
ブーブー言いながら、バンは落ちた枝の吟味をしている。
「そんなこと言ってたら、いつまでも強くなれないだろうがよ」
拾っては捨て拾っては捨てを繰り返しながらも,愚痴は止まらない。
バンが2本ほどの枝を選んだのを見て、奴の考えがわかった。
子供らしい発想だなぁ。
「だから、俺たちで強くなるんだよ」
俺に拒否権はないのか?
ま、一応バンも好感度アップ対象ではあるから、付き合うけど・・・。
森から戻った俺たちは、稽古を始めた。
稽古と言ったって、バンの攻撃を俺が一方的に受けるだけだ。
なにせ俺の方は全く体が言うことを聞かない。
それでも何とかバンの攻撃を受けるが、奴がイラついているのは
手に取るようにわかる。
奴にしてみれば、歯ごたえが無く全く稽古にならない。
バンは完全に感情任せで枝を振るっている。
このままではそのうち力任せの一撃をくらってしまう。
止めようにも声は出ず、受けるのに手いっぱいで打つ手なしだ。
そしてその時はすぐに訪れた。
奴の右からの一撃を受け損ねて、枝は俺の手から離れてしまった。
しかも手が上に上がって、バンザイ状態だ。
腕で守ることもすぐにはかなわない。
次の防御ができないところへ次の一撃が襲い掛かる。
バンは俺が枝を離してしまっていることに気づいてないようだ。
俺が一発くらうと覚悟して、目をつむる。
ガッという打撃音が聞こえたが、痛みは無かった。
恐る恐る目を開く。
バンの枝は奴の後ろから、木のお玉で引っ掛けるように止められていた。
「はーい。そこまで」
いつもと変わらない声が聞こえる。かあさまだ。
彼女は左右の手で、俺とバンの頭を撫でる。
「危ないことはやめて頂戴。ケガの元よ」
バンはキッとかあさまをニラむと、これまでの不満を吐き出した。
強くなりたいこと、トウマが相手をしてくれないこと、
俺では相手にならないこと、今腹が立って仕方がないこと。
バンの話し方は支離滅裂で、半泣きから本泣きに入り始めている。
かあさまはうんうんと頷いては話しを聞いていたが、
バンの言葉がしゃくり上げるような鳴き声に変わると
優しく奴の頭を撫でた。
「わかりました。じゃあ、かあさまが相手をしましょう」
バンのしゃくり泣きがピタリととまり、憮然となった。
「だめだよ。かあさまなんかじゃ相手にならないよ」
「えー、そうかしら」
何故か嬉しそうに微笑むかあさま。笑うとこか?
「困ったわねぇ」
腕を組んでかあさまが考えこむポーズをとるが、困った感が微塵もない。
「そうだ」
やや大げさに手をポンと叩くかあさま。
「ではこうしましょう。一度かあさまに当てられたら、
かあさまからトウマに稽古つけてもらうように頼んであげましょう」
「本当!?」
バンが満面の笑みで問いかける。
もちろん、とかあさまが応じる。
では早速とばかりに枝を構えるバン。
「まぁ、お待ちなさい」
かあさまは場所を変えることを提案してきた。
特に異論もなく、三人は厩あたりに移動した。
厩の近くだけあって、藁の山が2つ並んで立っている。
その脇でバンとかあさまが対峙する。
バンは枝を軽く構え、かあさまは木のおたまを右手で
くるくると廻している。
「ソータ、その枝貸してやれよ」
バンが提案するが、かあさまはにっこりと答える。
「あらだめよ。それはソータのものでしょう。それに」
と言っておたまを見せつける。
「私にはこれがありますからね」
バンは溜息をついて、やれやれと頭を振る。
「約束は守ってくれよ」
「ええ」
「ケガしてもしらないぞ」
「思い切りいらっしゃい、ソータもね」
その言葉に反応するように、バンはかあさまに向けて飛び出した。
一気に距離を詰めると、左から真横に枝を払う。
かあさまはバックステップで軽やかに躱す。
バンが詰めて、かあさまが下がる。
繰り返される動きに、奴のイライラがまた募っていくのが
手に取るようにわかる。
「逃げてばっかでズルいぞ!」
バンが右に左に枝を振るうが、かあさまは下がり続けて躱すばかりだ。
バンの動きは悪くない。
詰めていくスピードや振りの鋭さは小学校入学前のそれではない。
前世の俺が相手なら、下がって躱す前に2撃ほど喰らっている。
ただかあさまの躱し方が素人の俺が見てもわかるほどなめらかなのだ。
腕に覚えあり、ってことか・・・
『覚えありどころか』
神様の声が聞こえる。
『国屈指の剛の者じゃよ。お前のかあさまは』
はあ、剛の者ねぇ。日常から想像もつかんですな。
『今は引退しておるから元じゃな。』
とか言っている間に、詰める躱すを繰り返す二人は藁の山を一周して
元の場所に戻ってしまった。
「ソータ!」
バンが俺の参戦を促してきた。
俺は枝を構えて、かあさまの斜め後ろにつく。
かあさまから見ると、正面にバン、右手に藁の山、左後方に俺がいる。
これならバンが詰めて、かあさまが下がった場合は、俺が枝を振れば
かあさまに当てられる。
仮に両方躱されてもバンと正面衝突はない。
これでかあさまに困り顔の一つでも見れるかとも思ったが、
「あら、困ったわねぇ」
やはり全く困った感を見せず、彼女はおたまを指で回す動作を止めない。
「もらったぜ!」
バンは俺の考えを理解したようで、枝を振り上げ、かあさまに向かっていく。
俺は抜刀よろしく、枝を腰の高さで構える。
そこから先は一瞬だった。
かあさまは屈むような姿勢でバンの足元に飛び込んで、彼を担ぎあげるように
投げ飛ばした。
バンは高々と宙を舞い、藁の山に頭から突っ込んでいった。
腹まで藁に浸かって両足が天に向かって伸びていた。
まさかリアルすけきよが見えるとは思わなかった。
というか違うくね。
鍋の蓋で剣を受けるみたく、おたまで枝を受けるとか、
高速で枝を躱して、おたまでポカリとかそういう流れじゃないの?
投げ飛ばすって・・・
『だから剛の者じゃと・・・』
そーじゃねーよ。そういうことじゃねーよ。
とか何とか言っているうちにバンのすけきよポーズに納得した
かあさまがこちらを向いた。
かあさまはいつもの笑顔なんだが・・・
「傷ついたわぁ。ソータだけは味方だと思っていたのにぃ」
あいかわらず、おたまを右手でくるくると廻している。
いやいや、あーたがかかってこい的なアプローチをですね・・・
もうここに至っては選択肢は2つ
自棄で突撃か、枝を捨てて降伏するか。
突撃したところで、隣の藁山にもう一体すけきよが増えるだけだ。
俺は幼児だ、バンより年下だ。降伏しても誰も責めない。
けどそれは俺のプライドが許さない。
前世の俺はおとなだったのだ。
おとなの流儀を見せてやるぜ。
俺は枝を腰だめに構えて、かあさまに突進した。
時代劇でいうところの「父の仇」的に娘が短刀で突っ込む形だ。
そして、かあさまとの間合いが詰まると、俺は目いっぱい枝を突き出した。
俺の前からかあさまの姿が消えた。
「いってらっしゃい」
後ろから声がすると思った瞬間、身体が宙を舞った。
前世で経験した逆バンジーを思い出しながら、俺は目の前に広がる藁を
なすすべなく見ていた。
「なんだい、これは?」
乗馬が終わって、馬を戻しにきたヨウゼンとカナメが2本の角を
生やした藁の山を見てフミノに聞いた。
フミノはにっこりと笑って、作品名を告げた。
「兄弟愛」