第四部 11
第四部 11
──お前がこの手紙を読むのはたぶん、家でだと思う。だから捨てたかったら捨てていいし、文句言いたかったら電話かけてきていい。どうでもよかったら忘れてもらっていい。こんなこっぱずかしい手紙を書くのは俺も、人生においてたぶん最後じゃないかと思うので、とにかく読んでもらうだけ読んでもらえればそれでいい。お前もこういうべたべたしたのりが嫌いなのはよく承知しているけれども、どうせ卒業するんだし、一回くらいはあっていいだろってことで、こう書いている。少し我慢して読んでくれ。
まず最初に、俺は立村と友だちになれて、よかったと感謝している。
こうやって書くと照れくさいけれども、本当だ。
入学式の時、出席番号が続いただけだといえばそれまでだけども、本当に立村と話が出来て、お前と一緒にD組にいられて、よかったと思っている。
何よりも、俺はお前から、信じられないほどたくさんのことを教わった。
口で言っても嘘くさくなるだけなので、全部書く。
去年の秋から今日までの間、俺は美里と一緒に三年D組を仕切ることになった。
最初は、立村が立ち直るまでの間だと思っていたわけなんだが、結局今日までこういうこととなってしまった。もちろん、予想もしてなかったことだったし、いったい何をやればいいのだか自分でもわけがわからなかったというのが本音だ。
◇
ここまで読み、上総は咳きこんだ。
いじけて八つ当たりして、周囲に迷惑を掛けつづけていた自分の醜さに胸のむかつきを感じた。
◇
といっても、何をやったわけでもない。既に天羽はどんどん準備を進めていたし、生徒会との兼ね合いなど面倒なことはみんな片付けてくれた。俺はただD組のことだけ考えていればよかった。天羽や難波、更科には押し付けてしまって悪かったと思うが、しょうがないだろう。ただ、その分D組を見直すことはできたんじゃないかと思う。俺なりに毎日、このクラスに足りないものはなんだったのか、立村はこのポジションで何をしたかったのか、真面目に考えた。時には金沢や水口、その他いろいろな連中と話をして、確かめた。
そこで得た結論なんだが、俺は今まで、立村に面倒なことを押し付けて、本来すべきことを放棄していたんじゃないかってことだ。
◇
──本来すべきこと、気付いたか。
肺の方だろうか、ちくりとする。上総は読み進めた。
◇
立村、お前はよく言っていた。俺が一番評議にふさわしい人間なのではないかとか、しょっちゅう話していたのを覚えている。そのたびにいつも、俺は腹を立てていた。なんで自分の力に自信が持てないんだろうかと、何度かぶん殴ってやろうと思ったものだった。結局俺がお前をぶん殴ったのは二回くらいで、それで考え方を変えさせることができたかというとわからない。それはどうでもいい。
まず俺が最初に手をつけたのは、女子連中の分裂状態をなんとかすることだった。
このあたりは菱本先生もかなり頭を悩ませていたらしい。
ちょうど菱本先生に子どもが出来て結婚するとかなんとか話が出ていた時期だ。
◇
──あの男何考えてるんだって話だな。カンガルーかよ、全く。
思い出したくない、金輪際顔も見たくない男の顔が、浮かんだ。
◇
俺も時々、美里から話を聞かされていたけれども、そういうのは女子だけで片をつける問題だと思って無視してきた。美里も助けてほしいとは言わなかったし、もし助太刀するのならそれは彼氏であるお前しかいないと思っていた。
しかし、よく考えるとこれは、見殺しにするのと同じ行為ではないかと思う。
美里が言うには、お前がしょっちゅう気遣っていろいろと手を回してくれてたらしい。
もちろん、お前にはそれが精一杯だったというのもわからなくはない。
ただ、この問題に関しては、立村よりも俺の方が適任だったということも、関わってみてよくわかった。
◇
──ああ、女子たちのいざこざな。
いろいろやっかまれる立場の美里を、上総なりにかばう努力はしてきたつもりだった。
手紙で読む限りだと、貴史はそのやり方が手ぬるかったと言いたいらしい。
◇
言っておくが、それはお前がだめだからではない。俺がただ、美里と幼稚園の頃からのつきあいであって、詳しい事情をよく知っているからというそれだけだ。
詳しいことは省く。とりあえず問題は俺が間に入ってすぐ解決した。表向きは美里も女子たちとうまくいっている様子だし、これ以上は過保護なんで放置しておくつもりだ。
この一件で理解したのは、今まで俺が見て見ぬふりをして、立村にすべて押し付けてきたつけが全部まわってきたという事実だった。しつこく書くが、決してお前が評議委員として適任でなかったというわけではない。ただ、サポートする相手を美里にまかせてしまい、俺ひとりのほほんとD組で温泉気分でいたのは、間違っていたということだ。
俺はもっと、お前が口に出す前に、たくさんの手助けをするべきだった。
一番後悔しているのはそこだ。
せめて毎年、二回、評議委員なり規律委員なりなんなり、俺が代わってやるとか、そういう風にしてお前の負担を軽くしてやればよかったと思う。青大附中の委員会制度が特殊だから言うわけではないが、もう少し俺は友だちの立場ではなく、委員として積極的に参加すべきだったと反省している。
◇
──ちょっと待て。なんだよいったい。
書かれている文章の意味がよくわからない。頭を振った。冷たい空気が頬をすべった。
◇
俺が今まで部活にも委員会にも登録しなかったのは、とにかく面倒なことに巻き込まれたくなかったからだ。まず先輩ぶっている奴らに頭を下げるのが面倒だし、また小学校の友だちと遊ぶ暇がなくなるのも我慢できなかった。その他いろいろあるけれども、そのことについても今は、間違っていたのかもしれないと思っている。
要するに、わずらわしいことをしたくなかっただけなんだなということだ。逃げてたということだ。だから、入学してすぐにお前を評議委員に推薦したわけだ。
でも、今思えば、俺が最初の段階で美里と組んで、評議委員になって、それからお前にバトンタッチというやり方をしてもよかったと思う。いきなり俺から美里を押し付けられるような形になって、さぞ驚いたと思う。本当にあの時は、俺なりにうまくいったと思っていたが、こういう結末になってみて初めて気付いた。俺が自分なりにやってきたことは、すべて「逃げ」であって、それ以外の何者でもないってことだった。
面倒なことをすべてお前に押し付けたせいで、美里もかなり神経が参ってしまったようだ。たぶん美里は表に出さないと思うし、聞いても絶対にそんなことないというに決まっている。だけど、美里の状態はかなりやばい。修学旅行のあたりから俺も変だとは思っていたが、このところだんだんエスカレートしている。もちろん、霧島や西月やその他いろいろなこともあって大変なのだろうとは傍目からも思っていたが、実際お前のスタンスに立ってみて初めて見えてきた。
お前なりに、一生懸命努力してきたんだと思う。しつこすぎるようだが、責めてはいない。ただ、美里がしてほしいこととは違っていただけだ。
俺が勝手にその様子を伺うのをやめて、お前に美里の面倒を見るようにさせたつけだ。
評議委員に無理やりお前を推薦したのも俺だったし、いろいろ小細工して美里と付き合うようにさせたのも俺の仕業だ。美里もそう望んでいたし、俺もそれの方がお互いいいんじゃないかと考えていたのだが、肝心なお前の意志を考えていなかった。
本当に悪かった。ごめん。
◇
──なんでこんなに謝ろうとするんだろう?
貴史から受け取った手紙というのが、まだ信じられない。誰か、筆の上手な大人に書いてもらったものではないかという疑念が晴れない。だってあまりにも丁寧すぎるし綺麗すぎる。いつも貴史が書いている文字とは、全然違う。
注意深く、ひっかからないように心しつつ、読み進めた。
◇
俺は来月高校に進んだ段階で、まず部活動を始めるつもりだ。
委員会活動というのはちょっとだけ首を突っ込んでみたけれども、俺にはやはり性に合わない。立村がきちんと最後までお膳立てしてくれたからなんとかやっていけたようなものだが、俺はむしろイベントがあればひっぱっていったりする方が向いているようだ。陰でこそこそと手回ししたりするのは、やっぱり苦手だ。
かといって、今までのようにのらりくらりと帰宅部でいる気もない。
先輩後輩のしち面倒くさい付き合いを考えると気が重いが、そろそろ俺もそのあたりを克服するチャレンジをする時期かと思っている。
とりあえずはバスケ部と、あとは美術部に入ろうかと考えている。
◇
──美術部? 嘘だろ?
信じがたい言葉だった。なぜ、この手紙には上総の知らない羽飛貴史がつまっているのだろう。
◇
お前には今まで話したことがなかった。正面切って話すのも面倒なので、ここで書いておく。
修学旅行の時だ。金沢が有名な画家のお坊さんと会いたがっていたことがあっただろう。あの時に俺も一口乗せてもらってなんとか金沢の思いを遂げさせたんだが、あの頃から俺は、いわゆる画家とか美術とかそういうものに関心を持つようになった。
夏休み以降、俺は金沢と一緒にいろんな美術館に通い、自分なりに勉強していた。つくづく、この時ほど、エレベーター式の附属中学に通っていてよかったと思ったものだ。受験のことなんて考えないで、好きなことに没頭できるのは幸せなんだなと感じていた。菱本先生にも修学旅行の時に言われたが、本当にやりたいものを見つけるというのは、楽しい。
お前に話さなかったのは、単にもともと立村が美術関係に興味がないと思い込んでいたからであって、隠したわけではない。美里にもそのあたりはきちんと話してある。だが、そのあたりからお前と話がかみ合わなくなったのも事実だ。もっとこのあたりで、そういう話をしておけば、また違った展開になったのではとも思う。
◇
三年D組の誇る天才絵描き、金沢と貴史が二学期以降意気投合しているのは気付いていた。ただ上総と話すのにうざったくなったのだろうと勝手に解釈していた。気にも留めていなかった。そんな心の動きがあったとは、全く感じていなかった。
話してもらったとしてもわからなかっただろう。
貴史たちと上総とは、美的観点が百八十度、違う。だけど。
こうやって文面で読むと、自分が認識していなかったかすかな切り傷がちりちりと痛み出す。
──なんでだろう。そんなの、俺はどうだっていいのに。
◇
とにかく、俺は今までやるべきことから逃げていたということに気付いたわけだ。
もうひとつは美里のことだ。
こればかりは女子のことなので、俺もよくわからない。ただ美里は俺にとってかけがえのない親友だ。この辺は以前からいろんな奴に話しているので照れる気はない。
言い訳をさせてもらえば、俺が青大附中に入学した時、このままだと男子と女子同士でふつうの友だちとして付き合っていくのには無理があるのではという不安を持っていたというのがある。少しお前に話したこともあるが、小学校時代、俺と美里は担任やクラスメートの連中としょっちゅうバトルを繰り返し、そのたびにいろいろとトラブルに巻き込まれていた。面倒なことが多かったのと、これからふつうに話をしていくためには、告白して付き合うかなにかしないとだめなんじゃないかという雰囲気があったからだ。
そんな面倒なことをしたら、お互いにまた別に好きな奴ができた時、つまらない別れ方をしてせっかくの友情がなくなってしまう。俺はそれが何よりもいやだった。それは美里も同じ考えだったようだ。誰と誰が付き合うとか、ねちねちした話とか、そういうのから離れたかったようだ。あいつも根本的には俺と同じ価値観を持っている。
たまたま美里は立村のことを気に入ったようだし、俺もお前がすごくいい奴だとわかっていたので、三人で一緒につるんで遊べればそれでいいだろうと思っていた。そして最初はそのつもりでいた。たぶん、あのままの関係が一番俺たちには向いていたのだろう。
◇
自分の吐息だけが熱い。
耳鳴りのようなものが響く。
なぜかわからない。自分の奥底を殴る、何かがある。
◇
このことは、美里から何度も相談を受けていた。また俺もそれなりに考えた。結局のところ、俺も美里も、周囲の「付き合う」という面倒な話に巻き込まれないようにしたあげく、お前ひとりを振り回していたのではないかという結論に達した。
本当だったら、俺もお前も美里も、ちゃんと独立した付き合いができるはずだったにも関わらず、むりやり癒着させようとしていた。美里に関しては女子なんでよくわからないところもある。だが俺が仕組んだことによって、結局お前が苦しむはめになったのは、悪かったと思っている。もっと早い段階でどうして俺は気付かなかったのだろうかと、本当に悔やんでいる。悔やんでいるが、そんなこと振り返っていても、どうしようもない。そういうのは俺の流儀ではない。
そこで、ひとつ提案がある。
一度、俺たち三人の関係を中学入学式当時に戻したらどうだろうか。
美里から、お前の本心は聞かせてもらっている。いろいろぐちゃぐちゃ言っていたようだが、今ではあいつも、お前の気持ちを尊重したいと言っている。彼氏彼女の面倒な付き合いをしたくないならそれでいいと言っている。俺も、無理やり親友づきあいしたくないというお前の気持ちを尊重したい。これも本当の気持ちだ。
だが、立村が俺や美里にとって友だちになりたい奴であることも、否定できない。
お前は、お前自身が思っているよりも、心底いい奴だと思っている。
評議委員だとか、三年D組のクラスメイトだとか、美里の元彼氏だとか、そういう面倒くさい繋がりをいったん断ち切って、その上でもう一度、やり直したい。
そうする時期にきているのではないかと、俺は思っている。
最後に、三年間、お前を責め続けてしまい悪かった。
俺はいつもお前に、本音を話さないなどと責めたてていたが、本当のとこを言うと、俺の方が何もしゃべっていなかっただけなのだと気付いた。
もう一度、きちんと、立村と向きあいたい。
お前が考えていることをもう一度まっすぐ受け止めたい。
もう一度、チャンスを与えてくれ。
この手紙を書いているのは卒業式前夜で、美里にも一通り目を通してもらっている。誤字脱字はかなり混じっていると思うが、どうせ答辞でもないのだからその辺は大目に見ろ。
それと、クラスの打ち上げのことだが、お前が出たくないことはよくよく承知している。
美里とふたりで、そのあたりについては菱本先生に話をつけてある。
俺は、三年D組から卒業したその後、あらためてお前と会いたい。
もちろん美里も連れて行く。
その上で、もう一度、本当の友だちとして、三人で付き合っていきたい。
その時にはもちろん、面倒なこと抜きにしてだ。
美里の方はまだひっかかるところがあるかもしれないが、もしそれが苦手なようだったら俺がうまく調節していく。あいつもお前のことを、人間として好きだと今は言っている。お前がうざったくならないような繋がりを、もう一度構築できるはずだ。
あいつはそういう女子だ。俺が保証する。安心しろ。
以上、俺の言いたいことはこれで終わる。
羽飛 貴史
◇
知らなかった。
──羽飛がこんな綺麗な文字を書く奴だったとは。
手からこぼれて落ちた。冷えてきた指先と身体が凍り付いていきそうだった。
何も、本当に何も、知らなかった。
たった半年、上総の代役をやっただけで、こんなにたくさんの学びを得て、ほんの少し金沢の手伝いをした程度で自分のやりたいことを見出している。
上総が三年間、懸命にあがいて求めていた答えを、貴史はあっという間に得て、同時にそれを自分の身につけている。
貴史の書いた通りだった。
──俺は三年間、何にもできなかったっていうのに、羽飛は。
本来評議をやるべきは貴史なのだと、上総は口すっぱく言い続けてきた。
そのくせ、その居心地の良さを手放したくなくて、しがみついていた。
いくらでも軌道修正するチャンスはあったのに、そうしなかった。
どうしてそうしなかったのか、今ならわかる。
──羽飛と清坂氏、あの二人から見捨てられたくなかった。
もし上総が評議から外されたとしたら、自分の居場所がなくなってしまう。それは覚悟していた。もう今もないだろうと思っていた。まぶしすぎるあのふたりにつながっていくには、要求された「付き合い」をこなすしかないと思っていた。
それができなくなった段階で、上総の方からふたりを断ち切ろうとした。
美里が嫌いだったからではない。そのことだけは確信している。
友だちを、失いたくなかったから。
小学校時代の、あの惨めな日々に戻りたくなかったから。
あのふたりと久々に再会した時、なぜか小学時代のいじめっ子たちと重なりパニックを起こしたのも、それかもしれなかった。杉本梨南に過剰なほど張り付き、自分でもどこか壊れているのではと思うくらいに執着したのも、貴史や美里から、嫌われてしまったことを確認したくなかったから。
貴史は「面倒くさいことから逃げていた」と何度も書いていた。
──違う。
ふと、暖かいものが頬に伝わった。誰もいない。
手紙を床に落としたまま、上総は両手で顔を覆った。覗き込むのはワラジムシくらいだろう。だから、顔をどろどろにしてしまうほどぬらしても、かまわなかった。
上総の一番戻りたい場所が、あの中学入学式の日だったから。
声を殺さずにしばらく顔を覆っていた。頬は気持ち悪いくらい濡れたがすぐに乾いた。顔をこすり、ふうっと息を吐いた後、上総は足元の手紙を拾い上げた。きちんとたたみなおし、元のように形を整えた。
──羽飛貴史。
何度見ても、その文字、あの貴史の書いたものとは思えなかった。
時計を覗きこんだ。クラス合同打ち上げ会もそろそろ終わりに近づいているはずだった。小耳に挟んだ情報によると、あまり長い時間拘束できない人が多いもので、希望者であってもせいぜい一時間弱でおひらきにしようということに決まっていたはずだった。もっとも上総のようにこうやって、さっさと逃げ出している奴らもいないわけではないだろう。
まだ、いるだろうか。
手袋をはめ直した。今まで一度もこんな友情満ち溢れた文面を読んで心揺さぶられたことないくせに、なぜだろう、どうしようもなく奥底から動かす流動物のようなものが感じられる。なんだろうか。うねっている。
目を落とし、その手紙を鞄の中にしまいこんだ。立ち上がり、上靴のありかを確認した。
──一言、ふたりに伝えなくては。
体育準備室から一歩出ると、そこにはうっすらと綿毛のような雪が積もっていた。ちょうど上総が篭っていた時間帯に降ったらしい。上総の他に足跡はなく、おそらく誰にも気付かれていないことが推察された。ほっと一息ついた。
もちろん、例の打ち上げ会に出るつもりはない。そろそろお開きの頃だろう。
ただ、その時に入り口で貴史と美里にだけ挨拶して去るくらいは許されるかもしれない。
女子たちが露骨に上総の参加を拒んでいた雰囲気を読み取っているならば、きっと引き止めることもないだろう。ただ一言だけだ。
──ありがとう、と。
グラウンドをつっきる格好で歩いていくと、おそらく打ち上げが終わって間もないのか他クラスの連中がだらだら歩いているのが見えた。知らない女子たちだった。ちらと上総に気がつくと、またひそひそ話をする。武勇伝は増えたけれども、それでなにも言うことはない。
上総はそのまま砂利路を歩きながら、上靴を片手にぶら下げた。
D組は上総を除いて、団結力の強いクラスだ。菱本先生に対して、上総以外はみななついていたはずだ。だからだらだらと語り合っている可能性が大だ。そこに混ぜ込まれることはないと信じたかったが、いざとなったら逃げるしかない。たとえあの手紙を読んだ直後とはいえ、菱本先生への嫌悪が薄れたわけではない。英語答辞を邪魔された恨みを忘れたわけではない。
青い空からまた、光る雪が降り注いできた。頬で受け止め、一呼吸おいてから上総は玄関に入っていった。