ダンジョン38
朝
キィっ…と僅かな音が聞こえた気がして目が覚める。
薄暗い部屋の中、扉を開けてこっそりと入ってくる影。
その影はこちらが起きていることに気付かずに近寄ってくる。
そして小声でぼそぼそとしゃべり始める。
耳を澄ませてよく聞いてみると…
「みなさーん、おはようございまーす。今日は、守さんの寝室にやってきましたー。いったいどんな姿で寝ているのでしょうか。こっそりと覗いてみたいと思いまーす。」
……今日は一昔前に流行った寝起きドッキリ風か。
そーっと近づいてくるので、目を開けたまま待つ。すると、
「さてさて、守さんの寝顔はどんなか………あ、あれ?もしかして、もう起きて…た?」
俺の顔をのぞきに来たリコとバッチリ目が合う。
予定が失敗したのと気恥ずかしいのでアワアワとしているリコに、俺は優しい笑みを向ける。
「ああ、リコ。今日も起こしてくれてありがとう。さ、ご飯にしようか。」
ワザとらしく演技をし、若干勝ち誇ったような顔をしつつ寝室を出る。
俺を驚かせようと思ったのに逆にからかわれていることに気付き、頬を膨らませながら付いてくる。
「もー!起きてるなら起きてるって言ってよー。」
悪戯に失敗した子供のようにブーブー言うリコをあしらいつつ朝食の準備をする。
普段はいいようにやられっぱなしなので、たまにはこんな日があってもいいだろう。
朝食を食べ終えダンジョンへ向かう。
今日は5階の探索になる。
前回5階を探索したときは4階と同じ魔物しか出てこなかった。
おそらく変化があるとしたら中盤あたりからだろう。
魔物が同じならすることは今までと変わらない。
マップを確認しつつ次の階段を求めてどんどん探索を進めていく。
ちなみに魔物にも鑑定は効くようで、試しに剣のガイコツを鑑定するとこう出た。
ガイコツ(剣)
武器を持ったガイコツ
素手のガイコツよりステータスが上がっている
しかしガイコツの性質上身体は脆く相変わらず衝撃には弱い
剣の腕は大したことないが使用している剣が錆びている為切られた場合傷口に気をつける必要がある
ドロップアテム
・骨
・DP玉(1p)
・ボロイ剣
どうやらガイコツ種は衝撃に弱いらしい。
ゲームで言うと弱点属性と言ったところか。
どおりで初めて戦ったガイコツが体当たりだけで倒せるはずだ。
そして鑑定はドロップアイテムまで分かるみたいだ。
まあスキルレベルも低いし、今まで落としたことのあるものしか表示されない可能性もあるが。
5階を探索し始めてしばらく進み、これまでの経験上そろそろ中盤であろう辺りに差し掛かった時、俺たちの予想通りそいつは現れた。
醜悪な顔をして、身体には薄汚れたぼろい布、手にはこん棒のようなものを持っており肌の色は若干緑掛かっている。
ゲームでおなじみ、ゴブリンだ。
元々ゴブリンと言えば色んな説があるようで、悪戯好きの精霊だとか、醜悪な幽霊だとか、ゲームなんかではオーガなんかと同系列にされて小鬼として扱われることも多い。
今俺手にの目の前にいるゴブリンは、どう見ても悪戯好きな精霊で済むようには見えない。
と、観察している間に向こうもこちらに気付いたようだ。
「ゲギャギャッ!!」
叫びながらこちらに向かってくる。
今迄ガイコツや玉など喋らない相手ばかりだったので、声を発する相手というのが非常に新鮮に感じてしまう。
とりあえずリコに魔法を打ってもらい、その間に鑑定を使う。
ゴブリン
見た目は非常に醜悪だが頭は悪くない
簡単な武器なら扱うことができ格上相手でも集団で囲み戦いを有利に進めようとする
繁殖力が強く種としての数は多い
どうやら想像した通りのようだな。
鑑定結果を見ている間にリコの魔法がガイコツに到達し、ゴブリンの頭を吹き飛ばす。
…うえぇ、もろに見てしまった…。
スプラッターな光景であったがここはダンジョンの中。
こと切れたゴブリンはそのまま光の粒へと姿を変える。
…これで光になって消えなかったら大分トラウマものだよな…。接近して倒したら返り血もあるだろうし。
余計な想像をして一瞬固まっていた俺に他の魔物が迫る。
といっても今回はゴブリンが1体で残りはガイコツが3体だったので、多少動きがぎこちなくなってしまったが問題なく倒せた。
戦闘後に一息つく。
まあ予想はしていたが、何時までもガイコツしか出ないなんてことは無いよな…。
異世界転移や転生物の小説に出てくる主人公の葛藤の一つに、生物を殺すことについての情景が描かれている事は多い。
平和な世界で字を読むだけならば、どんなにしっかりとした文章が書かれていたとしても100%その気持ちを分かるということは無理であろう。
何故ならば自分が経験したことが無いからだ。
もし自分が全く同じ事を経験していれば、その時の事を思い出してより感情移入ができると思うが、俺も含めこういった小説を読んでいる人の中にまさか魔物と戦ったことのある人間なんていないだろう。
なので文字を目で追いながらも「この主人公、精神弱いなー」と思ってしまっても仕方ない事である。
実際俺もそう思いながら読んだ小説だってある。
だがしかし、やはり他人事のように文章を読むのと、自らの目の前でそれが起るのとでは天と地ほどの差がある。
俺の少ない知識では上手く言い表せないが、とにかく違うのだ。
今まで俺が戦ってきたのは、ガイコツと玉という所謂非生物のみだった。
なので肉があり言葉を発する魔物はこのゴブリンが初めてである。
今回は接近される前に魔法で倒したが毎回そうするわけにはいかない。
いずれは接近戦で戦う必要が出てくるだろうが、その時俺はきちんと戦えるのだろうか…。
「コケッ…」
しばらく考え込んで動かなくなった俺を心配したのだろう、リコが俺の顔を覗き込んでくる。
おそらくリコも思うところがあったのだろう。
来た道を指差し、「一回帰る?」といった感じで首を傾げてきたが俺は首を横に振る。
「…いずれは通る道だ。経験するなら早い方が良い。」
そう言って俺はダンジョンの先へと進みだす。
リコは心配そうな顔をしていたが、特に反対する事も無く、俺の後に続いて歩き出した。
少し進むとまた魔物がいた。
今度はゴブリン2体にガイコツ2体だ。
ふぅーっと大きく息をはきだし気持ちを集中させる。
「リコ、先に魔法でゴブリンを一体倒してくれ。俺はガイコツに打つ。で、残り2体になったら俺がゴブリンの相手をするからリコは残りのガイコツを頼む。」
俺が指示を出すと心配そうな顔をしつつも頷いてくれた。
「行くぞ!!」
2人でダンジョンを駆けつつ魔法を放つ。
狙い通りゴブリンとガイコツに当たり、残りは2体となる。
「ギャギャーッ!!!」
仲間がやられて怒り心頭となったゴブリンに向かって剣を振るう。
しかし、頭は悪くないと鑑定結果にあったように、ガイコツとは違い手に持ったこん棒で受け止めてきた。
一瞬の睨み合いの後、わざと弾かれて間合いを取る。
今度は向こうから仕掛けてきた。
叫び声とともにこん棒を振り回してくる。
やはりガイコツと比べると隙は少ない。
しかし俺は体術スキルの力も借りて、奴がこん棒を振り上げた瞬間に踏み込み体当たりを食らわせる。
そしてバランスを崩したその隙に剣を振り上げ切りつける。
「ギイィッ!!」
傷みで思わず叫んでいるゴブリンに、今度は真上から剣を振り下ろす。
声にならない声で叫んだゴブリンは、そのまま光の粒へと姿を変えた。
ガランガラン……
ダンジョンの通路に剣が転がる音が響く。
体中を嫌な汗が伝っている。
手もじんわりと湿っているが、剣を落としたのは汗で滑っただけが原因ではない。
目を瞑るとさっきの光景がフラッシュバックする。
剣が肉を切り裂く感触、そこから飛び散る血、光に変わる直前のゴブリンの苦しそうな顔。
自分で決めた事にも関わらず、もう嫌だと逃げたくなる思いが強くなる。
生き物を殺すというのはこういう事なのか…。
頭の中がぐしゃぐしゃになって、自分が何をしているのかすら分から無くなってきたその時、背後からとても暖かな物で包まれた。
「大丈夫、大丈夫だよ…。」
とても優しいその言葉と、背中から伝わる暖かさ、そして胸の鼓動が伝わってきて、俺の気持ちは少しづつ落ち着きを見せる。
「大丈夫、あなたは一人じゃないから…。」
人化して後ろから優しく抱きしめてくれているリコに心の中でお礼を言い、俺の気持ちが落ち着くまでしばらくの間そのままでいてもらった。
「ありがとう、もう、大丈夫だ。」
何分ぐらい経っただろうか。落ち着きを取り戻した俺はリコに声を掛ける。
「うん…。」
そう言いつつも離れてくれないリコ。
「ん…、もう本当に大丈夫だぞ。ありがとう。」
「うん…。」
しかし一向に離れようとしない。
さっきは冷静さを失っていたが、落ち着いた今の状況で考えると今度は別の意味で落ち着かなくなるのだが…。
「あの…リコさん?一回放してもらえませんかね…?」
「……やーだー。」
何故か強情なリコさん。思わず敬語になっちまったよ。
いやまあ、抱きつかれるのが嫌なわけでは無くてむしろとても嬉しいんだが、いい加減放してくれないと先に進めない。
「だって守さん、…さっきすごい顔してたよ?あんな顔見ちゃったらこのまま進もうなんて言えないよ。」
リコの言葉に思わずウッとなる。
いったいどんな顔してたんだろう。
…まあ、相当ひどい顔だろうな…。
「今日は一回帰るって言うまでこのまま離れませーん。」
そんなことを言ってくる。
帰らないって言ったら本当にこのまま抱きついたままでいるのだろうか。
……ちょっと試してみたい気もする。
いやいや、確かに今の状況、背中に柔らかい膨らみを感じて非常にうれしい状態ではあるけど、あくまでリコは俺の事を心配してくれてるんだから、そこに付け込んでっていうのは流石に良くないよな…。
若干(とても?)名残惜しい気持ちはありつつも、これ以上心配をかけ続けるわけにもいかない。
リコの言う通り拠点に帰ることにしよう。
一旦帰ることを告げると、ようやく俺の背中から離れて嬉しそうな顔でほほ笑んでくれた。
その頬は若干赤くなっていたようだが、おそらく俺も同じようになってるんだろう。
しかしリコが離れていく時の背中の喪失感というか、急に背中が涼しくなったあの感じ。
「寂しく感じた」とつい言ってしまえば、また気まずい空気になってしまうので、転送機のある部屋まで戻る道中一人悶々としながら歩くこととなった。




