第四部 6
第四部 6
青潟大学附属中学の卒業式に悲しみの溢れる場面はほとんど見られない。
上総の記憶する限りだと、去年本条先輩が会場を退出する際に、一部の女子たちが集まってプレゼントらしき包みを持って走り寄っていったくらいだろうか。あれだけ派手な卒業式答辞をやってのけたのだ、ファン心もそれはさまざまだろう。
もちろん陰ではドラマもあるのだろうけれども、下級生だった上総の目に留まることはほとんどなかった。少なくとも今年のように、口に出せないいくつかの悲劇を抱え込んだまま、涙を流す権利も得られずに消えていく人々がいた学年は、そうそうないだろう。
たとえば。
──ねえねえ、あの南雲先輩、彼女とふたりっきりで涙流しながら、別れを惜しんでいたみたい。
──えー、あのぽっちゃりした人? ひとことでいってデブ?
──そうなのよ。なんかね、手を握っちゃって、あの南雲先輩にじいっと見つめられててね。でも彼女の方は全然、あのまんまにこにこしてたのよ。なんでだろう。あの南雲先輩が血迷ってあんな人選ばなければ、絶対男子に相手になんてされないタイプなのにね。
──ほんと、謎な人たちだよね。あーあ、南雲先輩みたいな人に、じいっと見つめられるなんて、夢みたい!
とか、
──ほら、C組の霧島先輩、いるでしょ?
──うんうん、あの頭が悪すぎて、青大附属から追い出される人でしょ。霧島くんがあんなにかっこいいのにね。顔しかとりえない馬鹿って感じ?
──さっき、三年の教室に入っていったわよ。なんかすごい騒ぎだったみたい。なんでもね、最後の挨拶で「私がこの学校にきたことがすべての間違いでした。生まれたことをお詫びします」とか言って、殿池先生慌てちゃって。
──わかってるじゃあん。
──でしょ? あんな頭の悪い人を先輩としてあがめなくちゃいけないってのがなんかの間違いなのよ。霧島くんかわいそう。先生たちは大人だから本音言えないけど、私たちからしたらわかるよね。そうよ、裏口入学した罰が当たったのよ。
とか。
上総には今、どうでもいいことではある。
卒業式前日に更科からとくとくと愚痴をこぼされたので、C組においてどういう展開があったのかは聞いている。だが、それがなんだというのだろう。どんなに殿池先生が霧島さんを慰めたとしても「青大附属」から追い出されることは事実。それをひっくり返せない以上、何を言っても利く耳を持たず口を閉ざした霧島さんを、責めることはできない。
「そりゃあ、キリコが青大附高に進学したかったのはわかるけど、それはそれでしかたないんだよ。別に成績が悪かっただけであって、人間性を否定してるわけじゃないのにな。評議委員会からも下ろしたといっても別に、そういう事情だったら人前にさらされるのは惨めだろうなってことであえて切り替えただけなのに。なんか、キリコ、完璧いじけてしまっててさ。『私はこの場所に存在してはいけない人間でした。生まれてきたことをお詫びします』とか言うんだもんな。別に言ってないよね。立村、どう思う?」
後片付けに振り回されている更科には申し訳ないが、霧島さんの気持ちは事実を認めただけのもの。だから、受け入れざるをえない。
「そっとしておけよ」
それだけ答えた。
さて、もうひとつの噂、こちらはすでに上総が、隣の席で南雲本人から事情を報告されている。上総から聞きだそうとしたのでは決してない。やはり卒業式前日放課後、掃除をしながらぼそっと呟いたのを拾い上げただけだ。
「りっちゃん」
柄の長いほうきを持ってひたすら床をなでまわしている上総に、南雲は雑巾をぶら下げたままぼそっと呟いた。
「人生、終わったな」
「なにがだよ」
「俺ももう、目の前真っ暗。ざまあないよな」
手を止めて、上総は向き直った。南雲の顔は頬がくぼみ、一段と野性味を増していた。卒業式近くになると男子女子関係なく髪型がきっちり整ってくるものなのだけど、南雲の様子はいつもどおりのままだった。
「ほら」
握り締めたもう片方の手には、住所を書き記したらしいカードが一枚。
青潟市内ではない。桃色の名刺サイズだった。
「どうした」
「彰子さんからもらった」
「じゃあ、よかったんじゃ」
「よくねえよ!」
小声で南雲は舌打ちした。
「むこうさん、ぜーんぶ俺のこと知っててさ、これからも友だちでいようねってさ。青大附高の連中情報を俺に送るようにってさ」
「いやだから、それはそれで」
あれから何度か南雲は奈良岡彰子と縒りを戻すつもりでアプローチしているらしい。もっとも失恋のショックで暴れているのは南雲だけであって、奈良岡自身は「振った」という認識を持っていない様子だった。だから平気な顔して「友だち」ののりで新しい住所を渡したりしたのだろう。それはそれで進歩だと思ったのだが。
「お互いの夢に向かってがんばろうねってさ。高校進学したらいっぱい勉強して眼医者さん目指してがんばるんだってさ。けどさあ、医者になるためにそんなに、すべて捨てる必要あるのかよ。なあ、どう思う? りっちゃん? お友だちとしての文通だけだぞ」
上総なりに解釈すると、
「将来の夢に向かってお互い、切磋琢磨いたしましょう。友だちとしてこれからもよろしくね。男女のお付き合いは勉学の邪魔になるから、すべて封じ込んで、がんばろうね」
この二行に尽きると思う。
「でもそれはそれでいいんじゃないかな。だって」
「よくねえよ、ったく、だって考えてみろよ! すいと一緒なんだぞ。寮生活なんだぞ! あいつがさあ、また色気つきやがったらどうするんだよったく!」
それ以前に、年上の高校生彼女の話はいったいどうなったのだろう。
上総は頷きながら、いまだ立ち直れていない南雲を見つめた。
◇
卒業式当日、上総は八時きっかり、体育館へと向かった。
前日から泊り込んでいた母に無理やり髪の毛をいじられて朝の一戦を交えた後、いつものように自転車に乗り込んだわけだった。今日が特別な日、という認識は全くなかった。ただ校舎を移動するだけのことにしか思えなかった。 いつものように、評議委員会のイベント準備に朝早く出かけるだけのこと。
──息が白いな。
まだ暖房がまったく効いていない館内に入り、上総は入り口で立ちすくんだ。
──もう椅子、セッティング、終わってるんだな。
毎年恒例、卒業式前の準備は下級生がすべて行うことになっていた。自分たちの席はもちろんのこと、卒業生分の椅子もみな、前日にみな運び終える手はずとなっていた。上総も去年はそうだった。椅子を何度も三階の三年生教室から運んで筋肉がひくひくしたものだった。
──なんか、妙な感じだよな。卒業式なのに、何にもしないのって変だよな。
入学式以来の「もてなされる」という感覚が、肌に馴染まない。上総は首を何度か回した。ゆっくりと中央に用意された通路を歩いてみた。すべて焦げ茶のじゅうたんがぴったりと貼り付けられている。滑らないように両面テープで貼り付けられているはずだ。卒業生入場の際に足をとられてこけるなんてことは、なさそうだった。
卒業生というお客さんを、在校生がおもてなしするために色々な準備を進めてくれている。すでに椅子は全員分運び込まれていて、舞台前方に三年席、向かって後ろ側に在校生席、そして二階のギャラリー席には父母一同が座る手はずとなっている。三年の席は横一列に男子女子と分かれていて、舞台の壇、そこからまっすぐ下りることができるように低めの脚立が用意されている。男子と女子の間をすうっと歩いて自席に戻る形となっている。
そのあと川向こうといった感じで、二年だけ席が用意されている。やはり一クラス、男女の間に通路が設けられていて、壇上までこげ茶のじゅうたんが用意されていた。
いつぞやは新井林と対決するきっかけとなった場所、また杉本梨南が初めて関崎の姿を見つめた場所。休み時間はバスケットボールで汗を流したりもして、吹き抜けの二階から古川こずえに「立村、あんた何やってるの! 早くボール奪いなって!」などと怒鳴られた場所でもある。本条先輩の側にくっついて舞台の端に突っ立っていて、貧血起こして倒れ、結局本条先輩の背中に背負われて保健室に運ばれたこともある。
──俺の席はここか。
まずは自分の座るべき席を確認した。木の背もたれを叩いた。上総の席は前方から向かって右側男子席、出席番号順に座るとなると必然的に通路脇。しかも後ろから二年生たちの視線もたっぷり受けるはめになるといういわば「さらしもの」の場所だった。
──本当に、らしい位置だよな。
振り返り次に、斜め右側の女子席を見やった。二年女子たちの固まる場所だ。
──「す」だと、だいたい真中らへんか。
杉本梨南は二年B組の女子席に回されるはずだ。いくら一年間E組通いだったとはいえ、籍は一応、B組のまま。おそらく向かって左隣には「さ」で始まる苗字の佐賀生徒会長も座っているだろう。
もう一度、通路ど真ん中から今度は壇上を見上げた。
四列目の席から見上げると、思ったよりも舞台が大きく写った。
先日から何度か予行演習を行っていたので、式の流れや要領はつかんでいた。ただ答辞、送辞、その他いろいろな挨拶類は時間の都合もあって当日のみのぶっつけのみだった。すでに上総は大鳩教授に「十九世紀の英語バージョン」で仕上げた答辞暗誦を一通り聞いてもらい、たっぷり駄目出しをしてもらっていた。ついでに桧山先生をはじめとする青大附中英語科の教師一同を集めた席でも何度か「正式バージョン・藤沖の答辞英訳版」の読み上げを行っていた。とりあえずは問題ないと褒めてもらえた。大鳩教授は大学教授だし、中学の卒業式に顔を出すような人ではないだろうし、おそらく上総の計画は誰も気付かぬうちに達せられ、自分だけ満足して終わるだろう。
上総は鞄に用意した答辞を、もう一度畳み込んだ。二種類用意してあった。
一応、英語で書かれた文は学校に残していく予定で、読み終えた段階でマイク脇に畳み、そのままステージを下りることになる。その分の答辞にはちゃんと上に「答辞」と明記してあるが、もう一通何も書いていないバージョンを用意してある。内容は同じものなので間違えても困りはしないのだが。
──入場する時には忘れないようにしないとな。
これから自分が考えているたったひとつのことを完遂するために。
誰にも伝えていない、自分なりの答えを。
「立村、おはよ」
視線をずっと壇上に向けていたせいで、貴史が近づいてきたのに気がつかなかった。慌てて頷き挨拶代わりにする。美里はついてきていなかった。声はもちろん貴史なのだが、見た目妙にさっぱりしている。たぶん後姿だけだったら気付かなかった可能性大だ。髪の毛がとことんスポーツ刈り、なんだか見た目、新井林に似ていた。
「お前、今日終わったら、打ち上げ出るだろ」
すぐに本題へと入っていくのが貴史流だ。何度も断ってきた誘い、でも飽きずに声をかけてくる。上総は昨日と同じく黙って首を振った。
「いいだろ、三年D組これで最後だろ、三年連続評議のお前が出ないとしまらねえよ」
「両親が来るからそちらに付き合うことになってるんだ」
例の「三年D組打ち上げパーティー」の件だ。結局D組とB組が合同で、教室を借り切る形でジュースで乾杯、という流れに決まったそうだ。A組とC組は西月さんやら霧島さんやらのこともあって、とてもだけど「卒業おめでとう!」と盛り上がる雰囲気ではないのだそうだ。B組については轟さんが難波の存在をほとんど無視し、昨日今日の段階ですべての手はずを整えてしまったとも聞いている。料理なんてご立派なものは出ないにせよ、缶ジュースとスナック菓子くらいは大目に見ましょう、という学校当局のお許しも得た。三年D組打ち上げチームとB組轟さんとのタッグが大成功したといえるだろう。
その努力には拍手を送るけれども、もう近づきたくない空間がひとつ増えるのもなにか辛い。どうせ終わったらそのまますっと校舎から離れればいい。また三週間近くしたら高校に顔を出すのだから。
「お前なあ、なんでそんなに意地張るわけ?」
「そういうわけじゃないよ」
事実、父と母がこなくてもいいのにわざわざ息子の晴れ舞台を酷評するために吹き抜け二階父母席に陣取るとは聞いている。朝から最悪の気分で罵りあいしたわけだが、三年D組で息苦しい空気を吸うよりは、あの母親の方が扱いよいかもしれない。
「あーあ、けどさ、これで卒業かよ。まじかよ、すっげえおもしれかったよなあ。最高のクラスだったぜって、そう思わねえか?」
「どうせ校舎が変わるだけだろ」
「まあなあ。あっそだ、立村、お前、英語で答辞読むんだろ。どうだ、自信の程は」
貴史は上総の隣でのほほんとした口調で続けた。珍しく話を逸らそうとした跡が伺える。気を遣われているのがありありとわかる。
「準備はしてきた」
「お前さ、うちのクラスふくめてみな注目されてるぞ。目立つしなあ」
「羽飛の方が目立つだろう」
あっさり切り返した。
青大附中の卒業式は毎年、クラスの評議委員かそれに準ずる生徒が男女一名ずつ、壇上で代表として、卒業証書を受け取る形式となっている。ひとりひとり受け取るのだと時間がかかりすぎるのと、毎年その際に代表の生徒が受けを狙うギャグを一発かますのが通常だからだった。
本来ならば上総も三年D組評議委員として美里と一緒に受け取りに行くのが筋だった。しかし英語答辞を優先するため、貴史にその仕事を譲ることになった。菱本先生からの提案だったけど、これは素直にありがたいと頷ける。去年卒業した先輩たちのように、壇上で「これからえびぞりやります!」とか「これからカラオケ一発歌います!」とか校長と肩組んで歌ったり、そんなアホな行動を取らなくてもいい。
ちなみに本条先輩も卒業生代表答辞を担当したため、三年A組卒業証書授与代表は他のクラスメートに任せていた。あの答辞で、ギャグを交えた卒業証書授与のパフォーマンスなんて一気に色あせたのは言うまでもなかったが。
貴史は頷きながら、顎を撫でた。
「せっかくだ、これはとことん、やることやらねばな。最後だし、目立つしかねえしな」
「お前、何やるつもり」
思わず尋ねてしまった。にっこり、貴史は歯を見せて笑った。
「去年がなあ、いわゆる受け狙いの一発ギャグばっかだろ。同じことやっちまったら結局は二番煎じだし、このあたりは美里を始め、他の卒業証書授与チームの連中と相談中。今のところ、正統派、青年の主張でいくかってのが濃厚」
「好きだな、みな」
「天羽にギャグ勝とうって根性が、まず間違ってるだろが」
「いえなくもないな」
ぼそぼそ話しつつ、上総は貴史の横顔を改めて覗き込んだ。どうやら顔もしっかりそってきたらしく、にきびがところどころつぶれていた。それでいて背もすっかり、上総より頭ひとつでかくなっている。もう背の順番でいくと、はるか後方に貴史が位置するようになっている。残された上総は相変わらず真中らへんのままだった、いや男子の中ではかなり、低い方かもしれない。
「羽飛、どうしてここ来たんだ」
さりげなく上総は尋ねた。あっさり貴史も答えた。
「立村、ここにいるんじゃねえかってな」
それ以上続けずに、貴史は体育館出口へと向かった。
また誰もいなくなった後、上総は二年生女子の席が並ぶ中央通路へ足を向けた。
二年女子、最前列は二年A組、次いでB組、C組と続く。
──杉本は、この辺か。
だいたい女子先頭から五番目くらいだろう。B組女子に、やたらとあ行、か行で始まる女子がたくさんいなければ。上総は右腕を伸ばしてみた。手が届くか、確認したかった。握手できそうな距離だった。
まだ、今日の計画は、杉本にも話していなかった。打ち明ける気はあったのだが、上総自身がこの三日ほど、英語答辞準備に追われていて気がつけば杉本と三日ほど顔を合わせていなかったというそれだけのことだ。
──まあいいか。それはそれで。
できれば卒業式後、二言三言でもいいから話をする時間があるといい。
それを終わらせない限り、たぶん上総の中での「卒業式」は終らない。
貴史には申し訳ないが、卒業おめでとうの気分で盛り上がる気にも、やはりなれない。
じっと椅子の一点を見つめていると、また男子の声が遮った。聞き覚えある声だが、今度はきっちり丁寧語を遣っていた。
「立村さん、おはようございます」
振り返ると今度は、新井林健吾がばか丁寧に礼をしていた。直立不動。
「どうした」
「今日の送辞、俺が読みます」
両手をぴたりとつけ、いかにも敬礼しそうなポーズで、新井林は告げた。
「答辞って、でも確か」
佐賀生徒会長が生徒代表として読み上げるはずと聞いていた。プログラムにもそうあるはずだった。新井林は首を振り、上総の隣に立った。
「佐賀……あいつ、二日くらい前に熱出して学校休んじまってて。たぶんインフルエンザかなんかだと思うんです。こんな寒いとこで耐えられるわけねえし、休めって言いました」
「そうか」
短く答え、考える間を取った。「アルベルチーヌ」での会合から即、倒れたというわけか。
でも新井林にはその「アルベルチーヌ」で上総と顔を合わせた旨は伝わっていないらしい。
「で、あいつから俺に、代わりに読んでくれと頼まれました」
「そうか、そうなんだ」
曖昧な返事を繰り返しつつ、新井林の真意を探った。貴史にしろ、新井林にしろ、なぜ上総を追って体育館に集まってくるのだろう。
「けど、あいつの原稿をそのまま読むのは男として納得がいかねえんで」
顔を緊張させつつも、新井林は力をこめて言い切った。
「昨夜、徹夜して書き上げました。それだけです」
「それだけって」
上総が問うのを振り切るようにして、新井林もまた、出口へかけていった。
──そうか、新井林が答辞を読むのか。
アクシデントとはいえ、少し気が楽になったところもある。
次期評議委員長として四月以降は、完璧に仕切っていくであろう新井林。最初は出来そこない先輩の上総に噛み付くわ罵倒するわでてこずったものの、最後はこうやって……内心どう考えているかわからないけれども……先輩を立ててくれた。最近は奴の最愛なる彼女、佐賀はるみをさんざんなぶったにも関わらず、きっちりと挨拶に来てくれた。
誰もかれも、上総よりはるかに背の高い男子たちばかりだった。
──やっぱり、俺は取り残されてるよな。
上総はまた白い息を吐いた。もう一度、杉本の座るであろう席に目を向けた。
おそらく佐賀は式に参列しないだろう。きっと空いた席は、壇上から見えるだろう。その側にたぶん杉本がいるだろう。目印は空席ひとつだ。
──今日は、俺のできることを、完璧にやり遂げる。それから。
予定を答辞の後に組み込んだ。席にはまだついていない、杉本梨南の席に向かい、もう一度手を伸ばした。入ってきた時よりも、素手に触れる空気がぬるんでいた。