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隔された教室 3

 春は終わり梅雨がくるまでの間。


 日が長くなったと感じる五月でも、十九時を回ると辺りは真っ暗になる。

 ぽつんとぽつんと立つ外灯の明かりが校舎を暗闇から浮き上がらせている。

 職員室のある新校舎は、情報資産の集約する場所ゆえ電子ロックと外部の警備会社に監視されたセキュリティに守られている。

 しかし。

 旧校舎における貴重品は薬品や楽器などの類であり、盗まれると問題になるがたいしたものでもない。


 ざる同然の防犯意識からなのか。

 音楽室や理科室薬品庫に鍵は掛けられているが、教室には鍵は掛けられていない。

 戸締り確認は職員による目視と施錠のみ。

 あらかじめ物陰に身を潜めておけば、夜の旧校舎に侵入しておくのは容易い。


 宿直の教員が昇降口を施錠するのを見届ける。

 真紀はゆらりと教壇の影から立ち上がった。


 教室は仄かに青白い世界に染まり、しんと静まり返っている。


「中央階段、て言ってたわね」


 静江の言っていた怪我人は、階段から踏み外したり躓いたりといった怪我だった。

 久之丞は事件に興味がなさそうなフリをしつつ、中央階段で事故があったことをしっかり調べていた。

 真紀が事件に関わるということで調べてきてくれたのかもしれない……さりげない久之丞の優しさに笑いがこみ上げてくる。


「……素直じゃない奴」


 旧校舎は4階建て長方形型の建物で各階に六つの教室がある。

 中央に昇降口があり、昇降口の正面に中央階段、建物の左右の端に非常階段があり、上り下りはどの階段を使っても良いことになっていた。

 どこの階段も生徒三人が横一列で歩ける広さがあり、緩やかな段差と踊り場があるのが特徴である。


 真紀は念のためにすべての階段に異常がないことを確かめてから、中央階段を観察できる昇降口付近に身を潜めて犯人が現れるのを待った。


 しばらくして。タイル張りの廊下を踏みしめる音が真紀に耳に聞こえてきた。

 少し遠い……二階と三階の間だろうか。犯人たちも予め旧校舎内に隠れていたようだ。真紀は音を立てぬよう息を殺して滑るように階上へ向かう。


 ――いた。

 小柄な男子生徒が二人。

 階段の踊り場付近に屈みこんで何かをやっている。

 どうやら、粘着性のある液体を刷毛で階段に塗っているようだ。


 真紀は意識を切り替える。目元に力を入れ、合気道の試合に望むときのような威圧を纏い、階段に立ち塞がった。


「何をしているのかしら」


 意識して鋭く貫くような声で呼びかける。

 男子生徒たちはよほど驚いたのか刷毛を取り落として、この世の終わりかのような表情で振り返った。


 畳掛けるように言葉を連ねる。


「何をしていたのか、答えられるでしょ」


 走って逃げ出す様子がないとわかると真紀は階段を上っていく。

 ゆったりとした動作でありながらも視線は二人から外さない。


「桔梗先輩……、こ、これは……」

「……俺ら、は……その」


 真紀は踊り場へ上がり男子生徒たちと向き合う。

 薄明かりに照らされた怯え顔を見てどこかで見たなと思った。

 記憶を辿って相手の素性を思いだす。


「――あんたたち陸上部の生徒だったわね」


 いつぞや陸上部の手助けをしなくてはならない時があり、部員の中に見かけた顔だ。

 男子生徒たちはまともに真紀の顔も見れずに俯くばかりだ。

 真紀の問いかけに引きつったしゃがれ声で答えてくれた。


「……は、い……。そうです」


 さて、ここからは難しい。

 真紀はいくぶん雰囲気を和らげてやわらかい口調で語りかける。


「どうしてこんな事をしたの?」

「それは……」


 長い沈黙を挟み男子生徒が口を開いた。


「……俺らは、くやし、かった、……ん、です……」


 男子生徒たちは再来週に開催される陸上の大会に出場することになっていた。

 しかし、先輩に呼び出されて大会への出場登録を取りやめさせられたそうだ。

 理由は、大会まで日数もないのに練習にキレがない、休みが多すぎる、とのお言葉だ。


 自分たちは大会に向けての練習は精一杯やっている。

 体調管理も含めて適度に休んでいる。

 先週は中間考査があったため休みが目立ったかもしれないが、基礎トレーニングは欠かさずやっていた。


 必死で理由を説明するも聞き入れられなかった。

 そして、あとから別の部員に『本当の理由』を聞かされたらしい。

 いやはや、自己ベストが抜かれそうだからといって後輩に大会辞退させるとは、……トンでもない理由もあったものだ。


「それで……、先輩に、怪我でもさせてやれと、思って……」

「なるほどね」


 幽霊を追っかけていたはずが厄介な話に繋がってしまったものだ。

 部活動の問題は私にはどうにもならないし、静江に丸投げしよう。

 真紀には畑違いの領域だ。


 ――とりあえず、この二人の男子生徒だけ何とかしておかないとね。


「理由はわかったけどさ。この悪戯はやめなさい」


 しゅんと肩をすぼめる男子生徒たちに尚も続ける。


「その先輩は腹の立つ奴だと思う。ぶっとばしてやりたいならぶっとばせばいいよ。でもさ、この悪戯は先輩だけじゃなくここを通る生徒全員に引っかかるんだよ。怪我をしたらどうなる? それがあんた達みたいに頑張ってる生徒なら? その怪我のせいで努力が無駄になるかもしれないのよ。あんた達には憎む相手がいるけど、悪戯で怪我をした生徒はどうなる? 自分の不注意のせいでって気に病むかもしれない」


 ハッと彼らは目を見開いた。

 まあ、考えればわかるよね、とは言わない。

 頭に血が上ると短絡的な行動に走ってしまうことはしょうがない……。

 怪我人がでたこともあえて伝えなかった。


 二人には反省してもらえればそれでいいと思った。


「悪戯については私からは何も言わない。だから、明日から悪戯はやめなさいよ。いいわね?」

「はい――。すみませんでした!」


 男子生徒たちは気がつかされた罪悪感と許された安堵感に極まったようで顔をくしゃくしゃと歪めた。


 ――本題はここからね。


 真紀は男子学生を学校の外まで送り出してからすぐに旧校舎に舞い戻ってきた。

 そして、やや早足である場所へ向かった。


 さきの男子生徒たちと話していた踊り場その上、三階。

 中央階段から左へ向かえば第二理科教室、第二理科教室倉庫。右へ向かえば第二薬品保管庫、第二実験道具保管庫、理科教室の物置、がある。


 真紀は二人と話しているときに不思議な現象を捉えていた。

 それは微かに三階から聞こえてくる『声』と男子生徒の後ろを通り過ぎていった『影』。


 好奇心だった。

 とても気になったのだ、その声と影が。


 真紀は正体を見極めるべく、三階へ上がり、廊下へ踏み込んだ。

 ぎくりと心臓が軋んだ。

 さすがの真紀も凍りの手で心臓を鷲掴みにされたような気がした。


 まるで恐怖に慄く声が幾重にもなったような、合唱。

 渦巻くように『声』が廊下に流れていく。

 廊下には白い霧のような影が漂っている。


 白い影は消えたり現れたりしながら廊下の天井と床の間を浮かんでは沈んでいる。

 悪戯ではない。旧校舎の幽霊は事実だった。


 いや……、まだ違う。

 すべて確かめるまでは認めるわけにはいかない。


 無意識に認めかけた事実を振り払うように、真紀は浅く息を吸い、ふうっと吐き出す。


 背筋をピンと伸ばし、拳を固めると、震える膝に力を込める。

 足の裏で地面を確かめるように足を踏みだす。

 一歩また一歩と白い影へ迫った。


 真紀は白い影を見据え掌を伸ばすと、撫でるように白い影に触れた。


 冷たくも温かくもなく、空を掻く。

 指先を確かめるとざらついた感触が残った。


 手を鼻先に近づけてみると、埃っぽい無機質な臭いがした。


「――これは……砂……?」


 『声』が止む。『影』が消える。

 旧校舎にはふたたび耳の痛くなるような沈黙が広がっていく。

 何もなかったかのように。


 いまの現象はいったいなんだったのか。

 真紀は掌のざらつきを払い落としながらある仮説を立てた。

 思いつきが消えないうちにスマートフォンを取り出して電話をかけた。


「……静江? うん、ちょっと頼みたいことがあるんだけど……」

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