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赤眼のリベリオン  作者: 凛音
一章
1/11

差別国家ナーナロク王国


 ギーアは生まれてこの方、人に恩など感じたことは無いが、「ここ」に放り込む前に四歳まで育ててくれた両親の判断にだけは感謝している。

 そうでなければ、とっくの昔に「ここ」でくたばっていただろうから。




 ナーナロク王国は自由と平等を謳う封建国家だ。


 この時点で既に矛盾しているだろうに、古い貴族体制を未だに脱却できずにいる我が国は、それが矛盾である事すら分かっていないのかもしれない。甘い汁を吸い慣れた支配階級というものはそれが当然のことだと信じて疑わないものだ。

 特に質が悪いのはバッサード大陸でも随一の大国であるという点で、この大きな矛盾を抱えたままのうのうと自国の民は平等であるなどと何の疑問も感じずにのたまうこの国を打倒するには、大陸一強大な軍事力を打ち倒さなければならないのだ。


 けれど、そんな事よりももっと明確な人種差別がこの国、いや、この世界にはある。


 それが《卑赤(レコース)》であるか否か。



 時に魔物と呼ばれる怪物が跋扈(ばっこ)するこの世界において、強さとは権力そのものである。

 強ければ偉い。そうでないなら価値すらない。

 そして卑赤(レコース)とは、彼らの最も忌み嫌う、圧倒的な「弱者」だった。


 誰かがそうと定義したでもない。

 誰かがあからさまに卑下したわけでもない。


 ただ、誰から見ても「赤」を持ったその人間は、他者とは比べ物にもならない劣等種である。


 それだけの話。




 とはいえ、当時四歳だったギーアにそんな事が分かるはずもなかった。


 思い出すことすら腹立たしい事この上ないが、その時まで暮らしていた、というより閉じ込められていた離れの家はそれだけでもかなりの大きさだったから、どこかの裕福な貴族生まれだったのだろう。

 覚えているのはあてがわれた小さな世界と、自分を世話するたった一人の使用人の女の、こちらを蔑む色を宿した暗い瞳。

 それだけが幼いギーアの世界の全てで、なぜ両親の顔すら見たことがないのか、なぜ自分には名前がないのか、その存在も知らないギーアには預かり知らぬことであった。


 そして四歳と少しが過ぎた頃。


 唐突に見たこともない女がギーアの世界にやって来た。


 その女はギーアを目に止めると思いきり顔を歪めて、何事か喚き散らし出した。そして必死に頭を下げていた使用人を突き飛ばし、後ろにいた背の高い男に命じてギーアを無理やり馬車に乗せると、どこへやらと連れ出した。


 外へ出たことのなかったギーアにはそれは新鮮な心躍るものというより、むしろ得体の知れない世界に放り込まれた恐怖を感じていて、そんなギーアを女は忌々しげに、汚物を見るような目で見下ろしている。

 幼いギーアはその目しか見たことがなかったから何とも思わなかったが、それでもあまり良い雰囲気ではない事は分かっていた。


 やがて、窓の外の景色が綺麗な街並みから不揃いな小汚い住宅に変わっていって、浮浪者の集まるような下水の匂いで満ちるそこ──王都のスラムで彼を降ろした。


 何が起きているのか分からなかった。

 そんなギーアを、女は鼻を鳴らして嘲った。


「薄汚い『赤持ち』め」


 走り去る馬車を、ギーアはただ見つめていた。

 自分が捨てられたことも、なぜ捨てられたのかも分からずに、その二つの()()()で、ただひたすらに見つめていた。




◇◇




 キン、と軽い音を立てて刀が鞘に収まると同時、相対していた八つ脚の猪は、綺麗に脚と胴体が分かたれていた。


「フゴ、ゴォ……ォ」


 自分がなぜ地面に転がっているのか。なぜ動くことができないのか。


 足を失くした事にも気付かず惨めに声を漏らすだけの魔物を、奇妙な格好をした男は無感動に見下ろしていた。

 黒いロングコートには返り血の一つもなく、深く被ったファー付きのフードが彼の顔を覆い隠している。だが、時折風で揺れるその中にあるのは能面のような白に両目と交差するよう二本の黒い縦線が引かれた、簡素な仮面だった。目の部分に嵌められた黒いレンズが男の表情を完璧に隠してしまっている。

 その手には一振の刀。

 黒い鞘に納まったその刀身まで黒く染め上げられたそれを、男は静かに引き抜いた。


 一閃。


 たった一つの動作。

 その場から全く、一歩も動かずに放ったそれは、しかして魔物の身体を()()()斬り裂いた。


「……三枚下ろし。こいつ食えるのかな」


 仮面の下からくぐもった声。まだ発達途上の青年のそれだ。

 男は周りに人がいないことを確認すると、その白い仮面を持ち上げた。能面に隠されていた二つの血色の瞳が覗く。


「まあ焼けば食えるだろ。持って帰ろ」


 男──ギーアは呟くと、一瞬のうちに刀を肉切り包丁に持ち替えた。大型魔物用の数十キロはある重い刃を、片手で難なく持ち上げている。


「さて、下ろすか」





 半年ぶりに顔を出したギルドは相変わらず騒がしく、併設されている酒場からは、昼間から飲んだくれている冒険者の馬鹿騒ぎの声が聞こえてくる。依頼で稼いだ金を酒場で落としてくれるのだから、ギルドとしては歓迎すべき冒険者達なのだろう。


 だが、ギーアは依頼達成報告のため窓口に並びながら、漂ってくる酒の匂いに仮面の下で眉をひそめた。子供の頃に酔っ払った冒険者に散々馬鹿にされ、小突き回された事を思い出した。

 これだから酔っぱらいは、と眉間にしわを寄せるギーア。しかし仮面に阻まれて外には漏れない。


 ふいに、酔っ払いの一人がギーアに目を止めた。赤らんだ目元を大きく見開いたそいつは、周りの飲んだくれ仲間に聞こえるように、大きな声でギーアを指さす。


「おい、百鬼がいるぞ!」


 その声にギーアは仮面の下で小さく舌打ちをした。

 面倒な事をしてくれた。用事のついでに達成報告なんてしにきたばかりに。

 ついでに言うとギーアはその名前も好きではないのだが、いつの間にか広まっていた二つ名を改める為の涙ぐましい努力については割愛する。


 そんな内心など知らない男達は、次々にギーアを見て騒ぎ出した。


「おお、《白顔(はくがん)の死神》か。久しぶりに見たな」

「まだ半年しか離れてねぇだろ。なんかやらかしたか?」

「ばか言え、あの百鬼が逃げ帰ってくるようなヘマするかよ」


 好き勝手言ってくれる。

 ギーアは誰かに自分の事を好き勝手言われるのが嫌いだった。自分の赤目を指して気味悪がった人間たちを思い出すから。

 そういう心から彼は鼻を鳴らしたが、どれだけ彼が憤ろうとも能面の仮面がその感情を隠して、傍目からは何を感じているのかも伝わらない。


「俺、ハナンに移ったってきいたけど。あそこで活動してるのも見た奴がいるって」

「じゃあわざわざ戻ってきたのか? あのランクで王都(ここ)に旨味なんてないだろ」

「知らないのか? あいつはたまにふらっと帰ってきて王都周辺の魔物を食い荒らすんだよ」

「俺たちの獲物がなあ……」


 きっとあの騒いでる奴らは自分たちの声が当の本人に聞こえているなど欠片も思っていないのだろう。それは有名人が人と違う感性を持っているとでも思っているのか、はたまたギーアが露ほども態度に出さないせいか。後者に至っては仮面の下で思いきり顔を顰めて悪態をついているのだが、それを知っているのは本人だけだ。


「次の方どうぞ」


 声をかけられた。面白おかしく揶揄する声を背に窓口へ向かうと、俺を──不気味な仮面をした怪しい男を見た職員の女は、びくりと肩を揺らした。俺を知らないところを見ると、ここ半年で入った新人のようだ。


「えっと、依頼達成の報告ですよね? 依頼書を伺ってもよろしいですか」


 顔には出すまいという心持ちは伝わってくるが、笑顔が引きつっている。ギーアは気付かれないよう小さく嘆息した。


 自分の見た目が不気味な事は自覚している。ただ、それでもこの仮面は外すわけにはいかない。

 卑赤(レコース)とはただ存在するだけで蔑まれる存在だから。


 言われた通り懐から取り出すと、それを確認したギルド職員の女性は小さく眉を上げた。そして先程の怯えていた様子から一転、申し訳なさそうに、いや申し訳なさそうな顔を作って突き返してきた。


「すみませんが、こちらの依頼はこの街発行の依頼ではないのでお受けすることはできません。依頼を受けた支部に報告するようにしてください」


 言葉遣いこそ丁寧だったが、その目には明らかに侮蔑の色が浮かんでいる。大方、そんな事も知らないなんてと嘲っているのだろう。


 しかしギーアは黙ってギルド証を提示した。そこには空欄になっている名前の欄と、Sランク冒険者である事が示してある。


「え、Sランク……!?」


 目をまん丸に見開いて驚く職員。それもそのはず、この国にSランクと言われる冒険者は三人しかいない。


 通常、依頼は受けた支部でしか報告することが出来ない。手続きを踏めば別の支部でも処理することは出来るが、それでは大きな手間になる。もし全ての冒険者がその制度を利用すれば、ギルド側の負担が馬鹿にならなくなってしまう。

 だがSランク冒険者だけは別で、なぜかと言うと彼らは数が少ないわりに高ランクの依頼は全国各地で起こるからだ。


 高ランクの依頼はその優先度から、全国の支部で共有される。依頼を受けるのは早い者勝ちだからその場で受ける者も多いが、そこから依頼の地へ行って、また帰って来て報告するのでは相当な手間だ。

 その負担を軽減するため、Sランクの冒険者はどこで受けた依頼であろうと好きな支部で報酬を得ることができる、というわけだった。


 とはいえ、今回ギーアが受けた依頼はBランクモンスター、オクタボアの討伐。Sランクの特権を翳すような大きな依頼ではない。


 職員の女もその事には気付いていただろうが、規則は規則。それに彼女はギーアのランクに驚いていて言い出せるような状態ではなかった。


「はい、えっと……じゃあ討伐部位の確認を……」


 自分の失言を誤魔化すように女は言う。その言葉にギーアは《格納》していたオクタボアの巨大な牙を出現させた。その事に職員の女はまた驚いたようだったが、今度は何も言わなかった。

 空間魔術は一般的には珍しい魔術だが、高ランクの冒険者ともなれば話は別だ。それに、魔術とは別にアイテムボックスなんてものも普及している。


「では、こちら報酬の金貨二枚になります」


 差し出された硬貨をしまって踵を返す。その後ろから色々と自分に対する噂話が飛び交っていたが、ギーアは意にも返さなかった。いや、反応するのがただ面倒だった。


 さて用事を済ませるか、とギーアはギルドの二階へ足を向ける。向かうはこの街、王都レギジオン支部冒険者ギルドの支部長の部屋であった。


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