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第三部 10

第三部 10


 天羽と佐賀との間でどんなやり取りが行われていたのかを、まずは確認したかった。自分で計画したこととはいえ、あれだけ顰蹙買う言動をやらかしていたら上総に教えてくれる奴がいるわけもなく、しばらく口を閉ざした方がいいと判断したからだった。

 ──天羽としては、「ただの学級委員会」に押し込められる前に最低限の権利を確保したいはずだ。

 ──それと、新井林も。

 足を組んだまま、上総は両手を組み合わせてじっと耳を澄ませた。

 隣から視線がちろちろ、細い光の糸みたく飛んでくるのを頬で感じていた。

 ──気にしている暇なんてない。

 E組で見送ってくれた杉本の瞳が脳裏にちらついた。


 実質、話を進めているのは佐賀生徒会長ではなく、おかっぱ髪のヘアバンド女子だった。

「私たちが決めているわけではないので、事実だけお伝えしますが」

 上総の乱入でだいぶ苛立ちも増したよう。頬のあたりをかすかにくぼませながらその女子は座ったまま天羽に告げた。

「先生たちは、現在の生徒会にかなり期待してくださってますし、実際四月以降の行事に関しては私たちが担当することで決まりだとおっしゃってます。新入生を迎える会もそうです。去年までは評議委員会さんの方ですべて担当していただきましたが、まだメンバーが整っていない段階でそういう大きな行事を担当するのは無理があるのではないかということです」

「いやあ、そんなことはなかったよなあ。なあ、難波、更科、そうだろ?」

 あえて上総に振らないのは、天羽も雰囲気を波立たせたくないのだろう。

 更科がまずこっくり頷き、例の子犬的笑顔を振り撒いた。上級生ゆえにその効果も半減しているのが残念だ。

「そうそう。もともと評議委員会はみな気心しれてたから、細かいことはどんどん三月のうちに片付けてたし、かえって生徒会の方が大変なんじゃないかなって俺は思いますよ。俺たちは一年付き合ってるけど、生徒会のみなさん、半年しか」

 言いかけたところをばしりと叩く。霧島弟が立ち上がった。

「それは去年たまたまでしょう。ま、去年の段階で、一人すごい騒ぎで入れ替わりがあったってことは聞いてますがね」

 かなり甲高い声で耳障りだった。どうも声変わりがまだ終わっていないらしい。女子と混じってもそれほど違和感はない。

「その後は櫛の歯が抜けるがごとく、ばりばりと評議委員さんたちが入れ替わっていって、チームワークを取るのが大変だったんじゃないですか。それも、最後は委員長までも」

「私も同感です」

 おかっぱ髪のヘアバンド女子は少し上目遣いで霧島弟を見やり、大きく頷いた。ちらと上総の方にも鋭い視線を送り、すぐに戻した。それが合図になったのか、教室内全員の視線が上総に集中し、またひそひそ声が沸いた。

「まあまあ、それはいいとして」

 天羽が穏やかに話を戻そうとした。明らかに生徒会側の優位が確立された以上、天羽評議委員長としては現状維持を保つしかないと判断したのだろう。同じ立場ならば上総もきっとそうするだろう。もう少し様子を見ることにした。

「立村、黙れよ」

 なんもしゃべっていないというのに、なぜか貴史がじろりとにらむ。

「何もしゃべっちゃいないのにな」

 まずはこいつに言い返すだけ、に止めておいた。


──しっかし、面白いよな。

 たぶん、上総の意識している中では生まれて初めての傍若無人なこの振る舞い。やらかしてみるまではかなり心臓どきどきものだったが、いざ口にしてみたところ面白いくらいあふれ出てくる。扉を蹴飛ばした段階で、すべてのいじいじした背後霊みたいなものをおっぱらったようなものかもしれない。普段だったら決して口に出せないような下ネタまでさらっと飛ばしてしまってからはもう、何も怖いものなどなかった。

 ──本来、俺のいるべき場所に戻るだけであって、それ以下の何ものでもないんだしな。

 おそらく、美里には愛想つかされるだろう。視線の痛さでそれは覚悟している。

 貴史には次の日一気に三年D組で言いふらされるだろう。それも重々承知だ。

 天羽、難波、更科は「なんで余計なことしにきたんだ!」とばかりに激怒するだろう。なんで上総を引きずり込んだかを、今ごろきっと、鬼のように後悔しているに違いない。

 両腕を組んだまま黒板をにらみつけている藤沖も、四月以降は絶対に上総を黙殺しようと決め込んでいるに違いない。そりゃそうだ。

 かなりマイナスの部分だけが浮き上がってくるこの事態。いつもだったらなんとか最小限で食い止めようとするだろう。それをしようとは思わずに、他人事のように面白く眺めている自分が、上総には信じられなかった。

 ──杉本には今後無視されるだろうが、まあいっか。

 一瞬、ちくっとするものがある。すぐに打ち消した。

 ──英語科で関崎情報を流すからって言えば、すぐにご機嫌直すさ。まあいいや。


「まあまあ、生徒会のみなさん、まずは評議委員会の立場もわかってくれるとうれしいなあということでいいっすか?」

 天羽が頭をかきながら立ち上がった。事態収拾に向けてようやくいい案を思いついたらしい。

「最近の評議がころころ入れ替わっているってのは全くもってその通りで、お恥ずかしい限りなんですがね。だけどご存知っしょ。去年から俺たち評議委員会では、生徒会と委員会同士の風通しをよくするためにあえてそうやってるってとこを、ですねえ」

「あえて、ですか?」

「そんなわけないでしょう。よほど人間関係でごたつかない限りは代わらないのが今までの評議委員会だったんじゃないですか」

 ヘアバンド女子と霧島弟が重ね重ね言う。天羽は落ち着いて交わした。

「団結力が必要な集団ですから、ベストな人材を要所要所で入れていくってのも、またひとつの方法ではないかなということです。あ、それとですねえ、みなさん勘違いしてるようですが、評議委員長が代わった件については別になあ、個人のつるし上げなんかじゃないってどうして何度言ってもわかってもらえないのか、俺にはそこんところ、ちょいと、謎」

 ──まあ実際、つるし上げだからな。

 上総にまた、視線が集中する。天羽が語るのも無視して、一年、二年、三年の殆どが上総をやぶにらみに見据えた。知らん顔して上総は様子見に徹した。

「たとえば前の年、本条先輩がしきっていた頃ならまた話は別なんですよねえ。ありゃあ、あの人にくっついていくのは普通の奴じゃあ絶対無理。もし今回みたく切り替えなんぞしたらああた、一発で終わっちゃいますよねえ。だから俺もそれはそれでいいと思いますがしかし。俺たちの代で言えば、もし前評議委員長のままで持っていって、そのまま終わっちまった場合だと、残りの面子のやることがなくなっちまう可能性、出てきますわな。立村ともそのあたりきっちり話をしたんですがね」

 ──話なんてしてないだろうに。

 天羽のでっち上げにはあきれるというよりも感心する。くちばしをはさまないでおこう。

「つまり俺たちの代で言えば、みな三年連中はそれぞれの個性ってかそういうものが豊富だったってことで、全員の個性を幅広くですね、生かすような形に持っていきたいってこと。それでまず前期は立村が基盤をこしらえて、評議委員会同士の外部交流会なんぞを行って盛り上げて、後期は俺こと天羽忠文がですね、ゆっくりと生徒会のみなさんと協力してさらにすんばらしい青大附属の交流をおこなっていこうじゃあありませんか、と、ま、そういったところです」

「私が聞いた話とは全然違いますね。どこでそういう話になったのでしょうか」

 すぐに切り込んだのはヘアバンド女子だった。ちっとも驚かずに、間髪入れず、

「評議顧問の先生から聞いたところによりますと、ちっとも三年の評議委員がまとまらなくて大変だったので、あえて選挙を行っただけだということでしたが」

 ここでも「先生」だ。

 ──やたらと「先生」の話を持ち出すよな。

 おそらくこのあたりに、生徒会役員の強気な態度の理由が隠されているのだろう。だいたい上総もわからないわけではなかった。もともと評議委員会では顧問の介入が殆どなかったはずだった。少なくとも上総が評議委員長でいた時まではそうだった。しかし、生徒会長が佐賀に決まり、評議委員長が天羽となった段階で、やたらと大人たちの助言が増えて来ていたのは感じていた。すでに書記だった上総に影響はなく、主に天羽がひとりでその「助言」を聞いて頷くだけだったので、さほどの心配はしていなかった。

 ──けど、生徒会側は、違うのか。

 今まで顧問教師の委員会に対する影響が薄かった分、生徒会にはうるさいくらいチェックが入っていたと聞いたことがある。藤沖が生徒会長だった頃も、かなりうざったそうに肩をすくめていたものだった。当時、上総も本条先輩から「うるさい先公がいなくてその点、評議はやりいいぞ」とか言われていたし、実質その通りだとも思っていた。

 ──もしかして生徒会側は、先生たちのしつこい介入を、利用したんだろうか?

 上総は喋りつづけている女子を無視して、教壇でちんまり座っている佐賀を正面から見据えた。小首を傾げ、時折口元に手を当て考え込んでいる。殆ど言葉を発せず、心配そうに発言者を見つめている。生徒会長の堂々たるオーラは感じない。

 ──先生たちがその時に発言したことを、生徒会側の都合いいところだけ取り出していく、ってことじゃないのかな。

 天羽がいくら評議委員内の内部事情について熱く語ったとしても、評議委員はともかくとして他の外部関係者には伝わりにくい。しょせん、自分らは中学生なのだから。

 しかし、生徒会側の訴える「先生の発言」は、中学生ではなくれっきとした大人の言葉だ。

 正直、上総からしたら先生ったって勘違い熱血野郎も混じっているのだからあいつらをひとくくりに「大人」と言ってほしくないと思う。思うのだが、それは上総自身の考えであって他の人たちには通じないだろう。

 ──大人は強い。簡単には勝てない。中学生は弱い。

 もし生徒会側が「大人」の介入利用を意識的に行っているとしたら、評議委員会にもう勝ち目はない。新井林には悪いが、四月以降はただの学級委員長としての意識を持ってもらうしかない。子どもたちだけの楽園と、大人の後ろ盾を得た生徒会と。もし今の上総が評議委員長だったら、もっと別の切り込み方もあっただろうがそんなできないこと考えてもしょうがない。まずは見守るだけである。


「本日、評議委員会のみなさんにご同席いただいたのは、私たち生徒会に先生たちがこっそり教えてくれたことを、できるだけ早くお伝えしたかったからなんです」

 ようやく、佐賀はるみが発言を始めた。

 決して感情をもろにあらわすわけでもなく、静かに、それでもかすかな笑みを浮かべている。

「今渋谷さんと、霧島くんが話してくれましたように、実は私たちの間でもこれからどうすればいいのかと、困り果てていたところなんです」

 そんなの聞いちゃいないとばかりに、霧島弟がつっかかろうとするのだが佐賀はるみは首を小さく振り微笑んだ。

「私たち、今まで、どういう風にすればいいのかと藤沖会長にお尋ねしたり、先生たちに相談したりしていたのですけれども、それがよくなかったのかもしれません。いつのまにか先生たちが先の予定を組まれてしまったんです」

 ──責任転嫁ときたか。

 教師たちがすべての予定を組み、「こうしなさい」と命令したとすれば、生徒会側の責任ではなくなるわけだ。なるほど、そうすれば結局「しかたなく頭を下げざるを得なかった生徒会」が「うるさい評議委員会」にお願いして身を引いてもらおうとしているふうに見える。

 ──天羽の奴、どう思ってるんだろう?

 そっと天羽、難波、更科の三年三羽ガラスを見守る。

 天羽はさほどいらだつわけでもなく、シャープペンをぐるぐる回している。

 難波は完全に機嫌を悪くしているのが見え見え。指を何度もぽきぽき折っている。きっと音がしているに違いない。

 更科は頬杖をついて、いつものきょとんとした眼差しで周囲を見渡している。

 それぞれがそれぞれに、思うところもあるのだろう。

 ──まずは佐賀さんの言い分を全部聞いた上で。

 上総は次の行動を決めることにした。


「今回あえてこのように、生徒だけの集まりを開くことを先生たちに許していただいたのは、そのあたりにも、理由があるんです」

 佐賀はるみはさらに小首を傾げ、そっと耳元の丸い編み込み髪に手を触れた。中国娘風の良く似合う髪型だった。思わず咳払いするのが新井林か。

「本当だったらきちんと、先生たちが評議委員会のみなさんに説明を行って、今後は生徒会中心で持っていきましょうって話をしてくださる、そういうはずだったんです。でも、私」

 また言葉をとぎらせると、次は口元にそっと手を当て、くしゅんとくしゃみをした。

「ごめんなさい、私、うまく言えなくて。でも私、それって評議委員会のみなさんに対して、失礼なことじゃないかって思えてならなかったんです。だってそうしたら私たち、せっかくここまで私たちに協力してくださった評議委員会のみなさんを裏切ることになってしまいます。私、それだけは、どうしても、したくなかったんです。私、だから」

「よっくわかったでしょう? 天羽先輩」

 いきなり割り込んだのは例のヘアバンド女子だった。なんだかこの女子は、天羽に対して激しい敵意をむき出しにしているような気がした。誰か注意でもしないのか? 元生徒会長の藤沖あたりでも。まったくその気はなさそうだった。佐賀の言葉をさえぎるようにして、ヘアバンド女子は一気にまくし立てた。

「いいですか、今回のこの会は、佐賀さんのおかげで成り立ってるんですよ。本当だったら評議委員会なんてさっさと終わってしまって当然なんですよ。特に最近あんなごたごたがあった以上、先生たちの判断で本来の職務を全うする集団に戻ってもらってよかったんですよ。それを、佐賀さんがいくらなんでもそれはって言い張ったから、私たちもしかたなく、そうしてるんですよ。いいですか。私たちは、本当だったらこんなこと、しなくてよかったんですよ」

 またざわめくが、今度はどちらにも頷くわけでもない。ちらちら周囲を見渡しつつ、様子を伺っているかのようだった。一、二年の評議委員たちがどう反応しているかを見守ると、たいくつしてきたのか手紙をこっそり書きながら折紙風に畳み込んでいる女子を発見した。一年だった。またその隣ではつっぷして眠りこけている奴もいる。こいつは運動部と聞いているのでおそらく疲れているのだろう。とがめる気はないが、しかしこれだけ生徒会の厳しい言葉が続くにもかかわらずみな興味を示さないのは、どうでもいいからなのかもしれない。だんだん力が抜けていく。

「ですから私たちとしては、みなさんにここではっきりと約束していただきたいんです」

 ──宣言ってなにをだよ。

 膝を組み直すタイミングを計りながら、上総は前かがみになりコートを抱いた。

 ヘアバンド女子は少し反り返るようにして、唇をまっすぐ結んだ。

「これから先、先生たちがいろいろなことをおっしゃるでしょうがそれを佐賀生徒会長の責任にしてぶつぶつ言うのはやめていただきたいということです。天羽先輩、先日からずっとお願いしてましたけれども、なぜ会長のやり方を責めようとするんですか? 会長は観た通りおとなしい感じだし、どこかの誰かとは違って押しも強くありません。でも、青大附中のことを一生懸命考えて、それから私たち生徒会のことも、もちろん委員会関係の人たちのプライドも慮って、それで一生懸命うまくいくようにしてるんです。佐賀さんが生徒会長になってから、目立ったトラブルって、これまでありましたっけ?」

 その言葉はじわりと上総の胸に響いた。

 ──ないな、表向きは。

「評議委員会は今まで特別な地位に置かれてましたけれども、話を聞けば内部でいろいろなごたごたが起こってしまい、先生たちの手を借りなくてはいけないほど困った事態に陥っているという話も、この前噂で耳にしました。そうですよね、霧島くん」

 かなり不快そうに霧島弟も頷いた。

「僕はもっと詳しいことを知ってますが、あえて評議委員会の名誉のために控えます」

 上総は難波の方をちらと見た。あいつが一番の火薬庫であることを知っている。もし霧島姉のことを口にしたら、奴がどう出るか上総には読めない。うつむいてノートに何かを書き付けているが、それが何かもわからない。

「現在青大附中において誰がリーダーになるべきか、それをここではっきりさせる必要があると私は思います。もちろん、今まで評議委員会が行ってこられたことを否定はしませんが、現状維持のままでは全く何も変わりません。先生たちの考えを最優先に考え、これからは生徒会長である佐賀さんを中心とした生徒会執行部をもっと盛りたてて頂きたいのです」

 ──新井林はどう出る?

 上総が読めない男子がもうひとりいた。

 次期評議委員長になるはずの新井林は相変わらず背を向けたまま、佐賀の方を見つめている。ただ他の男子連中が「見据えている」のに対し、新井林の目つきはどことなくいらただしげだった。何かふたりきりで話し合ったことでもあるのだろうか。気にかかる。


 天羽が立ち上がった。いつものように「まあまあまあまあ」と片手で周囲を制するポーズをつけながら、

「そうそうかっかしなさんなって。ま、生徒会のみなさんが一生懸命やってくれてるってことは俺も感謝してますが。まあ評議委員会の連中ってのは、血の気が多いっていうか、生まれながらにドラマチックな奴が多いっていうか、とにかく個性派の集団なもので事件が多発するってのはしょうがないことなんですわな。なあ、更科?」

 いつもなら「なあ、難波?」と声をかけるはずなのに、あえて逸らした。更科もにこにこ頷いた。

「俺たち評議委員会、厳密に言うと今の三年世代がとんでもないキャラの持ち主だったことは認めるし、先生がたにあきれられたってのも、まあしょうがないかってことで、おっけとしますわな。ただ、それはあくまでも、俺たち三年の話であって二年とは関係ねえんじゃえかなあ、と、評議委員長として思うんだがどうですかねえ? 会長?」

 にやりと天羽は口元を緩めた。佐賀会長はふっと小首を傾げた。

「ごめんなさい、私にはそれ以上、先生たちを止めること、できそうにないんです。だって私たち生徒会は、先生たちのいいなりなんです。むしろ、止めることをお願いしたいのは、私たちの方なんです、でも」

 じいっと次に、佐賀は新井林の方へ首を傾げ直した。

「どちらがよくてどちらが正しいとか、そういうのはうまく言えないんですけれども、ただ私、今までずっと先生たちの言う通り、あと渋谷さんや霧島くんたちに手伝ってもらったりして生徒会長を務めてきましたが、一度も困ったことが起こってないのは本当なんです。もちろん、最初のお話通り生徒会と評議委員会が協力する形でのやり方で進めてもいいかと思ったのですけれども、そうするとやり方がそれぞれ違うのでまた、トラブルが起きてしまいそうな気、するんです。だから」

 最後にじっと天羽へ頷きながら、

「だから、私、このままみんなが喜ぶ形で進めるのなら、先生がたの言う通り、そのまま生徒会が今まで評議委員会のしてきたことを預かる形にするのがいいかなって思ったんです。私、間違ってるでしょうか。それの方が誰もけんかしないですむし、誰も悪者にしなくてすむし、きらわれないですむし。傷つかないですむのではないでしょうか」

 ──いかにも、先生たちの御用機関だった過去を利用した、評議委員会のおとり潰し劇か。

 他の連中がどう思っているか、上総は読み取るのをやめた。

 本当だったら誰か、噛み付いてもいいはずなのだ。新井林も四月から「ただの学級委員長」で納まってしまう以上悔しがって文句たらたらでもいいはずだ。天羽も、更科も、難波も、いやいや曲がったことの大嫌いな美里も、賢い轟さんも、それなりに言い分があるはずだ。なのに、みな黙っている。口を出そうとしない。

 美里に目を走らせてみると、隣の貴史に何かを一生懸命ささやき声で弁じている。声は聞こえないようにしている様子がいつもらしくない。轟さんは黙って天羽を見守っている。この前話してくれた通り「天羽を守りきる」ことにこの人は今の時間を使いたいのだろう。近江さんは相変わらず退屈そうに頬杖をついて窓辺を眺めている。この人にとっては評議委員会という場所がすでにどうでもいいところだったのだろう。

 ──天羽がどう考えているかしらないが、でも、このままだったらあいつの立場はずたずただ。

 轟さんが話してくれた天羽の現状を思い出しつつ、上総はいそいで足を組みなおした。耳をかきながら、今行動すべきことを選び出そうとした。佐賀の言葉はまだ続く。

「私、今までたくさんトラブルの経験をしてきました。それでいつも思っていたのですけれども、一番最初のきっかけが起こった時、誰かが我慢して問題を起こさなければ、大抵の場合ものごとってそれだけで終わってたんです。だから私、いつも自分のところで問題が大きくならないようにすればいいって、思ってたんです。もちろんそればかりじゃいけないっていうのもわかってましたし、生徒会長になった以上それなりに覚悟はありました。問題が起こる以上は、ちゃんと対処しなくっちゃって、思ってました。でも、本当はみんな、仲良くしていたいんじゃないかなって思うんです。変なことなんて起こさないで、みんな仲良く楽しくしていたいんじゃないかなって」

 上総はもう一度佐賀はるみの顔を観察した。何度も片手を耳に当ててポーズを取っている姿に何かがひっかかった。

「今回は先生たちが、半ば強引に評議委員会の人たちに話をつけるからっておっしゃってくださったのですけれども、私あえてそれ、断りました。それって失礼だと思うんです。でも、よくよく考えるとそれの方がみんな仲良しでいられるはずなんです。生徒会が努力してみんなを率いるようにして、評議委員会のみなさんはクラスをまとめることに専念していただいて、それぞれがやるべきことをきっちりとやるようにすれば、きっと、青大附属はいい学校になるんじゃないかってそういう気がするんです。私も評議委員だったことあるのでそれはわかります。だから、なおさら、私思うんです。評議委員として、クラスのみんなを笑顔にすることが一番大切なことなんじゃないかって。そのことに集中してもらう方が、きっとみんな、幸せになるんじゃないかって思ったんです。ですから、私は」

 ざわめいた声もすでに止んでいる。居眠り中の委員連中を除いてみな、なんとなく納得しそうな顔をしている。三年評議連中のうち更科と難波が何か言い合ってるがそれも聞こえないように潜めている声。美里が筆記用具を持って大きく口を開けて羽飛にささやいているが、あえて上総に聞こえないようにしているひそひそ声。

 ──これは評議連中に天羽、黙るように指示したな。

 ──それか、他の連中があえて黙りつづけることを選んだか。

 理由には簡単に辿りつく。生徒会連中の裏声を聞き取っているからだろう。

 それぞれすねに傷のある身。

 天羽は西月さんをめぐるトラブルで近江さんを巻き込みたくない。 

 難波は霧島さんの自殺未遂を巡る複雑な気持ちを抱えている。家庭内で最大の情報源とされる霧島弟に弱みをこれ以上握られるのはごめんだろう。

 美里も頭のいかれた元評議委員長の彼氏でこれ以上傷つくのはごめんに決まっている。

 新井林も自分のプライドよりも、追い詰められたように振舞う佐賀はるみの方が大事に決まっている。二年評議連中はすでに後期でメンバーがだいぶ代わっている。思ったほどの団結力はない。気持ちとしては半ば、ただの学級委員に納まっているはずだ。

 ──もしここで天羽が言い返したとしたらどうなるだろう?

 すぐに答えが出た。救いようがない。

 ──一貫の終りだ。


 西月さんと霧島さんの自殺未遂事件、そして天羽を頂点とした近江さんと西月さんとの三角関係、ついでに上総自身の杉本梨南誘拐事件、これだけ短期間に派手なことをやらかした三年連中の巣窟だった評議委員会。

 教師たちが不安がるのも無理はない。

 運悪く天羽がその長であったのも問題に輪をかけた。

 メンバーの質も学年が代わればまた変わると言う人もいるけれど、大抵の場合はそのバックグラウンドとなる場所に問題があると判断するだろう。佐賀やヘアバンド女子……確か渋谷と呼んでいた……は正論である。プライドずたずたにされかねない評議委員の面子を保ってくれた生徒会に一票投じていい。

 だが佐賀、渋谷のふたりは肝心なことを忘れている。

 ──あの事件を起こすきっかけは誰にあったんだ? 

 ──西月さんをあそこまで怒らせるきっかけって、誰が作ったんだ?

 してやったりとばかりに目配せしあう渋谷と霧島弟、その他の生徒会役員たちの視線に何かを感じる。残念ながら上総には、「嘘を決してつかない。約束を破らない」杉本梨南しかよりどころがない。西月さんがなぜ、生徒会室に乗り込んでいこうとしたのか、少なくとも西月さんを激昂させる言葉を生徒会室内で発した人間がいたからだろう。いったいそれが何なのか、わからないのが悔しい。せめて西月さんの忠実なる僕、片岡とコミュニケーションを取っておけばよかった。

 ──佐賀さんたちが杉本に、関崎の入学に関する忠告をしたのは事実だろう。

 ──それを聞いた西月さんは、きっと杉本をかばうために抗議しに行ったんだろう。

 ──その場に近江さんがいたとしたら。 

 近江さんに聞いてみたいがたぶんそれも無理だ。天羽に殺される。

 

 はっきりしているのは、西月さんの行動に天羽は一切かかわっていないという点だ。

 轟さんも西月さんの性格上、天羽を恨んで半殺しにするようなことはないと言っていた。

 もちろんきっかけは天羽が西月さんを嫌って振ったことにあるけれど、それと一連の事件とは直接関係がない。何よりも西月さんも霧島さんもすでに評議から外れている。渋谷が勝ち誇って言い放つ言葉に、評議委員会を見下すだけの根拠はないはずだ。


 ──けど、この場にいる奴らはみな、天羽を中心とした三角関係のもつれだと勘違いしているに違いない。みな、そういう風に思ってるらしいしな。でも、生徒会側が「三年評議の問題」として訴えていることは、評議委員会とは関係ない。天羽にも関係ない。評議から降りた人同士のトラブルであって、それ以上の何者でもない。天羽の評判を落とすような言い方をされる必然性なんて、ないはずだ。


 もう「学級委員」でいいと思っている他の評議委員連中のことなどどうでもいい。

 次期評議委員長の新井林が覚悟しているなら、それ以上手を出す気はない。

 ただ、このまま生徒会役員たちの言う通りの「トラブルだらけの評議委員会」たるイメージを他の生徒たちに植え付けたくはない。三年間、評議委員会という楽園で上総が得てきたものをすべて、否定されたくはない。たとえその場所が更地になろうとも、そこで精一杯努力を重ねてきた三年評議連中の名誉を守り、もうひとりの想いを。

 ──守りたい。

 

 天羽が片手を挙げてゆっくり立ち上がろうとしたのを上総は制し、合図もせずにコートを貴史の座っている机に載せた。

「おい、いきなりびっくりさせるなや」

「立村くん!」

 美里と貴史の声が同時だった。聞き流し、そのまま上総はまっすぐ佐賀会長の座る教卓に向かい足を踏み出した。


「立村先輩」

「立村、あの馬鹿が!」

「ホームズ、落ち着け、さっきも言っただろ様子見だよ」

「立村くんって一体何考えてるのよ!」

「あんた、礼儀ってもんを考えろってんだ!」

 さまざまな声が評議委員三年組を中心に飛び交うものの、すぐにひそひそ声に取って代わられた。無関心層の答えだった。

掃除後の緑色つややかな黒板を眺め、上総は来た時と同じように佐賀の脇に立ちふさがった。

「悪いんだけど、いくつか訂正したいんだけど、いいかな」


 佐賀はるみは前の席で何か言いたそうな渋谷と霧島弟、そして般若状態腰を浮かしかけている新井林に向かい、指先をちょんちょん震わせた。「ちょっと待っててね」という風に制した。

「間違っていることがあればもちろん直します。立村先輩、お願いします」

 上総をそっと見上げるようにして、佐賀はるみはまたほつれ毛を直した。

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