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赤眼のリベリオン  作者: 凛音
一章
3/11

卑赤ということ

 メルマインと名乗った女は、自分の紹介を終えるとギーアに視線を向けた。次はお前だ、という事だろうか。

 面倒くさいと思いつつ、ギーアは憮然と答える。


「ギーアだ」


 たった一言で終えた自己紹介にバンサックが呆れた顔をした。もう少しあるだろ、という顔だ。

 しかしメルマインは気にした風もなく、相変わらずの笑みを浮かべている。


「百鬼くんね、よろしく」



 ──喧嘩を売ってるのか?


 本名を名乗ったのに二つ名で呼ばれる屈辱。自分が考えたものではないのだから、尚更だ。


「それと、さっきはごめんなさいね。あなたの評判はよく聞いているし疑ってはいないんだけど、やっぱり信じられなくて」


 苛つきを隠しもせず顔に浮かべるギーアを完全に無視してメルマインは白々しく謝罪した。さっきとはあからさまな侮蔑と挑発の事だろうか。

 ギーアはどうでもいい、と心の中で吐き捨てた。既にメルマインの評価は落ちようもなく落ちていて、多少の謝罪でどうにかなるものではなかった。

 それを感じ取ったのか、メルマインは苦笑する。


「でもさっきので分かったわ。実力自体は後ろの彼に邪魔されて分からなかったけど、『赤持ち』が高度な空間魔術を使えるなんて聞いた事がないもの。

 あなたは間違いなく、他の『赤持ち』とは違うわ」


 空間魔術、というのはギーアが瞬時に刀を呼び出した時のことを言っているのだろう。

 亜空間を作りそこに物を収納することが出来るのは空間魔術の使い手の中でも一部の限られた者だけで、それこそ一部の宮廷魔術師や、高ランクの冒険者でもなければ使えないような高等技術だった。それを卑赤(レコース)であるギーアが使っていることにメルマインは驚いたのだろう。

 正確には空間魔術ではないのだが──ギーアは否定しなかった。ただ黙ってメルマインの言葉を受け止めた。


「見たところ卑赤(レコース)であるのは間違いなさそうだし、突然変異のようなものかしら」


メルマインはしばらく興味深そうにギーアを見ていたが、やがて惜しい、とでも言いたげに目を細めた。


「支部長さん、やはりお譲りしていただく事はできないんですか? ()()()()()()()()()()()()()()


 ぴくりとギーアは眉を上げた。彼女の今の言葉は、明らかにギーアの事を指していた。

 メルマインの言葉を受けたバンサックは、渋い顔で首を振る。


「俺はコイツを所有してるわけじゃないんで」

「あら、そうなんですか? ──それなら、私が貰ってもいいのかしら」


 ──これだから、人間は。


 自分が優位であると疑ってすらいない。歪に積み上げられてきたこのピラミッドの最下層で、彼らが奴隷と同じような扱いを傍受することが当たり前だと思い込んでいる。卑赤(レコース)を虐げる事は当然の事だと。


 ギーアが冷静に目の前の女をぶった切ってやろうかと思っていることを察したのか、バンサックは大きく咳ばらいをした。


「残念だが、コイツはギルドマスターからも身元を保証されてる。下手なことをすればあんたの立場のほうが悪くなるんじゃないか」

「そう……本当に残念だわ」


 悪びれもせず女は言う。ギーアは黙って取り出しかけた自身の愛刀を手放した。



 大量の卑赤(レコース)を所有し、聞くに堪えない実験を繰り返していた男が新たな魔術を開発して称賛された事は聞くに久しい。その所業を非難したのは一部の物好きだけで、多くの国民は手放しで褒め称えた。

 まだ冒険者として活動したばかりだったギーアは、自分と同じ人間の犠牲を積み重ねて作り上げられたそれを何の忌避感もなく扱う人々に対して、言いようのない嫌悪を感じたのを覚えている。それと同時に、どうしようもない虚脱感も。


 今感じているのはそれだった。

 自身の存在を軽視される憤りと、それを甘んじる世界に対する諦観。


 ──どうせこいつらは変わらない。


 言うだけ無駄。

 理不尽のまかり通る世界で、彼が学んだのは諦める事だった。


「それで、お忙しい理事長様がわざわざギルドまで何しに来たんだ」


 明らかな皮肉にもメルマインは笑ってみせた。未だ彼女が笑顔でない顔を見たことがない。言葉の通りで面の皮が厚いようだ。化けの皮と言うべきか。


「私は確かめたかっただけよ。でも、あなた達は私に用があるんじゃないかしら」

「……どういうことだ」


 それはメルマインにではなく、バンサックに向けられた言葉だった。

 訝しげに見つめるギーアにバンサックは大きく息を吐いた。代わりに、メルマインがふふ、と笑みを浮かべる。


「支部長さんから、あなたが百鬼だとバレずに学院へ通えるよう手配してくれって言われたの。ほら、あなたもそんなことになったら色々不都合でしょう」

「……そういうこった。お前が人前で顔を晒したくないのは知ってるが、学院に通う以上、ずっと仮面被って生活するわけにもいかないだろ」


 確かにそれは必要なことだ。

 冒険者という職業柄、信用がなければ依頼を受けることもままならない。誰も卑赤(レコース)の子供に依頼を頼もうなんて思わないだろう。速攻でキャンセルされるに決まっている。


 その大切さが分かっているから、ギーアは素直に頷いた。しかし、一つだけ聞いておきたいこともある。


「どうしても学院に通わなきゃいけないのか?」

「義務つったろ。お前国からの命令に逆らえるのか?」

「でも魔術学院って自衛の為の訓練所みたいなもんだろ。俺には必要ないと思うんだが」

「あなたには必要なくても、他の人にはあるのよ」


 相変わらずの笑みでメルマインは紅茶を手に取る。すっかりアイスティーになっていたそれを一口だけ口にすると優美な仕草で口を開いた。


「今学院内でも噂になってるわ。あの百鬼が入学するっていうから、生徒はともかく教職員まで。

 前線で活躍するあなたには必要なくとも、それが彼らの学問へのやる気に繋がるの」


 彼女はにこりと笑うとそれに、と続けた。


「これだけ期待されてるのにあなたが入学しなかったら、私が怒られちゃうのよ」

「結局自己保身かよ」

「ふふ、まあね」


 繕いもせず堂々としている様はいっそ清々しい。ギーアは思わず舌打ちをしそうになった。


 バンサックは懐に手を入れると、一枚のカードを出した。


「てなわけで、お前の新しいギルド証はこっちで用意させてもらったぜ」


 新しいギルド証。バンサックがにやりと笑う。

 通常、一人が二つ以上のギルド証を持つ事は禁止されている。何らかの理由によってライセンスを剥奪された冒険者が、再び違う名で登録する事を防ぐ為の措置で、登録の際に自身の魔力データを提供しなければならないのだ。

 つまり一度でも登録してしまえばそれっきり、ということ。

 そしてその作れないはずの()()()()()()()()がここにある、ということは。


「うちの国のギルド長とギルドマスターには話は通してある。お前は有望株だから特別措置、だそうだぞ」

「それはありがたいが、また厄介事を持ち込まれそうだ」

「そもそもSランク自体多くないんだから仕方ねぇだろ。諦めてダンジョン攻略でもドラゴン討伐でも行ってこい」

「それくらいならまだいいんだけどな」


 先日、わざわざ国が指名依頼──という体をとった強制招集──をして来て、戦時中の敵国の将軍をどうにかして来いと言われた事を思い出したギーアはため息を吐く。その件については国際問題になる以上、独立組織であるギルドの一介の冒険者が関われることではないから、と断ったが。

 ギルドがそんな事するとは思えないが……権力者というのは信用できない。なるべくなら借りは作りたくなかったのだが。


「この件に関しては『より一層励むように』、としか言われてねぇけどな」

「いつもそれだ。何しろってんだよ」


 ギーアは大きなため息を吐いて渡されたギルド証を受け取った。そこには名前が空欄になっている本来のギーアのものとは違い、きちんとギーアの名前が書かれていて、示されているランクはFランク──つまり、一番下、冒険者成り立ての新人である事を示唆している。


「──では、入学するということでいいかしら」


 カードを渡す間静かにしていたメルマインが口を挟む。選択肢のないその問いに、ギーアはただ頷くことで答えた。

 それを受けたメルマインはにこりと微笑む。


「ふふ、それじゃあ情報の秘匿に協力することへの対価についてだけれど」

「は?」


 思わず声に出したギーアへ、メルマインは首を傾げた。


「何かしら」

「そんなこと聞いてない」

「あら、おかしなことを言うのね」


 まるで至極当然の事かのように。妖しく微笑む彼女はその金糸を揺らす。


「百鬼の正体を隠す事はあなた方の要請であって、私にはそうする事への理由も利点もないのよ? それなのに協力してあげるっていうのだから、私にも見返りはあってしかるべきだと思わないかしら」

「……言いたいことは分かるが、順番が逆だ」

「言うまでもないことだもの」


 もっと早く、自分が了承するより先に言うことだろう、と言うギーアにメルマインは気づかない方が悪いと言う。ばっ、とバンサックを見ると手を上げて首を振っていた。知らされていなかった、ということだろうか。後ろを振り返るとレーベルも静かに首を振っている。


「レーベルさん、でも」

「ギーアくん。確かに知らされてはいませんでしたが、彼女の言い分は聞いた方がいいでしょう。

 ギルドはあくまでも独立組織。国の運営する学院に介入する事がまず異例なのです」


 要求はもっともですしね。

 レーベルはそう言ったが、内心の不満が顔に出ている。しかし多大な顰蹙(ひんしゅく)を受けつつもメルマインは意にも返さない。心臓がオリハルコンでできているかのような図太さだ。


「それで、私の要求を聞いてくれるのかしら?」


 再度の問い。決して笑顔を崩すことのないメルマインに、コイツとは合わないなとギーアは思うのだった。



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