~マリーとオレンジピール~
「あなたにぴったりのお料理を! ようこそハニーガーデンへ」
頭に赤い大きなリボンをのせたポニーテールの女の子、ローラがパタパタとせわしなく走っています。その手には木の板に大きく「ハニーガーデン」とかかれた看板が握られています。その看板を、お庭でお花が一番きれいに咲いている豪華なところに、「うんしょ」っと立てました。
「セーラ、看板、ここでいいかなー?」
ローラがお店に向かって声をかけると、開いていたドアのすきまから、両方
の三つ編みの先に青いリボンをつけた女の子、セーラがひょこっと顔をのぞかせます。
「わー、いいじゃない。たんぽぽ、あさがお、シロツメクサ。かわいい花たちががシンプルな看板を飾ってくれて、とっても素敵だわ。ローラはやっぱりセンスあるのね。」
大好きな妹、セーラに褒められて、ローラはあったりまえでしょーっと得意気です。
「でもローラ、のんびりしている暇はなさそうよ。そろそろお店のオープン時間になっちゃうもの。」
セーラがせかすように言いました。
「だね、セーラ。でも準備はほとんどできているよ。あとは店内の飾りつけだけだもん。へーきへーき。さっさと終わらせちゃおうー。」
二人はドタバタとお店の中へ入っていきました。今日は仲良し姉妹、ローラとセーラのお店「ハニーガーデン」がオープンする日です。
二人は朝から大忙しでした。お店の名前にもなった大好きなお庭、“ハニーガーデン”をきれいに整えたり、野原にいるような鮮やかな若草色のカーテンを窓にかけたり、テーブルに摘んできたお花を飾ったり。ハニーガーデンをオープンさせることは二人にとって大きな夢でしたから、今日という日を心待ちにしていたのです。
いつも元気であわてんぼうの、赤が好きなお姉ちゃんローラと、おしとやかで心優しい、青が好きな妹セーラ。2人は食べ物の力でみんなを笑顔にしたいという信念をもってこのお店を始めることにしました。
ボーン、ボーン
古い大きな振り子時計が12時になったことを伝えました。この振り子時計は二人が生まれるずっと前からここで家族を見守ってきた時計です。
二人は顔を見合わせて「うん」っとうなずき合い、
「さあ、開店よ」
ローラがワクワクした声で言うと、セーラが思いっきりドアを開きました。
「カランカラーン」
ベルの音とともに、ドンっと大きな音がして
「いったーーい。」
そこには女の子がしりもちをついて倒れていました。
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「まったく今日オープンする店がどんなところか見に来たら、とんだ災難だわ。」
マリーと名乗った女の子は、ぷりぷり怒っています。セーラはマリーをソファに案内して、謝りました。
「ごめんなさい。私たちちょっと張り切りすぎちゃって……。その…悪いことをしたわ。ごめんなさい。」
しかしマリーは、眉をひそめて、オレンジ色のワンピースを摘み、土がついて汚れたところを見せます。「せっかく今日はおめかししてきたのに、これ!どうしてくれるのよ!」と、なかなか機嫌を直してくれません。
妹思いのローラは、マリーがいつまでも、ぷんすかしていることに納得がいきません。そんなに怒ることないのにと心の中で思いました。どうしたらマリーの機嫌は直るのでしょうか?
あっそうだわ、マリーが落ち着いて話ができるようにハーブティーをだしてあげよう。
ローラは、火山みたいに顔を真っ赤にして怒っているマリーに気づかれない様、こっそりセーラに「ここはまかせた」の意味をこめたウインクして、奥のキッチンへパタパタと消えていきました。
セーラの目が「裏切り者―。置いていかないで―。」と言ってるような気がしましたが、見なかったことにしました。
マリーみたいに、イライラしている心を落ち着かせるには、オレンジフラワーがよさそうです。ローラはさっそくひみつの花園(ティーパック入れの名前。2人で考えたの)からオレンジフラワーのパックを取り出し、パパからもらった、ピンクの花があしらわれたエレガントなポットに入れ、お湯を注ぎました。
ふわーーーっとオレンジのさわやかな香りがキッチンを包みます。
「うーーん。すっごくいい香り。嫌な気分もあっという間に晴れになれそう。じゃあじゃあ最後のお・ま・じ・な・い。」
そういってローラはとろーり輝くはちみつをたっぷりとスプーン一杯分落とし、ゆっくりと混ぜながら、
「マリーの気持ちが落ち着きますように」と気持ちを込めたのでした。
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そのころ、マリーはまだセーラに向かってあれやこれやと怒り続けていました。次から次へと出てくるマリーの言葉に、セーラはだんだん悲しくなってきました。今にも泣きだしてしまいそうです。
その時、キッチンからローラが現れました。入れたてのさわやかなティーと一緒です。ローラはこのピリピリとした空気を変えようと明るい声でいいました。
「お二人さん、オレンジフラワーティーはいかが?」
ごくん
「……」
マリーはオレンジフラワーティーを一口含むと、人が変わったように静かになりました。さっきまでの威勢はもう見当たりません。あんまりの変わりように、ローラとセーラがどうしたものかと戸惑ったとき、「ごめんなさい。」とマリーは、ゆらゆらとうごめいているティーの湯気をながめつつ、つぶやくように謝りました。気まずくて、2人の顔は見れません。
「あぁ、またやっちゃった。私って、ダメな子だわ。」
そういうと、これまた唐突にわぁと泣き出してしまったのです。2人はびっくりして、マリーに駆け寄りました。
「マリー大丈夫?落ち着いて。」
ローラは、マリーの手の中でがたがたと震えて、今にも零れ落ちそうなティーカップを代わりに持ってあげ、テーブルの上にそっと置きました。
「そうよ、怒っていると思ったら、今度は急に泣き出したりして。ねえ、何があったの?、私たちに話してみない?」
セーラは優しくマリーの震えている両手を包み込んであげます。
マリーはどうしようか数秒間悩んだのち、意を決したように、ぽつりぽつりと話始めました。
「私って……、すごーく…怒りやすいの。」
うん、確かに。と2人は思いました。出会った瞬間から怒っていたのですから無理もありません。
「学校でもよくお友達とけんかをしちゃうんだ。でもそんなのちっともかまわない。私は親友のサシャさえいれば誰とけんかしようが、仲が悪くなろうが、何の問題もなかったのよ。でも昨日は…」
マリーはまた悲しくなって口を閉ざしてしまいました。
「昨日、親友のサシャとなにかあったのね。」
セーラはマリーの言葉から推理して続きを促します。
「セーラのいうとおりよ。
私、大好きなサシャを怒らせちゃった。ううん、それよりももっとひどいこと。サシャを悲しませちゃったの。」
マリーはサシャとのけんかを思い出して顔を両手で覆いました。
泣きながらも一生懸命二人にその時のことを伝えます。
「あの時、私クラスメイトとけんかして腹が立っていたの。
それでつい、ついよ、このイライラした気持ちを心の中から出したくて、目の前にあったものを投げて八つ当たりをしちゃったの。」
「ものに当たってしまったのね」
ローラが探偵みたいに人差し指を自分の頭にトントンとしながら推理します。
「そうなの。その、思わず投げちゃったものが、サシャの大切にしていたキーホルダーだったのよ。はっと気づいた時にはもう遅くって、いつも優しいサシャの顔が真っ青になったと思ったら、だんだん真っ赤になって…ね」
マリーはその時の光景を思い出しているのでしょう。次第にまつげが下がっていき、つぶやくような小さな声で
「マリーなんて大っ嫌い、大大大大大っ嫌い。…もう一生口きかない。っていわれちゃった。」
マリーは目を伏せます。またボロボロと雫が溢れて、止まりません。
セーラはそんな様子に心を痛めながらも、正直に伝えてあげます。
「マリー、言いづらいことだけど……それはサシャが怒っても仕方ないわよ。誰だって自分ものを投げられたら怒ると思うわ。」
「私だって投げるつもりはなかったの。大好きなサシャのキーホルダーならなおさら。でも私って頭に血が上ったら、もう体中の全部がマグマみたいに熱くなって、イライラでいっぱいになっちゃうの。ああ、私のせいでサシャを、サシャと私の一生の友情を傷つけてしまったわ。親友を悲しませるなんて、私って本当にダメな子。」
マリーはとことん悲しみに耽るタイプのようです。
「大丈夫。マリーはダメな子なんかじゃない。今だってちゃんと自分が悪いことをしたって気が付いていて、親友を悲しませてしまったことを後悔しているじゃない。」
ローラはマリーを勇気づけようと両手をにぎって、ぎゅーっと力をこめました。
「そうよ。次からはおんなじことをやらないように、気を付ければいいだけのこと。」
セーラも三つ編みを揺らしながら微笑みます。
二人の言葉にマリーの心は少し柔らかくなったようでした。
「でも、あれからサシャ、まったく口をきいてくれないの。
何度も話しかけようとしたけれど、私を見たら逃げてしまうの。こんなことってはじめてよ。私、どうしたらいいかしらローラ、セーラ。」
マリーは少し冷めたオレンジフラワーティーを一口こくんと飲み、「はあ」とため息をつきました。
「二人、もう一度向き合えば仲直りできると思うわ。コツは心と心で話をするのよ。マリーの気持ちをしっかり伝えて。」とセーラ。
「それから、怒りっぽい性格も直していく努力をしなきゃ。私いい方法をしってるよ。頭に血が上ってかぁーってなったらくだらないどーでもいいことを考えると、いつの間にか怒りってどこかに消えて行ってしまうものだから。」
「例えば、どんなこと?」
セーラが面白がってローラに質問しました。
「うーん、校長先生のぴかぴか頭に……、ちょうちょが止まっているところとか!」
「ローラ!それおもしろすぎ」
ケラケラお腹を抱えている二人を見ていると、マリーの頬もいつのまにか上がっていました。
ひとしきり笑い終えたローラはマリーと向き合います。
「ね、熱いマグマの怒りを海の波がざっぶーんって消してくれたみたいでしょ。頭がすっきりするでしょ。そうやってなんとか怒りを鎮めたら大抵のことはいい方向に進むの。」
「マリー、私たちにも仲直りのお手伝いをさせて!
いい考えがあるの。明日またハニーガーデンに来てくれないかしら。」
さっきまでとは一転、わくわくとした空気が流れてきました。
「うん、わかったわ。私も、もう一度よく考えてみることにする。じゃあ明日。」
少し元気を取り戻したマリーの背中を見送った後、ローラとセーラはさっそく作戦会議を始めました。
「二人でゆっくりと話をするためにはどうしたらいいかしら。」
「やっぱり一番の問題は、マリーの、すぐかぁーってなっちゃうくせだよね。頭に血が上っていたら話をするどころかまたけんかになっちゃうもの。」
「じゃあ、心が落ち着くハーブを使いましょう。さっきローラが出してくれたオレンジフラワーティー一口含むだけで私すごくホッとしたわ。マリーにいろいろ言われて悲しくなった気持ちをふわりと和らげてくれたの。だからね、オレンジを使ったお菓子をつくらない?」
「それいい!やっぱり女の子にお菓子はかかせないよね。オレンジピールだったら、見た目もかわいいと思う。」
「それで、それで、お話しながら片手でつまめて、食べやすいのがよさそう。いいレシピがないか調べてみましょう。」
2人はママの書棚に駆け寄っていき、お菓子のレシピを探します。
マフィンにタルトにシフォンケーキ。おいしそうなお菓子がたくさん載っているレシピ集の中で二人が選んだのは、
「「クッキー」」でした。
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翌朝、昼下がりのお日様が一番元気な時に
「こんにちは」
とマリーがやってきました。
「マリー、いらっしゃい」
セーラがさわやかなアジサイ柄のエプロンをつけて出迎えます。
「さあ、マリー早く来て、私たち朝いちばんで森の市場に買い出しに行ってきたのよ。材料はばっちり!新鮮でいいのをそろえてあるわ。」
バラ模様のエプロンを身にまとったローラが、マリーにエプロンを手渡しながら今にも待ちきれない様子でせかします。
マリーも手をしっかり洗って、マリーゴールド柄のエプロンをつけたら、
さあさ、おまちかね「仲直りクッキー」作りの始まりです。
「クッキーって簡単なのよ。材料をボウルにぜーんぶ入れてまぜて、型抜きすればいいだけだもの」
「簡単でおいしいなんて、最高のお菓子でしょ」
3人はわいわいと楽しいおしゃべりをしながらバター、砂糖、小麦粉、を混ぜていきます。できた生地を寝かせて、そして型抜。形はサシャのキーホルダーの人形を模しています。最後にリボンの形に切ったオレンジピールをマリーの手にそっとのせました。リボンの形には「絆」という意味が含まれています。
マリーはまだサシャとちゃんと仲直りできるか不安でしたが、ローラとセーラ、そして自分を信じて
「サシャときちんと向き合えますように」
という思いを込め、リボンのオレンジピールを人形クッキーの頭にのせました。
クッキーをオーブンで焼くこと20分。
こんがりと少し焦げのついたクッキーの香りに、ほんのりさわやかなオレンジの香りがのっかって、ハーモニーをかなでています。ハニーガーデン中に漂香ばしい匂いに心が弾んできました。
ピピピピ
「焼けた!」
3人はオーブンにかけよります。
ローラが扉をあけ、クローバー柄のミトンをはめたセーラがオーブンから取りだして、マリーがテーブルのお皿にうつします。かわいい人形のクッキーが二つにこにこと笑っていて、気分まで明るくなれそうです。
少し冷まして熱が取れたら透明なラッピング袋にオレンジ色のリボンをかわいく結びました。
「すーーーー、はーーーー」
マリーは緊張した面持ちでハニーガーデンの扉の前に立ち、深呼吸をしました。
「大丈夫よ、マリー。」
「今のあなたなら、サシャもきっと向き合ってくれるわ。」
ローラとセーラが背中を押します。
「うん。」
扉を開けたマリーは、とっとっとっと歩いて、くるりと二人の方を振り返ります。
「二人ともありがとう。私大丈夫。サシャにきちんと謝って、自分だけじゃなく、人の気持ちを考えられるように、やってみる。」
そういって思いっきり駆け出していきました。
ローラとセーラーは味見用にとっておいたクッキーをかじりながら
「ねえローラ、今頃マリーたち楽しくおしゃべりできているかしら。」
「きっと大丈夫。友達どうしって、けんかして仲良くなっていくものなのよ。”雨降って地固まる”とか、”けんかするほど仲がいい”とかっていうじゃない。私セーラよりもお姉さんでけいけんほうふだからそういうこともわかるの。」ローラが得意げにいいます。
「ケンカして仲良くなるってなんだか不思議だわ」セーラは首をかしげました。
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からんからん
勢いよく扉がひらきます。
「こんにちは。ローラ、セーラ。」
マリーが満面の笑みでかけてきました。
「二人に報告♪ 昨日サシャと仲直りすることができたの。」
それを聞いて二人は安心すると同時に、心がホカホカと温かくなりました。
「マリー。よかったね。」
「私たち、マリーのお役に立つことができて、とってもうれしいわ。」
マリーは、ぱっと両手を広げたかと思うと二人の手をがしっととって、
「ほんとに二人のおかげよ。ありがとう。」とお礼を述べます。
「でも、私が頑張らなきゃいけないのはこれからなのよね。この怒りっぽい性格をなんとかしなきゃまたサシャを傷つけてしまうかもしれないから。
心を落ち着けて自分としっかり向き合えるように私なりのやり方を探してみる。失敗したらまた来てもいいかしら?」
「「もちろん」」
二人の声が重なります。
マリーは、一歩成長して、少し大人な顔つきになったようでした。
「ねぇ、マリー、今度サシャと二人でハニーガーデンにいらっしゃいよ。」
セーラがいいことを思いついたという顔で提案します。
「セーラ!いい考え。今度4人でお茶会を開こう。私たちにサシャを紹介して。」
ローラがワクワクとしながらマリーにお願いします。
「えっ、いいの?
きっとサシャ大喜びするよ。サシャはお料理大好きだから。うわぁ、私もとっても楽しみになってきた。じゃあ、絶対、約束ね。」
マリーは二人に手を振りながら、「サシャが待っているんだ」と北風のようなスピードで走っていきました。
ローラとセーラは顔を見合わせてにっこり。
「マリーが元気になってよかったわ。」
セーラがイキイキと咲いているマリーゴールドの花を花瓶に生けながら話します。
「ほんと、私はじめはこんなおこりんぼさんがはじめのお客さんだなんて、なんてついてないんだろうと思ってたの。でもじっくりと話を聞いたら、そんな怒りんぼマリーも、普通の女の子なんだって気が付いて、私、マリーのこと何にも知らないで決めつけていたこと、心の中でひっそりと反省した。」
ローラはセーラの顔をみて、ぺろっといたずら気に舌を出しました。
「実は私も。」
セーラも同じくペロっと舌を出して告白しました。
草のにおいをのせたさわやかな風が二人の間を通り抜けていきます。
「ねえ、4人のお茶会の料理は何にしようか」
「このスイートバジルでパスタなんてどうかしら」
「うんうん、おいしそう。でもチキンソテーに添えてもおしゃれだと思わない?」
「デザートも考えなくっちゃ」
太陽がサンサンと明るく輝くハニーガーデンには、今日も二人の楽しそうな声が響いています。