転生に特典がないのはまちがっている
自分が子供のころは、死んだ後に最初に見る風景は三途の川と相場は決まっていたものだ。
足元の川辺は一面の花だったり、歩くのもおぼつかない石だらけだったりして、
目の前には川が広がり、対岸には自分が知っている故人らが手を振っている。
いつのころからか死んだあと最初に見るのはこういう部屋って話は誰が作ったのだろう。
天井から壁から、部屋に繋がる唯一の通路まで白一色、通路はどこまでも長く先が見えない。
室内にある調度品は今座っている白い椅子のみ。
俺は椅子に座ったまま、ここへ自分を呼んだ人物が現れるであろう通路をじっと見ていた
突然右肩に軽い感触、次いで声がする。
『調子はどうかな?』
心臓が口から飛び出るほどビビった。
反射的に振り返ると白髪のおじいさんは穏やかな笑顔を向けている。
何が起きた?後ろから肩を叩かれた。どっから現れた?
通路からは目を逸らさなかった。
超スピードだとかそんなチャチなものじゃあ断じてねえ、もっと恐ろしいもの片鱗を味わったぜ。
晩年は亀になった、俺の中で最も有名なフランス人と初めてシンパシーを感じた。
かもーん、ポルポルくぅ~ん。
いかん我ながら混乱している。
『調子は、どうかな?』
今度はゆっくりと噛んで含めるような言葉遣い。
言葉が一文字ずつ心に染みるようだ、はぁ落ち着いてきた。
「し、失礼しました、ちょっと驚いてしまって」
流石に失礼なリアクションだったな、と思いいたり謝罪。
『ほっほっ気にせずとも良い、通路を飛ばしてきた儂が悪かった』
おじいさんは穏やかな表情のままだ。いい人そうだ、けど飛ばすって何?飛んだの?
改めておじいさんに目を向ける。
白髪、白髭、白いローブに木の杖、指輪を捨てにいく大賢者のようだ。
『さて、河合壮太くん』
「はい神様」
俺の反応におじいさんは首をひねる
『なぜ儂が神とわかった?』
「俺の最後の記憶と、白い部屋、あなたの外見、そらわかりますよ」
おじいさんこと神様は自身の恰好を見直している
『こうなっておったか』
何がこうなのだろうか?
『時間がないのだが、説明なしとはいかんな。まず訂正をしよう』
あごひげをいじりながら、神様は続ける
『この部屋は白い部屋と決まっていないし、この姿も儂の姿とは言い難い』
ちょっと何を言っているのかわからない。
『ここはな君と世界が繋がる場所よ』
神様は説明を続ける。
この部屋というか空間は自分のものらしい。
肉体を失った精神が保存される箱だとか。
空間内は俺のイメージに支配されていて、部屋のデザインから神様の姿まで
自分が作りだしたものなのだってさ。
『故に君が願えば全てが変わる、この空間内ではな』
精神世界は白い部屋と自分が思い込んでいるから白い部屋となり、
神様は白いおじいさんという思い込みが神様の姿をそうさせているのだと。
イメージ次第で自由にカスタマイズ可能だそうだ。
ほんまかいな。半信半疑でイメージする。
そうだな。ここはニューヨーク、ニューヨークのアパート、アパート・・・
白い壁はすべて窓ガラスに変わって、外の景色はニューヨークの夜景だ。
と言ってもエンパイアステートビルくらいから知らないから本当にそうかはわからない。
床はフローリング、調度品もダークブラウンのソファー、背もたれと膝かけが同じ高さの奴だ。
楕円形のテーブルに猫足のバスタブ。
あれ?ベスタブって室内にあるものか?まあいいや。
調子に乗ってイメージを次々変える。
ドーム球場内風、美術館風、ライブハウス風、教室風、囲炉裏端風・・・
『で、イメージの終着点がここというわけじゃな』
四畳半の畳張りにちゃぶ台一つ。ラーメン大好きな人の部屋だ。
ちゃぶ台に向かい合って座る俺と神様。
そもそも部屋がどれだけ変わっても神様の外観が変わらないから
どの部屋のイメージもシュール感が漂ってしまう。
神様がちゃぶ台で正座は絵面がよろしくない。
やはり神様といえば女神でしょう。
金髪の腰まであるロング、白い絹のドレスをまとったボンキュッボン、現れよ!
・・・おじいさんは変わらない。
目を閉じて気合を入れなおす。
より強いイメージ。最近見たアニメに宴会芸ができる駄女神をイメージ。
キタキタ来ました、瞼の裏にハッキリ写る女神のイメージ、今度こそ!
・・・やはりおじいさんは変わらなかった。
『そろそろよいかな?時間がないのでな』
四畳半の部屋でOTLしている俺に神様が申し訳なさように声をかけてきた。
『君は転生する』
結構重大なことをあっさり言ってくれる。
「誰もがそうなるのですか?」
『君がたまたま選ばれただけじゃな』
「何のために」
『互いの世界に利益がある、詳しく聞きたいかな?』
んー、別にいいかな、振っといてなんだけど。
「結構です」
『それは助かる。時間がないのでな』
押してるアピールがちょいちょい入るね。
「俺は何をすればよいのでしょうか?」
大切な確認事項だ。
魔王を倒すのか、魔王になるのか、はたまた別の使命があるのか・・・
『特に何もない』
神様は事もなげに言う。ないのかい。
『思う通りに生きてくれれば良い、長く生きては欲しいがな』
願わくば、多くの人と触れてほしいとは願っていると付け加えられた。
引きこもりは勘弁ということか。
でも都合が良い、前世の知識を使ってチート人生に制限なしというわけだ。
『では現在の記憶を分解して転生先へ移ってもらう』
あれ?分解?
「待って、待って、待ってください!」
先へ進めようとする神様を慌てて止める。
「分解って何ですか。前世の記憶消えちゃうんですか?」
声が上ずっているが、焦っているから直せない。
神様は、俺の焦りが理解できないらしい。
『前世の記憶をそのまま持ち越して生まれる者など、おらんよ』
そらそうですよね、普通はね。
「でも俺は転生者ですよね?」
『左様』
「何か特別な特典とかないんですか?」
神様は俺の言葉を聞いて、目を閉じる。
そしてカッと目を見開て口を開く。
「・・・特にないのう」
なんじゃそりゃあぁぁaaaaa。
「それはないですよ、あんまりだ!」
俺は勢いのまま続ける。
「前世で何になることもなく死んで、選ばれたと思ったら、本当に選ばれただけなんて」
「前世の記憶くらい何とかなりませんか、人間の脳は使われていない部分が沢山あってですね」
人間の脳は10%しか使っていない、30%だっけ?まぁいいや。
「そういうところへ差し込んだり、なんとかなりませんか?」
『それデマじゃよ』
軽く微笑んで神様が返す。軽く馬鹿にされた?
『人間の脳はほぼ全て役割が決まっていて、そこまでの空きはないよ』
一転神様は真面目な表情で俺の方に手を置く。
『記憶の引継ぎは、君の体に負担をかける。それはしたくないのじゃ。わかっておくれ』
ゆっくりと噛んで含めるような言葉遣い。
この諭しかたに俺は弱い。
返す言葉がない。
下唇を噛んで俯くしかできない。
ネゴることもできたかも知れない。
でも神様相手にそんなことはしたくない。
『ではこうしよう』
見かねてくれたのか、神様が一案をもちかける。
『ある程度まで、今の記憶を持ち続けられるようにしようではないか』
マジか!でも負担とかあるんじゃ・・・
『その間は儂が傍でその負担から君を守ろう』
俺に浮かんだ疑問に答えるように神様は続ける
『時期は言葉を喋りだす頃かの、これが限界じゃ』
「ありがとうございます」
俺は頭を下げる。
『仕方ないの。では進めるぞ。少し遅れてしもうたわい』
神様は苦笑いをうかべながら、俺の頭に手を置いた。
『この世界へようこそ。新たなる魂よ』
ニヤリ。言葉を喋りだす頃ね。
絶対しゃべらないもんね。