シスコン兄貴とブラコン妹
「好きですよ」
この告白は何度めだろうか?
僕の妹、陽菜は度々こういうことを言う。
妹に好かれるのは兄として悪い気はしないのだが、ずっとこんな調子なので妹の交友関係が心配になる。
「わかったよ、わかったから学校行くぞ」
「連れないお兄ちゃんですねぇ……」
と、そこで玄関のチャイムがなった、いつものことなのであいつだろう。
結希が玄関で呼んでいる、早くしないとまたお昼におごらされる羽目になるぞ。
「陽菜、ちょっと急げよー」
「今、着替えてるんだから、待って待って」
いつまでも玄関で結希を待たせるわけにも行かないので玄関に出る。
「悪い、もうちょっと待ってくれ」
「全くあんたたちと来たら……」
見慣れた金髪が目に入る、いつもの光景だ。
「ごめんね。おまたせ」
結希が遅れてこちらへ小走りでやってきた。
「結希ちゃん、相変わらず朝に弱いみたいね」
「陽菜ちゃんも分かってるならもうちょっと早く来てくれると嬉しいんだけど……」
「贅沢を言わない」
結希も陽菜も本気で不平を持っているわけではないが、
もはやいつものやり取りなのでやらないと気がすまないんだろうか、このやりとり。
こうして一緒に登校する、妹はまだ中学生だが一貫校なので一緒だ。
教室に入るとクラスメイトから「いつも一緒に来るけど、おまえら結婚してんのか」
とからかわれる。
陽菜は顔を真っ赤にしてうつむく。
「ちゃうわ、妹が一緒に登校したがるんだよ。いつものことだろ、いい加減飽きないのか」
いつものことだ、本気ではないのが分かってるので軽く流す。
ところでいつも僕しか反論してないな、陽菜もなんとか言ってほしいのだが。
「陽菜、なんか良いことあったか?」
「ふぇ?!な、なんでよ」
「なんかニヤニヤしてたぞ」
「き、気のせいよ!き、の、せ、い!」
「そ、そうか」
気のせいならしょうがないな。
その日も普通の授業だった。
授業中は結希に晩ごはん何を食べさせようか、などと考えていたらあっという間に終わった。
帰ろうとすると陽菜がこっちにきて、
「ねぇ、朝もあんな風にいわれたけど私との登校嫌になったりしない?」
「馬鹿いえ、妹が嫌がってないのに僕が嫌なわけ無いだろう」
そう答えると陽菜は心底がっかりしたように、
「あんた、ホントにシスコンね、感心するわ」
「家族愛と言ってくれ、普通だろう?」
「まぁ、そういうことにしとくわ、また明日ね」
「おう」
そろそろ中等部も放課後だろう、結希を迎えに行かないと。
「お兄ちゃん、おまたせ!」
「おう、早いな」
「ふっふーん、お兄ちゃんに会いたかったから」
「さよか」
嬉しさを押し隠して答える。
「僕と帰るのがそんなに楽しみか?」
「楽しみだよ!登校は二人じゃな……なんでもない!」
なんだろう?まあそう言われるのは嬉しいし別に良いか。
こういうところがシスコンなんだろうなとは思うのだが、妹が好きで何が悪いんだろうか?
家族を愛するのを否定する人はほとんどいないのにおかしな話だ。
「今日の晩ごはん何が良い?」
「カレーが食べたい!」
「お前ほんとにカレー好きだな」
「うーん、カレーは好きだけど、他にもお兄ちゃんが作ってくれたものなら割と何でも好きだよ」
コイツも大概ブラコンだな、そこがかわいいから困るんだが。
「まあいいや、じゃあ帰りにスーパーよってくわ、先帰っといてくれ」
「私も一緒に行くよ!、お兄ちゃんに任せたら野菜多くなるもん」
「好き嫌いは無くすべきだと思うぞ」
「いいの!お兄ちゃんと一緒に買い物行きたいの!」
結希がツインテールを揺らしながら歩き出す、結希が嬉しそうにしているとこっちも嬉しくなるな。
ちょっと話してる間にもうスーパーに着いた、コイツと話してると時間が早く経つ気がするな。
さてと、買うのは人参とじゃがいもと玉ねぎと肉くらいかな。
「お兄ちゃん、人参買うの?」
「そりゃカレーには入れるだろ、それとも家にあるのか?」
「無いけど……無くてもよくないかな?」
「好き嫌いせず食べろ、栄養あるんだぞ」
「しょうがないなあ、お兄ちゃんが作るなら我慢する!」
「なんで偉そうなんだよ」
我ながら甘いな、甘々だ。
そうだ、いつもの甘口のカレールーを買っておかないと。
ワイワイと結希と話しながら買い物を続ける、妹がウキウキしているのがよく分かる。
そう言えば僕も久しくカレーを作ってなかったな、腕によりをかけて作らないとな。
レジに並んでいると、
「お兄ちゃん、私の希望なんだから私も払うよ」
「ばかいえ、妹の財布を当てにする兄が居てたまるか」
「こういう時にいっつも意地張るよねお兄ちゃんって」
「いいだろ、兄としてのメンツがあるんだよ」
しょうがないなあといった顔で妹は財布をしまった。
さて、カレーを作るか。
家に帰ったら早速作っておこう、引っ張るとそのままズルズル伸びてしまう性格なのは自分で分かっている。
「そう言えばさ、結希」
「なあに?」
「いや、今日学校で進路相談があったんだ、うちの家計にそんなに余裕ないし地方の国立を受けようと思うんだ」
「え、なにそれ。いきなり何言ってるの?わけわかんないよ」
「母さんも大学は出ておけって言ってたろ、二人共私立はキツイだろうし学費の安い公立が良いと思うんだ」
「ダメ!絶対ダメ!お兄ちゃんはこの家から出てっちゃダメ!」
文句くらい言われるかと思ったが、まさか泣くとは思ってなかった。
「お兄ちゃん、私に悪いところがあるからなの?これから直すから出て行かないで!」
「だって俺が近所の私立いったら結希が進学できないかもしれないんだぞ……」
「別に結希は悪くないよ、ただこの先のことを考えたら二人共大学くらい出といたほうがいいだろ」
「お願いだから……、私が我慢すればいいの?ちゃんと我慢するよ……」
「そういうことじゃないんだよ、結希に我慢させるわけにはいかないしな」
「もういいよ!お兄ちゃんは私を見捨てるんだ、酷いよ」
そう言うと結希は階段を駆け上がって自分の部屋に飛び込んでいった。
「おい、カレーどうすんだ!」
返事は返ってこない、怒らせてしまった。
でも、じゃあどうしろと言うんだろう、皆が納得する答えを出せるほどお金はないんだ、しょうがないだろう。
結局、その日結希は部屋から出てこなかった。
翌日、玄関のチャイムがなった。
結希は引きこもりきりなの一人で出ていく。
「ねえ、結希ちゃんと何かあった?あんたらが別々に投稿するなんて大事件だよ」
「ああ、誰もが満足する答えなんて無いんだよ」
陽菜に昨日のことを全部話した。口は硬いことは折り紙付きなので問題ないだろう。
「それって、やっぱりなんでもない、ただあなた達は兄妹なのを忘れないほうが良いわよ、色々心配ね」
「あれだけ結希が怒ったのは初めてなんだよ、どうして良いのかさっぱり分からん」
「私からはこれ以上わからないわ、予想はつくけどね」
「だったら教えてくれよ、頼む」
「ダメ、結希ちゃんに悪いから。それに自分で気づかないといけないことよ」
珍しく陽菜が強情を張っている、さてどうしたものか。
「ただ……、隠しておくのも結希ちゃんに悪いから言うね」
「ん?」
「私はあんたが結希ちゃんと仲直りしないほうが良いって思っちゃった。
ほんと我ながらいい性格だとは思うわ」
「なんでだよ、お前結希とも仲良しなんだろ?」
「それでも、譲れないことがあるのよ」
陽菜がこれほど意地悪だったことがあっただろうか?
いや、これは勘だけど意地悪で言ってるんじゃない気がする。
「わかった、僕がなんとかするしかないか」
「ごめん」
「謝る必要もないだろう、悪いのは僕だ」
「こういうときだけは潔いわね、だから私は……まあいいや」
その日の授業は全く記憶に残っていない、もともと物覚えは悪い方だが今日は全く聞いていなかった。
放課後になると僕は走って家に帰った、結希と話さないといけない。
家につくとすぐに結希の部屋の前に行って緊張でひりひりする喉から声を絞り出した。
「結希、聞いてるか?返事はしなくてもいい、ただ話させてくれ」
ドアの前で耳を澄ますと、部屋の中で物音が聞こえた。
よかった、どうやら居るようだ、どこかにいっていたらお手上げだが、
ここに居るなら僕の気持ちを伝えることくらいはできる。
「結希、僕は結希に幸せになって欲しいんだ。僕が出ていくのが嫌か?
どうしても嫌だったら僕は高卒で働いてもいい、ただ結希のないている顔は見たくないんだ」
慎重に言葉を紡ぐ、ちょっと区切って耳をそばだてると部屋の中からすすり泣くような声似似た音が聞こえる。
「なあ結希、お前は僕にどうして欲しい?僕は頭がよくないからちゃんと言ってくれないと分からないんだ」
すると部屋のドアが少しだけ開いた、そこから結希が覗いていた。
あまり良く顔が見えるわけではないけれどなんだか顔が赤らんでいる気がする。
「お兄ちゃん、私はお兄ちゃんに幸せになって欲しい、
それで私が足手まといなら離れても構わない。でも私のためにお兄ちゃんが幸せを手放すのは辞めて欲しい」
「なあ、一つ聞いていいか?なんで結希は僕が出ていくのがそんなに嫌なんだ?
離れて暮らしてても兄妹なのは変わらないだろ」
「お兄ちゃん、まだわからないの?私がお兄ちゃんのことを好きだからだよ。
こう言わないとわからないの?私はお兄ちゃんを愛しています」
「えっと……家族として、じゃないんだよな。でもそれは……」
「分かってるよ、お兄ちゃんが困ることくらい、でもいいよ、私はそれを伝えられただけで満足だから。
お兄ちゃんは自分のために人生を使ってね、私のために生きてくれるのは嬉しいけど、
私はそれに答えられないの、異性として愛してあげることはできるよ、
でもこの気持ちに気づいてからはもう家族になれないの」
「結希……なあ、待っててくれって言ったら怒るか?」
「え?」
「僕が大学を卒業して生きていけるだけのお金が稼げるようになったら一緒に暮らしたい。
これが好意か家族愛か愛情かは僕にはわからない、ただ結希のことを考えると胸が熱くなるんだ」
「いいの?私ホントに待っちゃうよ?それでもお兄ちゃんが欲しいものをあげられるかどうかわかんないよ?」
「僕は結希が居てくれればそれでいい」
「そっか、ありがとね。私待ってるよ、お兄ちゃんが帰ってくるのを待ってる」
「ありがとう」
1年後、僕は卒業し奨学金を借り無事第一希望の国立大学へと進学した。
大学での生活は自由だったがどこか心の大事なところが抜け落ちたような日々だった。
そしてそれから4年後……
「ただいま!」