第三部 17
第三部 17
本条先輩のアパートは、学校からさほど遠くない場所にあった。以前南雲が、
「俺のうちの近くなんだけどね、本条さんの住んでたうちとちょうど学区がずれてたから同じ学校にはならなかったんだ。けど遊び仲間としてはしょっちゅうつるんでたよ」
などと話していた。上総はぼんやりと歩き回った。自転車置き場に戻るのも面倒だし、どうせだったらバスで帰ってもいい。なにより、あの人がいつ戻ってくるかわからない。
──泊まってくるのかな。
ありえないことではない。
上総は手をすり合わせ、アパートの赤錆手すりにもたれた。階段に腰掛けた。さっきぬらした膝と足首とがやたらと冷える。
──やっぱり、部屋の中ってジャングルなのかな。
何度か去年出かけた時、本条先輩のアパート内がいかにも男子専用の部屋とばかりに散乱していたのも記憶に新しい。もっとも本条先輩自身は几帳面なので、部屋の中はさほどちらかっていなかったが。靴下を汚さずしてまず本条先輩の部屋に入り込めるかどうか。
──いや、それよりも。
本条先輩は帰ってくるだろうか。
南雲や狩野先生を通じて、本条先輩のあまり順調でない高校生活情報は聞き知っていた。
上総にも全く感じ取れないわけではなかったけれども、あの本条先輩に限ってなにかしくじったとかそういうことがあるとは思えなかった。たぶん、高校の上級生とけんかしたとか、誰かの彼女を奪う形になってうらまれたとか、その程度ではないかと思う。そして、そういう程度のことならば青大附中時代もしょっちゅうあったのではないだろうか。そんなことをしても、すぐに持ち前のカリスマ性でもって片をつけてしまう、それが本条先輩のはずだった。
上総は空を見上げた。かすかにまだ青空が覗いていた。
三月だけに、さほど暗くない。
──本条先輩のとこも、三月は暇なのかな。うちの学校みたいに。
もしかしたら追い返されるかもしれない。
青大附中評議委員会の長に指名されたくせに、すべてをなくしてぼろぼろになっている上総を軽蔑するかもしれない。それは覚悟の上だった。もちろん、これっきり、縁を切られてしまうのも予想はしている。だがしかし、
──今の俺には、本条先輩の才知が必要なんだ。
──でないと。
コートのポケットに片手をつっこみ、なんどか握りこぶしをこしらえた。手袋を通してさらに冷気が迫ってくる。歩いている時はさほど気にならなかった濡れた雪、ゆっくりと染み渡ってきた。
卒業するまでに、なんとしても杉本をなんとかしなくては。
階段を降りてくる気配がした。鉄の階段を派手な音させて降りてきたのは、何度か見覚えのある人だった。上総の横を通り過ぎようとして、ふと振り返った。
「あれ、君は?」
上総はこっくりと頭を下げた。本条先輩のお兄さんだ。確か青潟工業高校に通っていると聞いている。それ以上のことも、もちろん聞かされている。髪の毛が肩まで伸びているのだが、鼻の下あたりが青く剃り挙げられているのとあいまって、少し不思議な雰囲気がした。なんと言えばいいのか、「男子っぽくない」匂いというのか。そういえばすれ違った時の香りも、女子に近い花の匂いが漂っていた。まだ残っている。
「里希の友だち、だよね」
「後輩です」
「立村くん、だよね」
お兄さんは、改めて上総の前に近づき立ち止まった。
「里希を待ってるの?」
もう一度、上総は頷いた。
「なら、呼んでこようか」
お願いします、そう答えるべきか上総は迷った。お兄さんが「呼んでこれる」場所かどうか、正直判断できなかったからだった。なにせ本条先輩の放課後さまよう場所といえばいわゆる街中、デートコース、および女子の部屋。ありとあらゆる乱雑な世界への通り道。
「ありがとうございます、けど、先輩が帰ってくるまで待ちます」
「でも寒いだろ」
「寒いけど、いいです」
「なら、うちに入ってれば」
上総は首を振った。それはできない。
「風邪引くよ。そんなかっこうで待ってたら」
「先輩、迷惑だったら困るから」
思わずこぼれた言葉を拾い上げたのか、お兄さんは首を振った。ずんぐりむっくりしたその体型と、口調のやさしさとが重ならない。一年前だったか、もう少し前だったか、本条先輩とふたり、駅前近くの広場で、この人をペンライトで追い見守っていたことを思い出した。
「それはないよ。だって、里希は電話でしょっちゅう、君のことを話してたよ」
「電話?」
この兄弟、日常会話、室内で電話を使用しているのか? いわゆる「親子電話」か?
上総が戸惑うのにすぐに反応したお兄さんは首を振り、やさしく笑った。
「君が最近どうしているかどうか、ここ半年くらい、いろいろなところに電話して、聞いていたよ。本当に心配しているんだということがよくわかるよ、一緒に暮らしているとね」
「それは違うと思います」
お兄さんはきっと勘違いしているのだ。半年くらいというと、上総が評議委員会の長から野に降りて、それ以来堕落しきった生活を送っていた頃と重なる。たぶん、天羽や南雲あたりから情報を集めて、憤っていた可能性の方が高い。
「とにかく、今日は里希、すぐに帰ってくるはずだから、家に入っててくれないかな」
「でも」
「とにかく里希の部屋で待っててくれないかな」
お兄さんの押しの強さは、簡単に跳ね除けられないものだった。
結局上総は折れ、お兄さんの後ろについて、アパートの戸に手をかけた。
──予想通りだな。
部屋の荒れ果てた状態は日々パワーアップしていたらしい。上総が最後に見た部屋の様子だと、それでもまだ廊下には歩く空間が存在していたけれども、やたらと卵の殻とか、こぼれたコーヒーの跡とかが残っているのには閉口した。狭い玄関から本条先輩の部屋に続く通路を通り、案内された。灯りがついていないので、昼間でも暗く何も見えない。
「じゃあ、その辺に座ってて。コーヒー出すから」
「あの、いいです」
「いつものことだから」
かいがいしくお兄さんは背を丸め、部屋の戸を閉めた。
本条先輩の部屋の中をぐるりと見渡し、上総は改めて正座しなおした。
相変わらずこぎれいにまとめられた部屋だったが、かなりきっちりと参考書やノートが整えられているのが目立った。かつての本条先輩だったら勉強関係のプリントやノートのみ、ばらっとまとめていたはずなのだが。そのあたり心境の変化があったと見ゆる。
六畳の洋室には黄色いたんすとやたらと低い位置のベッドが場所を取っていて、かなりの圧迫感があった。その奥に小さなラジカセ一台、カセットテープを入れっぱなしのまま。上総は側に落ちていたカセットテープの箱をつまんでみた。背には、「青潟東高校演劇部地区大会用テープ」と殴り書きがなされていた。
──先輩、演劇部だったんだよな。
すっかり忘れていた。聞いていたはずだし、もちろんそのあたりの話もしていないことはなかっただろう。しかし上総の記憶には殆ど残っていなかった。本条先輩が演劇部で活躍するのはごくごくあたりまえのことであり、あらためて驚くべきことではない。南雲がちらっと、「演劇部をやめたらしいよ」と話していた時も、どことなく他人事のように受け止めていたようだ。自分の精神状態ももちろんよくなかったのはわかっていたけれども、それ以上に、「うまくいかない本条先輩」の図が思い描けなかった。
音を鳴らしてみようか。
そっと再生ボタンを押そうとした時、戸が開いた。慌てて指をひっこめた。お兄さんが穏やかな表情で缶コーヒーを持ってきてくれた。
「これ、飲んでて」
「ありがとうございます」
そのまま受け取り、両手で抱えた。缶が熱い。手袋で覆った。
「あの、これ、わざわざ外で?」
買ってきてくれたのだろうか。お兄さんは頷いた。
「自動販売機、すぐそこにあるからね。あったかいほうがいいしね」
上総はもう一度、お礼を言った。
「ありがとうございます」
お兄さんが部屋の中を見渡し、カーテンリングのゆるみを直した。指先がマニキュア塗っているかのように光っていた。見た感じどう考えても「男」なのに、しぐさひとつひとつがやわらかい。
「あの、本条先輩は、お元気ですか」
「やっぱり会ってないんだ」
背を向け、次に窓の水滴をティッシュで拭き取りながら、お兄さんは呟いた。どうリアクションしていいのか迷い、上総も言葉を濁した。
「あの、はい」
「よく来るんだよ。里希の青大附属時代の友だちはね」
窓を開け、今度は外側を拭き取った。
「なんでかな、今の学校の友だちは全然来ないな」
「そんなわかるんですか」
「なんとなく雰囲気でね」
どんな雰囲気なのだろう。自分もかもし出しているのだろうか。上総は腕を数回はたいた。
「やっぱりあいつは、青大附属に進めばよかったんじゃないかって思うよ」
「でも本条先輩は」
お兄さん、あなたのために、弟である本条先輩は公立を選んだんですよ。なんてことは言えない。口をつぐんだ。窓のサッシを新しいティッシュでこすりながら、お兄さんはさらに続けた。
「今の里希にとっては、ものたりないんだと思うな」
「何がものたりないんですか」
「やることなすこと、みんな枠の中ってのが、あいつにはがまんできないんだろうな」
たとえば、と言いながらティッシュをかためて捨てた。
「あいつ去年まで演劇部に入っていて、今は完璧帰宅部なんだけどね。高校演劇のお約束のようなものにとうとう馴染めずじまいだったみたいなんだ」
「でも先輩は、三年間ビデオ演劇の主役張って」
馴染めないなんてありえない。忠臣蔵の主役を張ったのは誰なんだ。上総は当然言い返そうとした。お兄さんは首を振った。
「高校演劇の規則とか、そういう細かいものじゃないんだよね。たぶん大抵の大人が求めている規格に里希が合わないんだよ。いわゆる『高校生らしさ』が、あいつにはないからね」
──大人が求める、「高校生らしさ」。
上総の耳にぴんと、細い電線が一気に突き刺さったような気がした。アンテナかもしれない。電波かもしれない。何かが脳を駆け抜けた。
お兄さんの言葉は、反対側の窓拭きを続けつつもまだ終わらなかった。
「兄貴の僕が言うのもなんだけどね、里希はうちの兄弟の中で一番大人びた奴なんだよ。末っ子なんだけどね。頭の回転が速いというのもあるけれど、人間関係のいろいろな機知とか、悪知恵とか、とにかく『高校生らしい』奴じゃないというのはなんとなくわかるんだ。たぶん名前と年齢を隠して話をすれば、あいつのことを誰も高校生だとは思わないだろうし」
「でも青大附属では全く問題ないんじゃないかと」
上総が口篭もりつつ尋ねると、お兄さんも頷きつつ、
「そうだよね。あの学校だけは、里希を『中学生らしく』ない中学生として受け入れてくれた、たったひとつの場所だったよね」
──中学生らしくない中学生。
──大人が求める、いわゆる規格。
お兄さんはいきなり話の矛先を変えた。上総にちらっと流し目を。
「僕は青大附属の環境を里希の口からしか聞いてないし、わからないけどね。あいつが一年の段階で学校を追い出されずにすんだのは、駒方先生と結城くんが里希のことをあのまんま、受け入れてくれたからじゃないかなって思うんだ。一年の頃の噂、聞いたことないかい」
上総は首を振った。聞いたことがないわけではないが、いまひとつ「噂」の域を出ない内容だったので自分の脳内でさっさと破棄していたはずだ。
「初体験したのが小学校六年の頃だったとかさ、部屋の中に女子連れこんでたとかさ、そういう話とか聞いただろ。大抵だったら、ひくよね。結城くんにも初対面の席で、『あんたいかにも童貞っぽい顔してますね』とか言い放ったらしいしね。結城くんもああいう性格だから、笑って流したらしいけど」
──本条先輩だったら、そのくらい言うだろうな。
リアルにその場の映像が浮かんできた。思わず笑った。
「結城先輩はいい人です」
「ほんとだよ、里希の恩人」
──結城先輩が?
信じられなかった。あの、アイドルグループ「日本少女宮」追っかけの、一応現在の評議委員会を打ち立てたとされる、あの結城穂積先輩が。あの人の性格が温厚でかつ、人畜無害だということは上総も知っていた。しかし、それだけのカリスマ性があるとは思えない。本条先輩はいつも、結城先輩をひっぱる格好だったはずだ。
恩人というなら、むしろ結城先輩から見た、本条先輩じゃないだろうか。
本条先輩のお兄さんは、上総の前に座り込むと、大きく伸びをした。
「立村くん、君から見たら、里希は生まれてから一度も先輩なんていないような顔していると思っているだろ。まあ僕たちに対してもあんな調子だからね。上の兄貴たちなんて、里希に敵わないもんだからもう、あきらめてるところもあるし。そんな中でたったひとり、あいつの首根っこを押さえて、全力で守ってくれたのが、結城くんなんだよ。僕と同じ歳のはずなのにね、すごいよね」
「守るって、どうやってですか」
「まず、クラスの中で同級生たちとバトルを繰り広げていて、居場所がなくなったあいつを、評議委員会に引き取ってくれたのが、結城くんなんだ。もちろんそれは、担任の駒方先生が評議委員会の顧問だったというのもあるらしいけどね。それに、そうだね、里希の彼女たちについて、いろいろとトラブルが続いた時に大人の手を借りて片付けるように努力してくれたのも、結城くんだった。あればかりはさ、大人でないとどうしようもない問題だったからね」
「大人でないと、って」
まさか、妊娠させたとか、そういうことだろうか。まさか。いつも避妊やら性病やらで気を付けるよう上総に説教していた本条先輩が、そんな失敗するわけがない。
お兄さんはそこまで詳しいことを語らなかった。
「里希も最初は反発していたけどね。ゆっくり、ゆっくり、結城くんが里希のことを理解するよう努力して、時には家に連れ帰ったりして、いろいろ解きほぐしてくれたんだね。夏休みに入ってからだよ、あいつが今の本条里希として、立ち上がったのは」
「今の、先輩?」
「そうだよ。僕が知っている限り、里希は、あのままだったら学校に行く気もなくなっていたんじゃないかな。結城くんが里希の『中学生らしく』ないところを全部受け入れてくれたから、だろうな。里希もそんなこと死んだって言わないだろうけど、きっと心の奥底では感謝していると思う」
ほら、飲みなよ、という風にお兄さんは上総の持つ缶をつついた。
信じられない。
上総の中で繋がった電極が、まだびりびりと音を鳴らしている。
なによりも、これって聞いていいことだったのだろうか?
なぜ、お兄さんはそこまで話してくれるのだろうか。
「けどね、あれは青大附属だったから、それと結城くん、あと駒方先生に守られていたから許されていたんだろうな。僕も似たような経験してきたから少しだけ、あいつの気持ちがわかるんだよ。里希の『中学生らしからぬ』行動や気持ちをそのまま受け止めることは、簡単なことじゃないんだな。結城くんが、里希を周囲の反対押し切って評議委員長に押し出したのも、そのあたりだと思う。ビデオ演劇とか、怪しいお茶会だとか、公立の中学じゃ絶対やらないような企画を立てて、里希が退屈しないような場所をセッティングしてくれたのは、青大附属でなければできないことだったし、それにね」
上総がプルトップを指にひっかけたまま聞いていると、
「里希は末っ子だから、自分が一番、自分が偉くないとだめなんだ。うちにいる時は僕がいたから、それもうまく満たされていたけど、学校だとね、なかなかそうはいかない」
「先輩、そんな人じゃ」
お兄さんはかちかち、コーヒーの缶をまた叩いた。
「立村くんの家に里希が初めて遊びにいったことがあっただろう。泊まってって、そのあと帰ってきたこと。里希が夜ふらふらしているのはいつものことだから驚かなかったけどね、次の日からあいつ、一気に態度が変わったよ。うちに帰ってきてからね、なんというか、堂々としたっていうのかな。弟がいる以上、いい兄貴にならなくちゃって感じでね。一言で言ってしまうと責任感が出てきたというのかな。今まではどんなにあいつががんばってもガキ扱いしかしてもらえなかったけれども、これでもう、一人前だってのかな。今さっき、結城くんを恩人だと言ったけど、よく考えると今の里希をこしらえたのは立村くんなのかもしれないね」
「そんなことないです」
上総は被りを振った。
「そんな、俺なんか頭も悪いし、何もできないし」
「僕にはよくわからないけれどもね。ただ、言えるのは、立村くんと離れてから里希はもう、あの頃のようなバリバリ野郎ではなくなったってことだね。もちろん青大附属の友だちとつるんでなにかしている時はあのまんまだけど。東高には高校生らしからぬ本条里希をそのまま迎え入れてくれる場所はなかったみたいだし、結城くんのようにしっかりと導いてくれる先輩も、面倒みたくなるような後輩もいないわけ。今の里希はそうだね、中学一年一学期の、荒れ狂っていたあいつと同じだね。もっともおつむはそれなりに成長しているからけんかを無駄に売ったりしないけど、別のところでしっかりきているみたいだしね」
お兄さんがそこまで話した時だった。
張り裂けんばかりに戸が全開し、振動たっぷりに閉まった。
「里理! お前何訳のわかんないことこいつに話し掛けてるんだ! 余計なことするんじゃねえ!」
白いジャンバーに銀のネックレスをじゃらりと下げた本条先輩が、血相変えて立ちはだかっていた。髪の根元をゆるく逆立てているせいか、かつての姿よりも子どもっぽく見えたのが意外だった。本条先輩は言葉よりも先にお兄さんへ近づき、軽く一発二発、頭をはたいた。目つきは全くゆるんでいないが、手加減はしているようだった。
「さっさと出て行け!」
「行くよ。じゃあ、ごゆっくりとね」
「てめえと違うんだこいつは! ったく、この変態野郎が!」
全く驚く気配もなく、お兄さんは立ち上がった。
「何もしてないよ」
「ったく」
やはりあの人は本条先輩よりひとつ上だということがよくわかった。
さすがだ、扱い慣れている。
お兄さんが自分の部屋に戻り、戸が静かに閉まった後、初めて本条先輩は上総に視線を向けた。驚いてはいなかったようだった。ひとつ、きちんと頭を下げた。
「お久しぶりです」
「俺に言うことはそれだけか」
「申し訳ありません」
「口先だけで言うんじゃねえ!」
怒鳴り声は覚悟の上だけど、びくりと身体の奥から震えるのは自分の弱さ。本条先輩はさっきまでお兄さんが座っていた場所に片膝を立ててゆっくり上総の顎に指をかけた。
「いいか、よく聞け」
もう片方の手を広げ、指折りながら数えていった。
「南雲も来た、天羽も来た、新井林も来た。難波と更科は結城先輩経由で話を持ってきた。他の元評議同期連中からもたっぷり情報をもらった。だがな、肝心要のお前だけ、なんで何にも言わないんだ?」
「だから今」
「いいかよく聞け」
静かだけど、芯から怒りを押さえているような眼差し。
「今晩は寝させない。覚悟しろ」
指先は冷たくなかった。
上総は頷き、本条先輩直々の取り調べを待つことにした。