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水盃って縁起わるくね?

廊下からこちらを見ていた子供は、俺と目が合うと

こいこい、と手招きしてきた。

おねえさんを起こさないように、横へズレながら布団から抜け出す。


近づくと子供はニカっと笑った。

「喉乾いたろ?」

確かに喉が渇きを感じていたので、頷いて応える。


「飲みにいこうぜ」

退社後のサラリーマンのようなことをぬかす子供が可笑しくて

俺もニパっと笑って頷く。


ついてこいと言わんばかりに先へいく子供の後に続く俺。

歩きにくい。

体のバランスが悪いというか、右足を出すと重心が右に傾き

左足を前に出すと体が左によろける。


「おっせぇなあ」

にやにやしながら、先へ行っていた子供が戻ってきた。

何を二やついてやがる。好きでぐらついているわけじゃない。


子供は俺の手を握って、引きはじめた。

引っ張るというよりは倒れないようにバランスをとってくれている。


こいつ、いい子じゃないか。

この子といい、おねえさんといい、本当にいい人だと思う。

この人たちと家族でいられるなんて、相当良い環境だ。


むしろ自分がやっていけるのか不安になるくらいだ。

天涯孤独で生きていて、それが当たり前と受け入れて生きてきた。

ここに至って、自分の25年生きてきた記憶や経験が邪魔になる、

そんなことを考えていた。


もし自分が神様にわがままを言わずに、前世の自分を捨てていれば

こんな不安はなかっただろう。

神様は多分このことをわかっていて、記憶を消そうとしたんだな。


そういえば神様出てこないんだけど、約束覚えてくれているんだよな?

神様の配慮も理解できているのに、未だに過去の自分を捨てられない。

そのうえ神様の口約束を疑っている自分もいて・・・

俺って本当にどうしようもない。


「ついたぞー」

どうやら連れてこられたのは台所のようだ。

前世で博物館で見た、江戸時代のそれを思い起こさせる。

明治時代かな?どちらにしても生活レベルは高いと確信できる。


「ちょっと待ってろよ」

子供が手を放して水桶に向かう。

2個の木製コップに手早く水を満たすと戻ってきた。


「ほら飲めよ」

片方のコップから水を飲みながら、俺にもう一方のコップを差し出してきた。

両手で受け取って口をつける。

水うめぇ。


思いのほか身体は水を求めていたらしい。

歩くときは身体がいうことを聞かない感覚に辟易していたが、

そんな感覚を忘れたように水を飲みほした。


「うまいか」

笑顔の子供が俺に話しかえる。

俺も笑顔で何度もうなずく。

身体が喜んでいるよ、と言ってやりたいくらいだ。


「そうかそうか」

子供は満足そうにうなずく。

俺は彼が続けた言葉を理解できなかった。

「お前家族になるんだろう?」


ん、なるんだろう?

俺たちは他人っていう設定なのか?

俺の疑問は表情にでているはずなのだが、

子供は気にせず語り続ける。


「なら俺が兄ちゃんになるんだからな」

そこまで話して俺の疑問を帯びた表情に気づいた彼は、

俺の疑問を彼なりに察した。

「だってお前いくつだよ?」


とし?年齢か?

自分の身体の大きさや動きの悪さから適当に判断してみる。

子供に向けて、手を広げてみせた。5歳ってところか。


「んなわけあるかよ!」

子供は半ば呆れたように声を上げる。

「同い年なわけないだろう。自分の年もわからないのか?」


実際わからない俺は、5歳の子供の言葉にリアクションを返せず、

思わず下を向く。

5歳児に言い負ける25歳って・・・


子供は俺の肩をパシパシと叩きながら宣言を連発する。

「これからはバン兄ちゃんと呼べ」

いいけどさ。

「バン兄さまでもいいぞ」

気持ち悪いよ。

「でも呼び捨てにしたらブンなぐってやるかんな」

ジャイアンかよ。

「お前弟なんだから、兄のいうこときくんだぞ」

まあ、そうかもね。

「弟といったら子分なんだからな」

違うと思います。

「俺は欲しいっていったら貸すんだぞ」

ジャイアンかよ。

「お前のものは俺のものなんだから」

ジャイアンかよ。


ジャイアン率の高い要望は結構なんだが、俺自身の事情をどのように伝えたらよいものか。

腕を組んで思案していると、問題は勝手に解決された。


「お前さ、さっきから何も言わないのな」

コクコクとうなずいて応える俺。


「もしかして喋れないの」

バン君は利発なお子様なのね。

コクコクとうなずいて応える俺。


「マジで?」

コクコクとうなずいて応える俺。


「そうかー、そりゃ不便だなー」

今度はバンが腕を組んで思案している。


そうだよな。彼のこれまでの発言から察して

俺はどうやら養子らしい。

弟になる奴が喋れないのは、子供心に足手まとい感があるだろうな。


そうか、養子なのか。

今回も俺は天涯孤独なんだな。

胸に冷く重いものが広がっていく。


腕を解いて、俺を見てニカっと笑う。

「じゃあ俺が守ってやんよ」

その顔は自信に満ちていた。

「なんたって兄ちゃんだからな」


5歳児の宣言で、俺は全く別の何かが俺の胸に広がるのを感じた。


5歳児が25歳をなかせるじゃないよ。




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