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赤眼のリベリオン  作者: 凛音
一章
2/11

Sランクと魔術学院

 支部長の部屋は二階の廊下を真っ直ぐ行って、一番奥にある。他の部屋と比べて細かな装飾の施された扉をコンコンと軽くノックすると、ギーアは返事を待たずにドアを開けた。

 そして中にいる人物、居ないはずの人物がそこにいるのを確認すると即座に閉め──ようとしたが、予想していたのかドアのすぐ側で控えていた歳若い青年が隙間に靴を挟んで阻止する。

 一瞬、ギーアはそのまま逃走しようかと考えたが、閉めようとしていた扉がものすごい力で開かれたかと思うと、いつの間にか目の前に立っていた、いつもの快活な笑みを浮かべた大柄な男がガシリと腕を掴んできた。みしっ、と嫌な音がする。ギーアはため息をついた。


「必死すぎるだろ」

「こうでもしないとお前は逃げるからな」


 正論だけに言い返せない。口を閉ざしたギーアに大丈夫だと判断したのか、男は掴んでいた腕を離した。その下にできていた赤い痣に眉をひそめる。そんな彼の様子に気にもかけず、男は青年に紅茶を出すよう指示すると、部屋のソファへ腰かけた。

 ギーアより二回りも大きな図体。それに鍛えられた体と頬についた深い傷跡が武人である事を印象付けるこの男こそ、王都レギジオンのギルド支部長であり、なおかつギーアの親代わりを自称しているバンサックだ。

 元はAランク冒険者だったらしいが、足の怪我を機に冒険者を辞めギルド職員になったらしい。ちなみに独身である。


 まあ座れよ、と言われる前にバンサックの向かい、高そうなソファに腰掛けるギーア。バンサックは何か言いかけたが、結局口を閉じた。ギーアは何かとバンサックに対して反抗的だし、今回は特に機嫌を損ねるだろうと予想していた。それというのも、理由は彼の隣、先程から腹の読めない笑みを浮かべてギーアを見つめている女性にある。

 腰まで流れる美しい金の髪に、整った白い顔立ち。一度見れば忘れられないような美貌の持ち主は、この国に何人もいるわけではない。事実、ギーアもこの女性に見覚えがあった。

 ソファに身を沈めたギーアは足を組んだまま、その仮面の下から女を睨みつける。黒いレンズ越しでもそれは伝わったのか、女はさらに笑みを深くした。


「話なら早くしろ」

「その前に、人と話す時くらい()()、取ったらどうかしら」


 にこりと女は笑う。

 ギーアはちらりとバンサックを見たが、彼はゆっくり首を横に振った。話した、という事だろう。勝手に。

 一つ大きく、舌打ちをする。そして諦めたように仮面に手を伸ばした。

 ぞんざいに外された白い能面の下から、二つの赤眼が女を射抜いた。ついでとばかりにバサりと外したフードからは、所々跳ねた黒い短髪。

 惜しみなく不満そうな顔を晒したギーアは、どう見ても年相応の少年だった。


 その、自分の不機嫌さをアピールするような表情に、女は愉快そうに首を傾げた。


「まさかとは思ってたけど、本当に卑赤(レコース)なのね」


 からかうような声音で告げられた言葉に、ギーアは思いきり目の前の女を睨みつけた。

 赤い、血の色で染まった瞳が獰猛に剥く。


「ふふ、ごめんねさいね。つい」


 言葉とは裏腹に全く悪びれる様子のない女は、分かって言っているのだろう。

 ギーアとしては、人のデリケートな部分にズケズケと踏み入ってきて笑うような女の振る舞いは、嫌悪を覚えるような度し難く頭に来る行為なのだが、それに対する、分かりやすく不機嫌な態度ですら彼女には手に取るまでもない些事なのだろう。

 つくづくむかつく。

 ギーアは分かりやすく舌打ちをした。女は笑っただけだった。


 少し空気が悪くなったところで、紅茶をいれに行っていた青年が帰ってきた。二十歳過ぎくらいの見た目だが、今年で三十七になったという青年は、よく三歳になったという娘の話をしている。

 王都の冒険者ギルド副支部長、レーベル。彼にも仕事はあるはずだが、ギーアの知る限りでは支部長の手伝いをしている所しか見たことがない。


 彼は香りの立つ紅茶を机に置くと、さっさと自分のデスクに引き返した。バンサックはまた仕事を溜めているらしい。横を通る際に睨み付けられたバンサックは小さく肩を丸めていた。

 見ての分かるように武人として生きてきたバンサックはその見た目通り、事務仕事が苦手だ。それをサポートする為に有能なレーベルを側に置かれたのだが、ほとんど全ての仕事を丸投げするためよくレーベルに怒られている。

 その様は母親に叱られる子供のようだとギーアは思っている。


 バンサックは大きく咳払いをすると、まだ熱い紅茶に口をつけて机にコトリと置いた。


「それで、話なんだが──」

「断る」


 即断だった。

 いや、初めから答えを決めていたかのような即決だった。


「……まだ何も言ってねぇよ」

「予想がつく。どうせ魔術学院の話だろ」


 ギーアは女を睨みつけて言った。この時期に彼女が訪ねてきているという事は、十中八九間違いはない。


 魔術学院とは、ナーナロク王国が十六歳になる国民に入学を義務付けている学院だ。そこでは魔術の使い方から様々な魔術の知識を学び、そして実践訓練を行う一種の傭兵訓練施設のようなものである。

 それ以前に一部の王族貴族が通う任意の学院も存在するが、この魔術学院は王国の至る所に建設され、王国民であれば誰もが通わなければならない。強さがそのまま権力に直結するような世界で、それでもこの国は平等だと、平民の子供でも強さを学ぶ機会を与えるのだと示したいが為の入学義務、というわけだ。

 だが既に世界でも有数の実力を持つギーアは必要のない事だし、何よりも他人に素顔を──この赤い目を晒したくはなかった。


 女はギーアの視線に薄く笑って、相変わらず内の読めない表情を浮かべるだけだった。ギーアはふん、と鼻を鳴らすと紅茶に口を付ける。


「確かに俺は今年で十六になったが、戸籍がないから入学義務は発生しないはずだ」


 正確にはあったが、死亡扱いされていることだろう。子供をスラムに捨てるというのは、そういう事だ。


 しかしそれを聞いてバンサックは首を振る。


「いや、残念だがお前は冒険者登録をする時に、年齢を答えてるだろ。ギルド証は一種の身分証みたいなもんだからな。当然、入学義務は発生する」


 ギーアは一瞬呆けていたが、次の瞬間には苦虫を十匹くらい噛み潰したような顔をした。年齢を答えるつもりなんてなかったのに、わざわざ支部長、つまりバンサックが出張って来て答えさせられた時の事を思い出したからだ。

 ギーアは当時九歳だったから、あまり幼い子供に冒険者はさせられないという言い分も理解出来たが、名前は無くても構わなかったのに、と憤った記憶はよく覚えている。


 そこへ女がふふ、と笑みを漏らす。


「つまり、公に最年少Sランクだってバレてしまってるあなたの負けね、百鬼くん。嫌なら変装の魔術でも覚えたらどうかしら」


 勝ち誇ったような顔。

 こいつは全部、何もかも分かってるくせにこういう言い方をする。ギーアが、《卑赤(レコース)》がまともに魔術も使えない事を分かっているのに。


 悔しさに拳を握りしめる。

 これ以上、何かを言うつもりならすぐにでも殺してやる。


 赤い目を血走らせるギーアに女は挑発的に笑った。

 獰猛な笑み。挑発、否、馬鹿にされている。


 そう認識したと同時、ギーアの左手には黒塗りの刀が現れていた。

 それをほぼ一瞬の内に抜き去ろうとし──




 ──突き刺すような冷気が部屋を駆け抜けた。


 柄に手をかけたままの姿勢でギーアは固まる。ギーアを止めようと思ったのか、同じように机の下の、恐らくは仕込みナイフへ手を伸ばそうとしていたバンサックも、そのままで動きを止めていた。女だけは何事も無かったかのように悠然と構えている。

 ピキっ。机に霜が降りる。


「喧嘩はいいですけど、外でやってください」


 そんな中、レーベルの冷たい声だけがいつも通りに苦言を呈する。彼は手元の()()()()()書類を次々と処理をしながら、一瞬だけ、その眼鏡の奥の怜悧な眼差しを女へ向けた。

 切れ長の、黒い目。


「それと、これ以上続けるなら──」


 視線はすぐに解凍され始めた書類へ戻されたが、代わりに常より鋭く、冷たい言葉が女へと投げかけられた。それを受けて女は、その余裕そうな顔で目を伏せる。口に出されることのなかった脅し文句にも、動じた様子はないが。


「ええ、そうね。何分、まだ信じられなくて」


 許してくれるかしら? と問いかける女に、レーベルは無言でもって答えた。だが女はそれで満足したらしい。未だ刀を片手に自分を睨み付けるギーアに対して、少しだけ険の取れた笑みを向けた。


「あなたが紛れもなくSランク冒険者だということは、しっかり理解しています。その上で試すような態度を取った事については謝罪するわ」


 柔らかな笑み。だが決して本心ではない。油断はできない。

 ギーアはそう判断して柄を強く握ったのだが、女の隣に座るバンサックがそれを止めた。緩く首を振る彼は既にソファに座り直し、ナイフは手元にない。


 バンサックは確かに面倒な大人で、ギーアも反抗的な態度で接しているが、今まで親代わりとして育ててくれた恩と信頼が無いわけではない。

 一つ舌を打つと、憤然と腰を下ろした。黒塗りの刀はいつの間にか消えていた。


「じゃあ、とりあえず自己紹介からでいいかしら」


 女は微笑む。ギーアは何も答えなかった。

 何の反応も無いことに女は少し困った顔をしたが、すぐに悠然とした姿勢で笑いかける。


「私は第一魔術学院理事長、メルマインと申します」


 よろしくね、と笑う顔に、ギーアは鼻を鳴らすのだった。



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